あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
私はその男の姿を見て、即座に飛びかかった。
対象は未だ私に気づかず、無防備に背中を向けている。狙うは膝。
「せいっ!」
「うお!?」
飛び蹴りによる膝かっくんは成功し、ロシナンテは膝をついた。
手の届く高さになったので、私はロシナンテの胸倉をつかみ上げて怒鳴った。
「この阿呆がァーッ! あれだけ手ェ放すなって言ったのに!」
「悪ィ!」
「よりにもよって私に責任を問える2人の目の前で! バカ! 怒られるだろ、私が!」
ロシナンテを前後に揺さぶり文句を言う。
頭をガクガクさせながら謝ろうとしたロシナンテが舌を噛んだので、私は彼の胸倉から手を放した。
こんなことをしている場合ではない。
ロシナンテを視界に収めた瞬間カッとなって跳び蹴りをしてしまったが、この場には会いたくない2人がいるのだ。
私は片手をあげ、しれっと別れの挨拶をしてこの場を去ろうとした。
「じゃあ後は仲の良い3人でどうぞ。私はこのへんで」
「行かせるか……」
「話があるなァ、うん」
ちょっとくらいチャンスがないかなと思って、この場を逃げ出そうとしてみたが失敗した。
右肩をローに、左肩をセンゴクに掴まれ、もうどうしようもない。
ローは血走った目で私を睨みつけた。
「これが幻覚なんだとしたら、おれはお前を殺す……」
「やめろロー、おれの恩人だぞ!?」
ロシナンテが慌てて言うが、なしのつぶてだ。ローは私だけを睨んでいる。
目の前に死んだと思っていた男が現れたら、こういうリアクションになるのも理解できる。
つまり精神攻撃。
殺せぬ相手を見せ攻撃を封じ、あるいは生きていたというぬか喜びをさせ精神を削る。
「そんな趣味の悪いことはしない」
「14年だ。それほど長い間ロシナンテを連れ去った理由はなんだ? 悪趣味以外に理由があるなら言ってみろ」
センゴクの問いに正直に回答するのなら、ロシナンテのドジだ。
「おれはこのことに関して口を割らねェ。そういう約束だ」
ロシナンテは先んじてそう言った。
彼はドジではあるが誠実ではある。
こういうところが憎めないので、彼を責める言葉をこれ以上言うのはやめた。
「もっとはやくにきみたちに会わせたかったが、ちょっと色々あって。うん、そうちょっと……ふう……あーしんどかった……くっ……」
「……大変だったのはわかった」
私が頭を押さえて苦悶の表情をしていると、センゴクが苦々しく言った。
彼もロシナンテの育ての親をやったのなら、私の苦労も想像できるだろう。
というか私よりよほど苦労してきているはずだ。
私のあれはたった数日だけれど、センゴクは数年どころか数十年、このドジっ子の面倒を見てきているのである。尊敬だ。
「言い訳はしない。恩に着せるつもりもない。恨むなら恨んでもらって構わない。ただ彼は本物のロシナンテで、幻覚でもクローンでもない。その辺の証明は彼と思い出話でもすればわかるだろう」
自分で言っておいて、ちょっと不安になり思い返す。
「ベガパンクでもクローンへの記憶の移植は未だ成功してなかっただろ……あ〜でも記憶の共有とかはやってたっけ……あ〜……」
私は顎に手を添え、しばし考えた。よくわからなかった。
ベガパンクとはそこそこ仲が良いが、彼の所属は世界政府だ。
私は世界政府とは犬猿の仲だ。ベガパンクも一応情報漏洩を気にするタイプ。
私の知らぬ研究は山ほどあるだろう。うん、と頷いて、ちょっと聞いてみた。
「でもまったく同じだったらクローンでもいいよな?」
「よくねェだろ! おれのアイデンティティは!? おれホントは死んでてクローンか!?」
だよね、良くないよね。
「ベガパンクに作られた記憶ないなら平気だろ! 記憶の改ざんはまだ成功してなかったと思う、たぶん、おそらく、えっうん、そうだったよな……?」
「お前が心配になるなよ!?」
「雪の中で死にかけてた時からクローンじゃなければ大丈夫だ!」
「おれは……人間なのか……!?」
「え!? 心当たりある!?」
ロシナンテと一緒にパニックになってしまった。
「いやねェけど……!」
「ないなら大丈夫だろ……!?」
「お前が変なこと言うから……!」
「ごめんて……!」
こそこそ話し、お互いに目を合わせ、頷く。
ちょっと焦ったが、一旦大丈夫になった。
話が逸れた。
「ともかく、もう二度とこんなことしない」
「あたりまえだ……死人を蘇らせる力と知れればどうなるか……」
センゴクは頭が痛そうだ。
意外だな、死者蘇生って誰にもできないのか? たしかに私には不可能だが、この世界にはひとつくらいそういう悪魔の実があると思っていた。
たとえば――思いついた男の名前を口にする。
「モリアもできるじゃん」
「あれは死んだままだろう」
「私の方にだってからくりがある。死者蘇生はそう都合よくいかない。似たようなことならできるけど」
「似たようなこと……」
ローが呟いたのを聞いて、私は手で大きくバッテンをつくった。
「うっかり喋りすぎた! 今のナシ!!」
「どんどんガープに似てくるな」
「オイッ! 失礼だろ!!」
センゴクに怒鳴ってから、ハッとする。
「確かに困ったらこれを言えと私に教えたのはガープだが……」
「もっと言い訳のうまいやつに師事しろ」
「……確かに!?」
センゴクの忠告はもっともすぎた。
ガープの教えは単純明快なのでうっかり実行していたが、よく考えたらガープは大抵のものごとを拳で解決する男だ。いや私も大抵のものごとを最終剣で解決してきているので……あ〜……。
誰を参考にすればいいのかな、ウソップ?
「ともかく、私はロシナンテの親権を手放すので、あとはきみたち2人で争ってくれ」
「親権!?」
驚いたのはロシナンテだけで、センゴクとローは自然に頷いた。
「そりゃ当然」
2人はそれぞれ自分を指さして、言い切った。
「おれだろ」「私だ」
そりゃ当然、こうなるよな。
元七武海と元海軍元帥、両者即座に悪魔の実を発動し、場は殺気に包まれた。
「ROOM」
ローの能力で立ち位置が入れ替わったおかげで、センゴクの拳が突き刺さらずに済んだ。
今本気でローに当てようとしてなかったか?
息子の息子みたいな、孫的立ち位置の男に対して容赦がなさすぎるのでは?
「おれは海賊だ。欲しいもんは奪っていく」
「私は別に要らないのでは」
ないだろうか――と続けようとしたが、センゴクの拳が降ってきたため、舌を噛まないよう口を閉ざした。
愛刀を呼び出して攻撃を捌き、その苛烈さに顔をひきつらせた。
センゴクに向かって叫ぶ。
「オイ手加減はッ!?」
「しとるだろうッ!」
「嘘だ! 現役ジジイ! 隠居してる場合か!」
「そんなに褒めるな!!」
センゴクによる拳の連打を三節棍で受け止める。
私の相棒も本気だ。そりゃあ、元海軍元帥相手に余裕をぶっこけるほど私は達人ではない。
武器の真価を発揮するには、使い手の技量が必要だ。私には足りないものばかり。
私とセンゴクの攻防を見て、ローが言った。
「ほらな。必要だっただろ」
「盾にするなよ!?」
センゴクの追撃を防ぐが、三節棍を握る手が痺れるほどの衝撃だ。
ローが再びROOMでセンゴクから距離をとった隙に、ローの背中を叩いて頼む。
「私だけ下ろしてくれ、この体勢ではまともに攻撃を捌けない!」
「だからいいんだろうが。向こうはそれ込みで
「……きみ、悪い子に育ったなァ〜」
私はすっかり感心してしまった。
実に理想的な海賊的行いだ。
私の友人は海賊と名乗りながらそれらしいことをしないことが多いので、ちょっと物珍しく感じてもいる。
「盾ならよくなってるけど、人質になるのって新鮮だ。もうちょっと楽しもうかな」
「センゴクさん相手に余裕か!?」
「ふふふ。センゴクとは長いんだ。何度も戦ってきているからわかる。私、初めて手加減されてるよ……」
手加減していると言うセンゴクに、つい嘘つけ、と言ってしまったが、彼の言うことは本当だ。
センゴクが本気だったら、私はローに抱えられたままではいられなかっただろう。
今でも十分元帥やれるだけのパワーがあるくせに、なにサカズキに交替してんだよ、とついあてこすってしまった。
センゴクは私に手加減するほど、ロシナンテが生きていて嬉しかったのだ。
元帥という立場を降りて、肩ひじ張らなくてよくなったというのもあるのかもしれない。
つまりこの勝負、初手で私を手中に収めた時点で、ローに軍配があがった。
「悪かったね、ロー。こんな逃走劇やらす羽目になっちゃった」
「何があろうが関係ねェ。コラさんが生きてた方がいいに決まってる」
その言葉に、私は尚更気分を落ち込ませた。
「すまない。私がもっとはやく彼を連れて来ていれば……」
「おれの意見は今言った通りだ。これ以上うじうじするな」
「うん」
ローの一言で、私も切り替えた。
いつまでも昔のことを考えても仕方がない。
そもそも私にとって過去や未来の概念は大した意味をなさず、今できることを考えるしかないのだ。
ま、とにかく随分な時間がかかってしまったことには目を瞑り、ローとロシナンテの再会を祝っておいた。
「よかったねロシナンテ、ローの船に乗れて」
「今おれは麦わら屋の船に乗ってる」
ローがそう言ったので、私は目をぱちくりさせた。
まだ同盟を組んでいるのか。あれってパンクハザードやドレスローザまでじゃなかったんだ。
……ああ、ゾウにはこれから行くのか? そういえばあそこにローもいたな。
「じゃあ私の船に乗るのか。良かったね。うちの船はコーラで飛ぶよ」
「喜んでいいのかそれは?」
「そんなことをしなきゃいけなくなってる時点で喜べねェ」
コーラで飛ぶ船と聞いて怪訝な顔をしたロシナンテに、ローが補足した。
たしかに、クードバーストを使用しなければならない時は、飛ばなきゃならんほど敵に囲まれているときだ。よくわかっているじゃないか。ローが乗ってるときに使ったことがあるのか? 可哀想。
「そうか。じゃあコーラで動く船大工で我慢してくれ」
「何をだ」
私はローの背中越しにロシナンテを見た。
「私はきみが失った14年分を取り返せるくらい、これからの人生を楽しませてやらなきゃならん」
「既にお前に命を拾ってもらってんだ、そこまでしてもらわなくて……」
「きみを14年前に戻せてたら私だって素直にそう思ってたよ! このドジ!」
「すまん!」
私が手を伸ばしてロシナンテの頭にチョップをいれると、ローが不機嫌そうに言った。
「コラさんを楽しませるのに、おれ一人で充分だ」
「対抗意識燃やすなこんなところで」