あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
――ワノ国だ。
しかも大通りでそれなりに人がいる。
参ったな、この国では私はどうしても浮いてしまう。
どこに行っても大して目立たない服を着ている私だが、ワノ国は和装が一般的なため、それではないというだけで異人であることが一目でわかってしまうのだ。
そして鎖国中のここでは、異人であるというだけで罪なのである。
目立つ前に逃げ出すか。
しかしまずどこに飛ばされたのか確認しなければ。
そう思って軽く視線を回すと、馴染みの顔を見つけたので私はうっかり声をかけた。
「あれ? 髪を染めたのか、でングッ」
素晴らしい踏み込みで私との距離を一瞬で縮めた彼は、私の口を片手で覆った。
発言を遮られた私は文句を言えず、目をぱちくりさせる。
その状態の私を抱え上げ、男はずんずんと大通りから遠ざかっていった。
それはさすがに人目についた。
「居眠り狂死郎が女を連れ去ったぞ!」
「きゃああ!」
「おい、誰か助けに……!」
「バカヤロウ、そんな危険なことだれがやるってんだ!」
ざわつく群衆から離れ、人の気配のない静かな通りまで連れられてきた。
犯罪者の扱いをされているが、あのパニックはそのままでよいのか、という意味を込めて、私がやってきた方を指さしながら首を傾げると、傳ジローは首を横に振った。
彼は人差し指でしいっとやったので、私が頷くと、私の口を覆っていた手を外してくれた。
「開口一番が髪の色とはおみそれした」
「……え、髪切った……いや、伸び……うーん?」
確実に髪型は変わっていると思うのだが。こんなリーゼントみたいな感じではなかったと思う。
もっと気付いてほしいところが別にあったのか?
私が頭を悩ませていると、傳ジローは正解を答えてくれた。
「同心が見ても気づかぬほど、顔つきが変わったと思うのだが」
「成長期かなって……」
背が伸びたね、と付け加えたが、傳ジローは苦笑いだ。
そういう話じゃないと?
「今は狂死郎と名乗ってござる」
「あいわかった」
なかなかイカす名前だ。
このことから推定できるのは、今傳ジローは別人として過ごしているということである。
危ないところだった。本名で呼ぶところだった、というか半分呼んだ。
名を呼びきる前に私の口をふさいだ、傳ジローの素早い対処に感謝である。
「あまり話しかけない方が良さそうだな? 私ではきみの考える知謀についていけない。あと空気も読めない」
「知らぬフリで構わんでござるよ」
「見かけたらウインクくらいは飛ばしていいか?」
ばちこん、とウインクして見せると、狂死郎は「……やめていただけぬか」と言った。
私は口元に手を添え、別の質問をした。
「投げキッスは?」
「訂正する。知らぬフリをしてほしいでござる」
「しょうがないなあ……」
友に出会っても無視しなければならないとは、私にはかなりつらい拷問だ。
それに今回のように出会ってしまって反射的に挨拶をしてしまう事故も起きるだろう。
いきなり風景が変わると、情報の処理が大変なのだ。
傳ジローの邪魔をしたいわけではない。これもまたつらいことだが、私は決心した。
「私は嘘が下手だから、あまり君と出会わぬようにしよう。カイドウとの決戦、その日まで私には会えないと思ってくれ」
「来ていただけるのか」
「行くとも。必ずだ」
「それは千人力」
なぜ今傳ジローのところに飛んだかといえば、もっと大事な場面でこれをやらかさぬようにだろう。
潜入している人たちはこれだから厄介なのだ。気軽に訪ねていけもしない。
「私がもっと器用だったら、きみの肩の荷物を少しばかり持ってあげられたのにね」
「決戦への参加表明、それだけで充分でござる。あとはそうでござるなぁ……怪談が耳に届けば、拙者少しは愉快」
「うん? 怪談? ……ああ、錦えもんが言っていたやつか」
血濡れの女に友か問われ、いいえと答えると殺されるという理不尽極まりない怪談。
しかもたぶん私がモデルである。まず質問もせずに斬りかかったこととかもあるんだけどな。
「血濡れ女が出た日には、町の悪漢が幾人か消えるという噂。実際は?」
「まあ斬ってんだけど……幽霊じゃなくて、辻斬りと言われているかと思っていた」
「血濡れ女が目の前でかき消える様を、幾人も目にしている。悪霊の類と思われて当然でござるなぁ」
「え〜? 妖術とか忍術とかにはならないのか?」
「それにはワノ国らしさがもう少し欲しいところ」
「難しいな……そうか、斬るとき刀以外も結構使っちゃったしな」
「恐らく得物の問題ではなかろうとは思う」
やはり着物? チョンマゲ? あ、女だからかんざし的な?
あちらこちらを移動している私では、とっさにワノ国らしさを誂えるのは難しい。
「辻斬りといえばオロチの息がかかった処刑人でござるからな。オロチが把握しておらん貴方は、妖怪とでもしておくしかないのだろう」
「うーわ、嫌なこと聞いた」
今度辻斬りを見かけたら、敵として斬っておいた方が良いのかな。
そもそも辻斬りって悪だから成敗していいのかな。いや、逆なのだろうか。
オロチの息のかかった処刑人は、望まぬ行為を強いられている可能性が……うーん、やはり私に難しいことはわからない。
ともかく、本来ならこうして話すことも難しかったのだろう。
名残惜しいが、私はこの場から去らねばならない。
それじゃあ、と私は手を振って、友へ別れの挨拶をした。
「きみの名を気軽に呼べる日が、一日でもはやく戻ってくることを祈っている」