あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
飛んだ先の地面を踏んだ瞬間、ここがゾウだとわかる。
気まずくなった私は、ひとまず身を隠そうとしたが、即座にバレた。
「あ! いたのか!」
いたというか、今来たのだ。
ルフィに背を向けると、彼は構わずこちらに手を伸ばし、私の腰にぐるぐると腕を巻き付けた。
そのまま彼のもとに引っ張られたが、私は自分の顔を両手で覆ったまま俯いた。
「私のことは気にしないでくれ……」
「わかった! 気にしねェ!」
「いや気にしろ」
ウソップがルフィにつっこんだ。
「私はきみたちに合わせる顔がない……」
「おお、お前さん、相も変わらず神出鬼没よのう! ゴロニャーッニャッニャ!」
ネコマムシはご機嫌に言ったが、私は余計に気分が落ち込んだ。
ルフィの腕の中でさらに小さくなる。
「彼女は敵ではないんだ、放してやってくれ!」
「いや、放さねェ!」
ワンダが私の解放を願うが、ルフィはきっぱり断った。
「敵じゃねェことは知ってるよ、こいつはおれの仲間だ!」
その言葉に、ここにいるミンク族全員がざわついた。
騒然となった場に構わず、ルフィは私に言った。
「おい、これから宴だってよ! お前も参加しろ、どっか行く前に!」
ルフィが私に触れている間、私はどこにも飛ばないだろう。
ルフィを連れて時間を飛び越え、どこかに移動するなど、考えたくもない。ロシナンテが可愛く思えるほどの滅茶苦茶をされるに決まっている。
私をここに留めておきたいのなら、触れているのは断然有効な手段だ。
さすが船長、私をよくわかっている。
そこまで考えていないだろうが、正解を嗅ぎつける嗅覚があるのだ。
ネコマムシはにこにこ笑顔をやめ、真剣な顔でルフィに尋ねる。
「その話……真実ぜよ……!?」
「ああ、本当だ。こいつはおれの船に乗ってる、仲間だ!」
「やはり、ゆガラたちにゃ頭が上がらないぜよ。我々の古い友人にして、この国の恩人が、ゆガラの仲間だったとはのう!」
私はさらに身を縮こまらせた。
「うう……すまない……」
「なんでそんなに落ち込んでんだよ」
私は顔を覆ったまま、ネコマムシの言葉を否定した。
「ネコマムシ。私は麦わらの一味だが、恩人などと言われる事実はない。確かに、旱害のジャックによってこの国が襲われているときに、私はゾウへやってきた。けれど私は、なんの役にも立てなかった……」
「なにを言う! あの化け物のような男と、一昼夜戦い続けてくれただろう!」
ワンダが言ったことも、また事実ではある。
あの時、私にしては一か所に長くいたほうだ。丸一日どこにも飛ばないことの方が珍しい。
「倒せなかった」
私が戦場にあれだけ長くいたというのに、ジャックを戦闘不能に追い込むことができなかった。
彼が強かったから――それも理由の一つだ。
だが最も大きな理由は私自身にある。
「軽蔑されることを覚悟で言うよ。倒せなかったのは実力が足りなかったからじゃない。私があいつを殺したくなかったからだ。稀に見るタフな男だった。一度斬った瞬間、彼は殺さねば止まらぬとわかった……」
私はたったの一日、時間稼ぎをしたに過ぎない。
ジャックを殺し、その仲間も皆殺しにすれば、この国に毒ガスがまかれることはなかっただろう。
私はひとところに長くいられない。
その身で人や場所を守るなら、その場で敵の息の根を止めなければならない。
それが、できないのだ。私がやりたくないというだけの理由で。
だから私は最後までやれはしない持久戦をして、役に立たない、わずかばかりの時間稼ぎをすることしかできなかった。
「私、人を殺すのが嫌いなんだ……そんなことしたくない」
いつもいつも、嫌いだからというだけでやらなくていいほど、世の中は甘くない。
友達の死体を目の前にして、殺した相手を殺さずにいられるほど、怒りのコントロールも上手くない。
だがあのゾウにおいて、ミンク族は私の目の前で誰も死なず、私は絶望しきれなかった。
我を失えなかった。それしかないとは、思い込みきれなかった。
その私の甘さが、イヌアラシから片足を奪い、ネコマムシから片腕を奪い、ミンク族の皆を傷つけ、モコモ公国の街並みを滅ぼしたのだ。
「できるだけ殺したくないんだ。それが友達を傷つけて、殺して、国を亡ぼすような奴だったとしても……!」
「うん。じゃあやるな」
ルフィがあんまり普通に言うので、私は思わず顔を覆っていた手を外してルフィを見た。いつも通りの彼がそこにいて、私はぽかんと口を開けた。
「いいの?」
「苦手ならやる必要ねェよ」
私が疑問を挟む余地もなく、ルフィは続けて言った。
「そんなことより、おれ、こいつら気に入った! だから、守ってくれてありがとな!」
私は、彼らを守れたのだろうか。
努力はした。私だってあの時に骨をいくつも折ったし、いくらかの血反吐も吐いた。
ただ全力ではなかった――殺さなかったから。
友のために全力を出せないのは恥だと、そう思っていた。
腹の底から何かが上がってくる――これは笑いだ。
「ふふ……はは、あーははは! なんだか、今までずーっと悩んできた自分がバカみたいだ!」
「おう! バカだな!」
「オイッ!」
バカだと言い切ったルフィに、ナミとウソップがつっこんでくれたが、ゾロはルフィ側だった。
「ああ、バカだ。大体気にしすぎだろ。あのアホコックは女を蹴れねェ。お前が
そうか。人を殺せないくらい、なんでもないことだったのか。
続けて、ブルックが言う。
「私、あなたのそういうところが好きですよ。命は大事にすべきですからね。ヨホホ、私が言うと説得力ありませんか?」
あるとも。
死んだことがある男の語る命ほど、重いものはない。
私の仲間は、誰一人私を軽蔑しなかった。
何を心配していたのだろう。彼らならこう言ってくれると、今なら
「心が決まった。私はもう人は殺さない。殺さなくていいんだ。船長命令だから」
大事なことを人のせいにしてもいい。
その人を自分より大事にできるのなら、信念を人に預けたって構わないのだ。
うじうじするのはもうやめだ。
「ミンク族を気に入るのは当然だ。彼らは古くから私の友。大好きなんだ! 仲間を紹介できて嬉しいよ!」
私はルフィの腕から抜け出して、ネコマムシにガルチューをした。
彼らに合わせる顔がなく、もうモコモ公国には来られないとさえ思っていた。
しかしネコマムシは気にせず、私もどうやら気にしなくていいらしい。気分が晴れた。
「あーよかった。次ジャックに会ったら全身の腱を斬ろう」
「すっげェ笑顔ですっげェ物騒なこと言ってるゥーッ!」
ウソップに引かれたが、私は笑顔をやめなかった。
「それくらいしても人は死なない。なっ、チョッパー」
「いや、どうかなァ……?」
「症例ならある。私だ」
「ええーっ!? お前全身の腱切れたことあるのか!?」
「人生は長いからな、全身の腱が切れることの一度や二度……」
「一度でもあったらヤベェよ!」
チョッパーにつっこまれていると、ネコマムシが私に釘をさしてきた。
「いきり立っちゅーところ悪いけんど、ジャックはわしの獲物じゃ」
「なら早い者勝ちだな、ネコマムシ」
「ゴロニャーッニャッニャッ! 受けて立つぜよ!」
その後、私はゾウで行われた宴に参加した。
最近は悪い酒ばかり飲んでいたので嬉しいことだ。
ひとりで飲むより大勢で飲んだほうが美味い。
今後も酒は、忘れるためではなく楽しむために飲みたいものだ。
酒が入り、口が緩くなる。
「私の……生まれた場所では、人を殺すのは当たり前のことだった。人を殺して一人前といわれ、それができぬ私は誰にも認められなかった」
私の頭に思い浮かぶ第一の選択肢は、殺人だ。
目の前の悪党を殺せばそれで終わる。最も手早い解決策。
だが私はどうしてもそれをやりたくなくて、人を殺さない理由を探し続けた。
結局今でも、我を失わない限り人は殺せない。
「随分昔の話だ。もうとっくに振り切ったと思っていたが、私は未だ過去に縛られていた。人も殺せない私に価値はないと、自分でも気づかないままそう思い込んでいた……」
もう、人を殺さない理由など、探さなくていい。
苦手なら、やる必要がないからだ。理由なんて、そんなので良かったのだ。
殺したくないから、殺さない。
「私はこれでいいんだな、ルフィ」
「当たり前だろ?」
私は何度、彼に出会って良かったと思うことになるのだろう。