あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
私は空腹と戦っていた。
より正確には、空腹なのに、目の前に置かれている据え膳を食べてしまわないように理性を働かせていた。
様々な不運が重なり、私はここ数日何も食べていない。
これほど飢えを強く感じたのは久しぶりである。
なんだかんだ、人や食事のあるところに飛ばされることが多いからだ。
しかしここ最近はそれがうまくいかなかった。
私は飢えている。かなり極限まで。頬は少しこけているだろう。
だから、目の前に皿に盛られた炒飯のような料理が置いてあり、その傍には誰もおらず、ネズミだけがいるという今の状況は――耐えがたいのだ。
私はネズミを見る。ネズミも私を見た。
私は料理を指さして、次に自分の口を指さした。
ネズミはそれをみて、「チュッ」と鳴いた。
私は頷いて、素手で炒飯を掴んで口に入れた。うめえ!
その瞬間、扉が開いて部屋の主がやってきた。
盗み食いの決定的な瞬間を見られてしまい、私はパニクった。
やってきた少年が見覚えのある金髪ぐるぐる眉だということにさえ、一瞬気がつかなかったほどだ。
私はとっさに謝った。
「ごめん食べちゃった!!」
……やべえ! 第一声ミスった!!
これ絶対小さい頃のサンジだ!
なんかあったよな、私、サンジに最初に会ったら言わなきゃならないことが!?
しかし先に言い訳をさせてくれ、と私はぺらぺら喋った。
「本当におなか減ってて、でもひとのごはん食べたらまずいよなと思ったんだけどでも食べようとしてる他のいきものネズミしかいなくてさ!? そのネズミに聞いたらしょうがねえな半分やるって顔したから食べたんだよ、でもあのこれきみのだった!?」
「い、いや、そのネズミのためにつくった飯だけど……」
しかし私は目ざといぞ。サンジの持っているスプーンを指さして詰問する。
「そのスプーンは!? 自分も食べようとして持ってきたんじゃなくってか!?」
「スプーンでネズミに直接ごはんあげられないかと思って……?」
「じゃあセーフだね!?」
「う、うん……?」
「っぶねー。子供から飯を盗む大罪人になるとこだったぜ……」
私は冷や汗をぬぐってから、ハッと思い出して言った。
「でもこんなおいしい料理初めて食べたよ!」
これでリカバリーききますか!? 無理ですか!?
……頼む! これ、初見じゃなくあってくれ!
なんか私のことを初めて飯食ってくれたとか言ってた気がするな……これか……これなのか……嘘だと言ってくれ……。
「ほんとか!?」
「うん。まあ空腹が最大のスパイスという言葉もあるので、今の私が何食ってもうまいっつー前提はあるんだけど、それにしても上手だと思う。少なくとも料理のプロではない人が自炊する中でたどり着く、とりあえずこれやっとけばうまいよなっていう正解の飯の域には達してるな。つまり私はギリこれを作れない。これよりちょっとまずい飯しか作れない自信がある!」
「お、おう……?」
「ごめんカロリー不足であんまり頭回ってないかも。とりあえず食べてもいいですか」
「あ、そうだよな、悪ぃ。食ってくれよ」
サンジは親切にもスプーンを貸してくれた。
私はそれを有り難く受けとり、がつがつ飯を食った。うめえ!
ネズミが恨めし気に私を見るが、すまねえ、半分残してやれるか自信がない。
サンジは悪ぃと謝ったが、彼は全然悪くない。
私がサンジの部屋に不法侵入している方がよっぽど悪い。
そして無断で飯を食ったことの方が悪いのだ。
ああ、今までの人生で犯してきた大半の無断乗船、不法侵入は、私の能力が故の意図せぬことなんだが、今回の無断飲食は……完全に私が能動的に悪い……!
罪悪感に苛まれながらも食べる手は止まらず、そして私は自分の存在がバレてはいけなさそうな人物が近づいてきているのを感じた。
「やべ。私のことは内緒ね」
「え?」
私はもうひと口だけ飯をかっこむと、立ち上がって物陰に静かに隠れた。
直後扉が大きな音を立てて開く。やべ、口に米粒ついてた。
「サンジ! またネズミにエサを作ったのか! 王族が奉仕をするなと何度言わせる!」
サンジのパパだ。私がさっきまで食べていた皿を手で弾き、床に叩き落とした。
その後、聞くに堪えない暴言が続き、私はドン引いていた。
ひとんちの教育にあんま口出しするのはよくないか……でもこれはもう虐待というジャンルか……?
サンジのパパが去って行き、ネズミはパパの怒鳴り声でとうにいなくなり、部屋にはしょんぼりしたサンジと、隠れていた私だけが残された。
なんと声をかけていいかわからなかったので、私は食事を再開することにした。
つまり、床に落ちている飯を拾って食べた。
「おい、きたねえよ! 別の飯持ってきてやるからさ……」
「いや全然食える。きみ王族だろ?」
サンジは返事に詰まった。
王族だと自分では認めたくないのかもしれないが、私が言いたかったのはそんなことではない。
「王族のきみの部屋の床はめちゃめちゃ綺麗に掃除されてるから、この飯はまだセーフだ!」
「ええーッ!? そういう話か!?」
サンジが動揺している間に、割れた皿を端に除け、床に散らばった米粒を集めて口に入れた。
うん、砂か皿の破片かわからないものでちょっとジャリジャリするが、セーフだ。
ネズミが走ってる床なら衛生的にアウトなんじゃないかとかいうツッコミは来なかった。
大丈夫だ、かわいいネズミだったから! 疫病持ってたらもっと怖い顔してる!
「王様にもいろんなのがいるからね。いい王ってのは国民のために行動するもんだと私は思うけど……ああいう王を望む国もあんのかね。私に政治はわからん」
そんでここってジェルマなんだよな。ここから抜け出すのは面倒だ。
外から侵入するよりは中から逃げ出す方がマシだろうが、それにしても面倒なのである。
いっそどこかに隠れ続けて、私の能力でどこかに飛ばされるのを待ったほうが良いだろうか。
それにしても、サンジの部屋に隠れるのは申し訳ないので、別の場所を探そう。
「さて少年。私に会ったことは内緒だ。だが私はきみを忘れまい。命の恩人だ。餓死なんて嫌な死に方ランキング1位だもん」
やべ、忘れまいとか言ったけど、この間会ったときには忘れてるように見えたよな。
いや、別人だと思っていたからセーフか?
……一回別人だと思われたら挽回できないからアウトか?
「その! ……また、会えるかな!」
「きみが料理人になったら、毎日食べに行くよ」
これなら嘘にはならないか。
彼が料理人になって、私と同じ船に乗ることはもうわかっている。
彼の料理を食べられる日々が毎日続くようにと、私は祈っているのだから。
少年を少年と呼ぶ妖艶なお姉さんが書きたかったのに、手が滑った。