ふらふら   作:九条空

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藤虎

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 ――希望通りの場所、ドレスローザだ。

 既に戦乱の気配。血と噴煙、嘆きの声と怒号に満ちている。

 詳しい状況を把握している時間はない。

 それは未来の私が、今の私よりも過去に飛んで来たときにやるだろう。

 

「これみんな聞いてる?」

 

 目の前に放送電伝虫がいたので、受話器をとって話してみる。

 放送用なので返事はなかった。まあいいか、放送してるつもりで話しておこう。

 

「誰かを殺そうとするヤツは、私に斬られる覚悟をしろ。私は事情に詳しくない、誰が敵かわからない、戦意のあるものは全員斬る」

「む、ムチャクチャだーッ!」

 

 部屋の外から誰かの叫び声が聞こえたので、私の声は無事に放送されているらしい。

 ひとつ頷いて、私は話を続けた。

 

「仲間と友達は顔がわかるから斬らないよ。仲間と友達向けに一言。殴りたい奴がいるなら早い者勝ちだ」

 

 受話器を宙に放って、抜刀する。

 

「――とろとろしてると、私がみんな斬ってしまうぞ」

 

 放った受話器が落ちる前に、今いる建物を一刀両断した。

 外から悲鳴が聞こえる。斬ってはいないが、倒壊する建物に巻き込まれたかもしれないな。

 だとしても、誰も死んでいない。大丈夫だ。

 今の私は万全で、()()だ。人を殺すような不始末はやらかさない。

 

 斬。斬。斬。

 

 ざっくばらんにすべてを斬る。

 ドレスローザを駆け抜けて、あらゆる敵意を斬り伏せる。

 大きめの通りに出ると、ドンキホーテ海賊団の集団を見つけた。

 

「ギャアアーッ! 殺さないでくれェーッ!!」

 

 命乞いを無視して、大上段に構えた刀を振り下ろす。

 斬撃はその場にいたドンキホーテ海賊団の()()()()を切り裂いた。

 

「……って、え!? し、死んでねェ!」

 

 男は自分の体をぺたぺた触り、どこも斬れていないことを確認している。

 私は男の前に立って、ふうとため息をついた。

 

「なんだ。私の顔を忘れてしまったのか、友よ」

「えっ!」

 

 微笑みかけると、男は愕然とした。

 

「ば、バカな……そりゃ、おれとアンタは会ったことがあるけど! 酒場で一度、一緒に飲んだだけだろ!?」

「ドレスローザには、それを友達と呼んじゃいけない法でもあるのか」

 

 あるとして、それがなんなのだ。

 私はこの国を破壊するためここにいる。

 

「なんで覚えてんだよ……」

「きみには大したことのない一日でも、私にとっては意味のある日だった」

「おれだって覚えてるさ! アンタも覚えてるなら、おれがどんなクズかを知ってるはずだ!」

 

 誰も知り合いのいない酒場で酒を飲むとき、私はいつも落ち込んでいる。

 友達に見せられない顔をしている。

 だから、そこで新しく友達になってくれて、見せられないような顔をひっこめさせて、私を日常に戻してくれた恩人は、斬り伏せたりしない。

 

「おれァ……! この国の人たちにひどいことを……!」

 

 あのときも、彼は酒を飲み、そう言って泣いた。

 私も落ち込んでいたというのに、彼の落ち込みようがあんまりだったから、思わず声をかけて励ましてしまったのだ。

 自分より慌てている人を見ると冷静になる、に近い感覚だった。

 自分より落ち込んでいる人を見ると、慰めたくなるのだなあ。

 

「おれは死んで当然だ!」

 

 本当はドフラミンゴの部下などやりたくないこと。

 この国のおもちゃの真実を知り、いてもたってもいられないのに、なにもできはしないこと。

 すべてが恐ろしく、安寧がないこと。

 

 かつての彼が語ったことを思い出す。

 今なお、彼が苦しむ場所に居続けていることを残念に思う。しかしそれも、今日で終わりだ。

 私たちが終わりにする。

 

「それで泣けるきみだから好きなんだ」

 

 私には人を裁く権利などない。

 ただ良いと思うか悪いと思うか。好きか嫌いかだけだ。

 彼は確かに悪いことをしたかもしれない。でも好きだ。

 世の中は複雑そうに見えて、もっと単純だ。

 

「私はきみに死んでほしくない! だから死ぬな!」

「はは……」

 

 笑う私につられたのか、男も泣きながら笑った。

 

「だが逃げろ。きみは斬らないが、斬ったものに巻き込まれないとは保証できん」

 

 右腕だけで剣を振るった。その一閃で向こう10軒、家が倒壊する。

 全部斬ろう。命以外のすべてを斬ってしまおう。

 

「アンタがそんな化け物みてェに強いとは知らなかったよ……」

「失礼だな。そういうのはあっちに言ってくれないか」

 

 私が指した方向に現れた人影を見て、男は走って逃げた。

 正しい判断だ。人を守りながら戦うのは難しい。

 

「これだけ街を斬られると、あっしも黙っちゃおれません」

 

 三大将、藤虎。

 彼が大将になって以降の未来にはそれほど飛んでいないので、まだ彼のことをよく知らない。

 切っ先を藤虎に向け、問いかける。

 

「先の言葉に偽りはない。友以外はみんな斬る。きみは私の友か?」

「そうなれたらよかったんでしょうがね……」

 

 その言葉に、私は笑みを浮かべた。

 たとえ冗談でも、海兵が海賊に対して言うのにふさわしくないセリフだ。

 

「私もそう思っている。我々はきっと友達になれるよ」

「戯れをお言いなさんな。斬った後が辛ェや」

「ではきみが苦しまないように、私は斬られないようにしよう」

 

 一足で間合いを詰めてきた、藤虎の鋭い一太刀を刃で受ける。

 私は斬りたいものだけを斬るのが苦手だ。

 そして、斬られないようにすることも得意ではない。

 

 敵の攻撃を受けることより、もっとつらいことが、私には多すぎる。

 傷を得、血を流すことのつらさは、あまりにも大したことがない。

 

 だが、心の傷は別だ。

 友になれるかもしれない男の、生真面目な性質を傷つけるかもしれない要素は、全力をもって排除したい。

 

 私はこの戦闘で傷一つもらわない。

 今決めた。だからやる。それだけだ。

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