あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
ハッと意識を取り戻し、現在地を確認する前に、焦りと共に私は叫んだ。
「やばい、寝てた!」
「寝てねェよ!」
寝起きで霞む視界では茶色の塊にしか見えないが、私にそう言ったのはチョッパーであった。
ここはメリー号だ。周囲に敵はなし。焦っていた心を落ち着ける。
視界を取り戻そうとして目をこすっていると、チョッパーが再び私に怒鳴った。
「気絶っていうんだ、それは!」
「え!?」
私は本気で驚いた。
さっきまで寝ていたと思っていたのだが、彼の言では違うらしい。
気絶と睡眠ってなにが違うのだろう。よくわからない。
「そうか、チョッパーほどの医者がそう言うのなら、そうなのだろう」
「いや、素人のおれが見ても気絶だった」
「マジ?」
視界は変わらず霞んでいるが、長い鼻のシルエットが見えるので、そう言ったのはウソップだった。
ええと、直前までは何をしていたのだったかな。
記憶があやふやだ。どこかの戦場で、なにかを振るっていたような気がするが、何を斬ったのかも思い出せない。
チョッパーとウソップに教えられたのは、人生の価値観が変わるレベルのことであった。
今まで私は寝ていたんじゃなくて、気絶していたのか……!?
「私、今までああいうのも睡眠時間に数えていたんだが……ハッ! 今割れるように頭が痛いのは、睡眠不足……!?」
「割れてんだよッ! 頭がッ!!」
チョッパーに叫ばれ、痛む頭を押さえると、ぐるぐるに包帯が巻かれていた。
頭蓋骨でも骨折したかな。なんだ、睡眠は足りてそうでよかった。
治療への感謝を述べる前に、チョッパーがまくしたてる。
「いつの間にか船の中で死にかけてるのやめろよ! おれが見つけるの遅れたら死んじまうんだぞ!」
「でもチョッパーならすぐわかるだろう?」
「わかるけど! お前が船に乗った瞬間、すごい血のにおいがするんだ」
「えへ……」
「なに照れてんだッ! おれは怒ってるんだぞ!」
近くに来れば即座にわかってもらえる、というのは嬉しいことだ。
女として体臭は気にした方が良いのかもしれないので、照れるというか、恥じたまでだ。
血のにおいを消す方法は知らない。
生姜やネギをいれると肉の臭みが消えるという話は聞いたことがあるが、それって人体にも適応されるだろうか。
首にネギを巻くと体が治るとも聞いたことがあるので、私に今必要なのはネギかもしれない。
サンジにもらいに行こうかな。
「わかった、できるだけチョッパーの目の前で気絶することにする」
「そういう話じゃねェ!」
「できるだけ暇なチョッパーの目の前で……」
「違ェ!!」
私はこの後も不正解を重ね、最終的には、できるだけ気絶しないようにします、とチョッパーに誓うことになった。
睡眠との違いがわからないのにできるだろうか。今度誰かに聞こう。
「大体なにやったらそんなにボロボロになるんだよ!」
「それがちょっと覚えてなくて……」
「またいつもの記憶喪失か?」
「いや、いつものではない記憶喪失だ」
「えーっ!? 医者ァーッ!」
「お前だ」
「おれだァーッ!!」
ウソップに言われてハッとしたチョッパーの診察を再び受けるが、私の曖昧な記憶は、頭部の打撲が原因だろうということになった。
たぶん……ドレスローザにいたと思う。結構無茶をしたような気もする。皆に醜態を晒す前にここに飛んでこれたのならよかったが……結局ここでチョッパーに診られている時点で変わらないか?
「直前までかなり眠かったから、半分寝ていたせいかもしれない」
「眠気は失血のせいだし、だからそれも気絶だ」
「……え!?」
私とチョッパーのやり取りを見ていたウソップが、ふと疑問を口にした。
「つうかお前、いつも記憶喪失なのか?」
「……あ!? 口滑ったか、私!?」
一瞬焦るが、しかし相手はウソップだ。
むしろ、知っておいてもらった方が良いだろう。
アラバスタでの一件もある。そういえば私、自分を証明するための手段についてまだ曖昧だな。
「そう深刻な話ではないんだ。極度の物忘れと思ってくれ。そして完全に思い出せないわけでもない。忘れたり思い出したりしながら生きてる。普通の人間もそういうものだろう」
「いや、普通の人間より極端だ」
ウソップに説明したら、医者からお墨付きをもらってしまった。
やはり、物忘れで説明するには少々度を超えているらしい。
私はかつてチョッパーに時間軸を移動している話をしたけれど、あれは今私がいる時代より随分先になる。
チョッパーはあのときはじめて聞いた、というリアクションだったから、それより前に話して、時系列をめちゃくちゃにすることはできないのだ。
今思うとあの判断は失敗だった。もっと前のチョッパーに言いたかった。
後悔しても遅い。私は今やれることをやるしかない。
「だから私、ウソップの話が好きなんだ。忘れてたらきみの話で思い出せる」
「なんだ、キャプテン・ウソップの英雄譚をご所望かァ~? いいだろう、話してやる!」
「わーい」
「おれも聞く!」
ウソップの語る、どこまで本当なのかわからない――いや、本当の部分はないのかもしれない話は面白い。
「そこでお前が宇宙から降って来てドーンと一撃! 鎧の男は砕け散った!」
「すげェーッ!」
「えーっ!? 私宇宙に行けるのか!?」
……あ、これ、バラティエのときの話か!?
いや、別の鎧の男がいて、今後私が宇宙まで飛ばされる可能性もなくはない……!
どうなってしまうんだ、私の未来……!