あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
絶世の美女が私を見て、こう叫んだ。
「お姉さま!」
私は首を90度傾けた。
こんな絶世の美女の妹は私にはいない。
というかハンコックが姉のはずだ。サンダーソニアとマリーゴールドという妹がいるはずだが、今は共にはいないようである。
場所は……おそらくアマゾン・リリーだ。
「私の記憶違いでなければ、きみがお姉ちゃんじゃなかったか?」
「ああ、あなたにお姉ちゃんと呼ばれると、なんだかゾクゾクしてしまう……」
私は首を反対側に90度傾けて、正しい位置に戻した。
しかし気持ち的には傾けた時のままである。なんて?
両手を両頬に添え、頬を赤らめるハンコックは、相変わらずの美女っぷりだ。
ええと、最後に会ったのはいつだったかな。
彼女がまだ船に乗る前、女ヶ島を出る前、女帝や蛇姫と呼ばれる前だったと思う。
彼女の活躍は直接会わずともたびたび耳にしてきた。七武海だし注目も浴びるだろう。
それからルフィからも話を聞いた。世話になったと。
ハンコックが元気にしていることがわかったせいか、直接はあまり会えなかったのだ。
「今日はルフィと一緒ではないのか?」
「うん。残念?」
「いいや。あなたに会えたことを嬉しく思うぞ」
自他ともに認める美しさを理由に、すべての傲慢を許してもらおうとするハンコックにしては珍しい発言だった。
「その、今ちょうどルフィに恋文を書いているところだったのだ……♡ あなたはルフィと付き合いが長いのだろう。少々添削してくれまいか」
「それは構わないが……もしかしてこれ全部?」
「ああ。まだ途中だ」
机には紙の束が大量に積み重ねられている。
これを全部運べる鳥はなかなかいない。どうやって渡すつもりなのだろうか。
「読んでる途中でいなくなったらごめんね……」
「わかっている。そなたは多忙だ」
恋文を手にして目を通す。どこまで正直にアドバイスするか悩むな。
まずルフィのことだから手紙は3行くらいしか読めない、と正直に伝えるべきだろうか。
ハンコックの卓越した言葉選びでは、ルフィには難しくて理解できないだろう。
しかし、傲慢な蛇姫にしては破格の対応をされているな、と毎度思う。
私は彼女を好いているが、彼女の方からそれほど好かれるようなことがあったかな。
心当たりがあまりないまま、会話を続ける。
「なんだか意外だな。きみは私にどうしてか優しくしてくれるけれど、恋をしたらさすがに恋敵みたいに扱われるかと思っていたよ。もちろん私はルフィを船長と思っているだけだが……」
「こ、恋敵……!?」
私の発言に、ハンコックは妙に打ちのめされた。
声には出さぬまま、心の中で多種多様な葛藤があったのだろう。美人の百面相は見ごたえがある。
しばらくハンコックの表情の移り変わりを楽しんでいると、彼女は苦しみながらもこう言った。
「命の恩人と言えど、恋に関しては……! わらわとて引けぬ……!」
「命の恩人なんだっけ、私?」
ハンコックのことを助けたことがあったかな、と私は再び首を90度傾げた。
えーと、うーん、彼女は私の記憶のある限り大層有望な戦士で、アマゾン・リリーから旅立つ前の幼少の頃からずっと強かった。特に助けた記憶がない。
「覚えておらなんだか」
「……ごめん、あのさ、私ものすごく忘れっぽくてね。けしてわざとではないんだよ? 大事なことであっても、忘れたくなくても忘れてしまうことがあってだな……」
私がもごもごと言い訳すると、ハンコックは悩まし気に眉を寄せながらも、話してくれた。
「マリージョアから逃げ出したあの日、わらわはあなたの姿を見た」
「ああ~……」
フィッシャー・タイガーと共に大立ち回りをやったあの日か。
てっきり私にとっての未来でハンコックを助けるのかと思ったが、そうではなかった。
あの日は私にとってすでに過去だが、怒りと興奮で、いつもよりさらに記憶があいまいになっている。
そうか、ハンコックは元奴隷だったのだな。今知ったことだった。
随分上手く隠している。知られればロクなことにならないことはわかりきっているので、それで良い。
私はマリージョアで誰を逃がしたのか、あまり覚えていない。
たぶんそういう丁寧なことは全部タイガーがやった。私はただ暴れただけだ。
「タイガーにだけ感謝していればいいと思うよ。私はあんまりなにもしていない」
あの日はたまたまあそこにいて、ちょっといっぱい斬っただけだ。
世間的にも、あの事件はフィッシャー・タイガーが単独で引き起こしたことになっている。
「あなたにとっては何のことはない行為だったとしても、あそこから抜け出す手助けをしてくれたあなたに、わらわたちは感謝しておるのだ」
感謝されるためにやったことじゃなかったとしても、感謝されて受け取りを拒否するほど強情でもない。
私はいつものように笑ってこう言った。
「どういたしまして」