あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
目の前にいるのは空飛ぶ青龍だ。
場所はワノ国、カイドウはすでに四皇。
私がカイドウとサシでやりあって、私が死にかける程度で済んだ時期はとうに越えている。
今の彼と戦うのなら、死ぬこと以上の犠牲を覚悟しなければならないだろう。
カイドウは私を視界に収め、吠えた。
「よくも平然とおれの前に現れたなァ! お前がおれに何をしたか、忘れたとは言わせねェ!」
「忘れた」
覇王色の覇気が空気を震わせる中、平然と言って見せると、カイドウはとぐろを巻いて小さくなった――それでも十分空を覆うほどデカいが。
「なんで忘れちまうんだよォ~! 寂しいだろうが、うおおお~ん……」
「泣くことないだろ……」
号泣するカイドウを見て、思わず眉を下げてしまった。
パチンと自分の頬を叩いて正気に戻る。いけない、これは酔っ払いの言動だ。
怒り上戸からの泣き上戸。カイドウは酒に酔い、感情と戦闘スタイルを切り替える。
「もう、これだから酔っぱらってるときのきみは嫌なんだ! なに上戸かはっきりしなさい!」
「そんなに怒らなくったっていいじゃねェかよぉ~ん゙♡」
カイドウは私にばちこん、とウインクした。
私は「ぐっ……!」と歯を食いしばって、カイドウの甘え上戸に耐えた。
「私はな……! 甘えられたら甘やかしたいんだよッ!」
「えーっ!? カイドウさんの甘え上戸が真っ当に効いてるとこ、初めて見たァ!!」
百獣海賊団の船員のひとりが、そう言って驚いた。
カイドウの覇気に耐えられるくらいの根性入った部下がいるのだな。
彼らは着々と力をつけている。
「そりゃそうだ。酒龍八卦のなかでいちばん強い技だから、滅多に使わないんだろう……」
「ええーっ!? しかもとんでもねェ過大評価されてやがる!?」
過大評価ではない。
この場にいるカイドウの部下は、誰も動物の特徴を持っておらず、笑い以外の感情を失っているわけでもない。ウェイターズ、比較的新人たちか。
彼らはカイドウの恐ろしさをまだ知らないのだ。
カイドウって結構部下には優しいらしいしな。
「怒ってたら落ち着くまでそばにいたいし、泣かれたら慰めたいんだ」
怒っているときは、むしろ煽りたくなる時もある。
泣いているときは、一緒に泣きたくなる時もある。
ただ、相手の感情に見合った対応をしたいと思う。
「それをきみみたいにコロコロ態度を変えられたらな……! 私まで情緒がめちゃくちゃになるだろうが!」
「ウォロロロロ! じゃあ殺し合うか!」
「そう言われたら殺し合いたくなるだろ!」
「いいじゃねェか、来いよ!」
殺戮上戸になり、人獣型へ姿を変えたカイドウに乗せられかけ、つい手を抜刀の形にしてしまう。
しかし私はすんでのところで、ぷいと顔をそむけた。
「いー……や! やらない!」
「いいじゃねェかよぉ~ん゙♡」
「味を占めるな……! 甘えてくる大の大人、かわいいじゃん……!!」
「この人すげェぞ……!」
カイドウの部下たちから、なぜかカイドウへではなく、私に対する畏怖の声が飛んできた。
やはりカイドウのこの技は最強だ。
自分をかわいいと思っているカイドウ、かわいいな……!
頭を撫でくり回してやりたい……! くそ……! この男、強い……!
自分の右腕を掴んで、己の衝動をなんとか抑えた。
一度でも甘やかしたら、私は止まらなくなるだろう。
世界を暴力で満たしたいの? いい夢だね~♡ とか言って応援しちゃいそうだ。
正直、リンリンに対しすでに似たようなことをやっている自覚がある……!
一度懐にいれたら、最後までかわいがっちゃうんだって……!
最初に出会ったのが、もっと幼いカイドウだったら私の人生は変わっていただろう。
ちょっとくらい歴史も違っていたかもしれない。
……いや、正直今からでも、幼いカイドウと出会ったらヤバいかもしれない。
一度でもこどもの頃を見てしまうと、大人になってもそのときの姿が頭をよぎってしまうのだ。
小さいカイドウを見たことがないのは、私の危機管理能力が働いている証拠か。
「まったく、きみは私をもてあそぶのが上手だね。いつもつい乗せられてしまう」
「よく言う。本気の殺し合いはしてくれたことねェくせにな」
「それだけはしない。殺されてもいいが殺したくないからな」
「ウォロロロロ! おれを殺せるつもりか!」
殺し合いをするのなら、当然殺す
カイドウが私に望むことは、ミホークより叶えるのが難しい。
本気の斬り合いならしてやれるが、殺し合いは無理だ。
私はもう人を殺さなくて良いという免罪符も得たことだし、これからは難しいどころか不可能になる。
「昔のことは水に流してやるから、百獣海賊団に入れ」
「そうしたいなら、私の海賊団を潰してみせるといい」
「言うじゃねェか! やってやろう、名はなんだ!」
……これ、正直に言うと、カイドウがこのまま麦わらの一味を目指して特攻していくのでは?
売り言葉に買い言葉でつい煽ってしまったが、今はまだそのときではない。
「まあその、我々から挑みに行くのが筋ってもんじゃないかな、うん……そのうちみんなでワノ国来るから……」
「待てねェから拷問して吐かせていいか?」
「やってみろよ、私拷問するのは苦手だけど耐えるのは大得意だぞ」
「お前じゃなくとも、知ってるやつに聞きゃあいい」
ドッと汗が噴き出した。
私の所属している海賊団の名を把握している人間は、今現在で誰だ?
今まで麦わら海賊団が対峙してきた敵、協力した仲間、私の親しい友人。
それなりに思いついてしまう。その中で、カイドウに
「そういうの良くないと思うんですけど……ねえ……」
「ウォロロロロ! 拷問に耐えるのが得意なんじゃなかったのか!」
「精神攻撃されると思ってなかったんだよ! なかなかやるなあ!」
最強生物とか呼ばれているくせに、戦闘能力以外にも長所があって羨ましい限りだ。
あっやばい、私すでにカイドウをちょっとかわいいと思い始めている。
「やったら嫌いになるからなーっ!」
私はそう叫んでこの場から
この捨てゼリフを言っている時点で、今彼を嫌いではないことが確定してしまうのだった。
――やはり、甘え上戸は最強の技だ。