ふらふら   作:九条空

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マゼラン

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 インペルダウンの看守を蹴り飛ばし、走って逃げる。

 うーん、どうしよう。もう10分ほどこうした逃走劇を繰り広げているが、終わりが見えない。

 角を曲がったところで、私は止まった。目の前に知己が現れたからだ。

 

「貴様……! 何度もインペルダウンに侵入しおって……! いったい何が目的だ!?」

 

 インペルダウンの署長、マゼランは私を見た途端そう叫んだ。

 

 実は、目的は特にない。

 そう言っても信じてはくれないだろうし、信じてくれたとてマゼランを悲しませるだけだろう。

 特に目的もないようなヤツが、ふらっと世界政府付属機関である海底監獄に侵入できてしまっては、署長である彼の立場がない。

 

 私も困っているのだ。この場でやりたいことがなにもなく、どうすればいいのやらわからない。

 その割に浮足立つ感じは未だせず、私はもうちょっとこの場に留まらなければなさそうなのである。

 

「しかも毎回おれがトイレにこもっている時を狙ってくるとは……! 情報が洩れているのか!?」

「いや、それはきみが基本的にトイレにいるだけだ」

 

 マゼランはほとんど常に腹を下し、トイレにこもっている。

 好物が毒だからだ。ドクドクの実を食べた結果そういう嗜好になったのだろう。

 毒人間なら毒は効かないものと思ったが、そうではないらしい。

 ある程度、許容量というものがあるのかもしれない。

 彼はいつまでたってもそれを見極めず、腹を下し続けている。

 

毒・雲(ドクグモ)ですぐに始末してやろう……!」

「ギャーッ! やめてください署長ーッ!」

 

 叫んだのは、近くにいた看守である。

 

「貴様、人質をとるか!」

「うーん、結果的にそうなってしまった」

 

 どうやら、蹴り飛ばした方向がよくなかったらしい。

 対峙する私とマゼランの間で、顔を腫らした看守が慌てている。

 毒ガスによる攻撃に巻き込まれると、彼は死んでしまうだろう。

 私は割と根性で持ちこたえられるが、マゼランの毒は普通即死ものである。

 

 私は看守に尋ねた。

 

「悪いね、逃げられる? 彼も一対一の方が良いみたいだし」

「え!」

「インペルダウンに侵入した私が悪いのだから、ここで働く善良な人が死んでしまっては胸が痛むよ。逃げてくれると助かるな」

 

 敵であるはずの私に促され、看守は困惑したが、毒ガスで死にたくないという気持ちの方が勝ったのだろう。

 すぐに走って逃げて行った。賢明だ。

 看守を追う気もない私を見て、マゼランが問うた。

 

「囚人の誰も逃がす気がない、お前自身逃げる気もない……。本当に何が目的だ?」

「もしかしたらきみに会いに来たのかもしれない」

 

 口にしてみると、案外本当にそうかもしれないなと思い始めた。

 インペルダウンで最初に踏んだのはLEVEL6の床だ。

 私は彼らが脱獄していないか不安なのだろう。

 誰かを脱獄させるわけでもないのに定期的に来てしまうのは、彼らがそこにいるか確認したいから。

 そして彼らの脱獄を不可能にしているマゼランが万全であることも確認しなければならない――腹はいつも壊しているのだが。

 

「私、きみのこと結構好きなんだ。元気にしてるか顔を見に来たのかも」

「おれに会いに来るため牢獄に侵入しに来る熱烈な美女……!? 正直悪くない!」

「しっかりしてください署長ーっ!?」

 

 まだ逃げ切っていなかった看守からのつっこみが届いた。

 

 美女と言われ、私も正直悪くない気持ちだった。

 いやあ、最近私をガキ扱いするヤツが多くて。マゼランはわかっている。

 やっぱり彼のことは嫌いになれない。職務に真面目な男は好きだ。

 彼に頑張ってもらわねば、一度捕まえたはずの海賊が再び野放しになってしまうしな。

 

 マゼランは敵にすると非常に厄介だ。

 多くの囚人をこの場に留めてきた実績がある。

 彼の攻撃は常に一撃必殺になりえるため、彼と対峙して無傷で逃げ切るのは困難だと、賢明な者なら判断するだろう。

 覇気を扱えたとしても手こずる相手である。私も彼を倒す方法は思いつかない。

 

 彼の唯一の弱点は、ほとんどをトイレで過ごしていることくらいだ。

 一日のうち、もっと万全な時間が長ければ、彼ほど脅威な男もいないだろう。

 

「ふふ。できれば元気にしてるか不安にならないくらい、本当に元気でいてくれると助かるんだけど? 食事の毒はもう少し控えめにしたらどうかな」

「食事の管理を!? 妻になる気満々か!?」

 

 好意的に解釈されてしまったな。

 

「結婚したらきみがもう少し健康になるのなら、ぜひ結婚してもらいたいところだが」

「おれの幸せのためなら身を引く覚悟!? なんて健気!!」

 

 さらに好意的に解釈されてしまったなぁ。

 

 私は攻撃をしかけてもいないのに、マゼランは胸を押さえていた。

 彼をときめかせるのに成功してしまったのかもしれない。もしかしてこれが色仕掛け?

 

「ええと……私を見逃したとあっては、きみの立場に響くよな? いつものように攻撃してくれて構わないよ」

 

 マゼランには長く署長を務めてもらいたい。

 そのほうが、インペルダウンが盤石だからだ。

 この牢獄には、出て来てほしくない輩が多すぎる。

 

「くっ……! おれをここまで苦しめるとは……! やるな……!」

「なんで苦しんでるんだ?」

 

 私、なにかやってしまったのか?

 今まで色仕掛けをやろうとも思わなかったのだが、成功するとこんな感じになるのか……?

 誰も傷つかないのならこれでいいのだろうか? 私はこの技術をもっと磨くべきか?

 うーん、しかし自分でもよくわかっていないので再現性がない。

 尋ねるならナミだろうか。教えてもらおうとしたらお金とられるだろうしやめておくか。

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