あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
降り立ったのはサウザンド・サニー号だ。
皆を探してきょろきょろと見渡せば、景色がおかしいことに気がつく。
おお? どうやらサニー号は今、空を飛んでいるようだ。
空島のような場所から落ちているわけでもなければ、滑空でもなく、クードバーストによるものでもない。
こんなことができる能力者を一人、私は知っている。
「あれ? 髪型変えた?」
サニーの甲板に立っていた馴染みに声をかける。
私の存在に今気がついたのだろう――そりゃそうだ、だって私は今来たのだから。
振り返った男は、私を視界に収めた瞬間喜色満面になった。
「おいおい……まだ生きてやがったかァ!」
金獅子のシキに対し、私も笑顔を浮かべる。
「なんで勝手に死んだと思うんだい」
「そりゃお前が一切ニュースにならねェからよ!」
「元からニュースには載らない
「そうか、そうだったな!」
私とは違い、シキはそれなりにニュースになっていた気がする。
それでもしばらく便りがなかったが……最後に聞いたのは、インペルダウンを初めて脱獄したとかなんとか、だった気がする。
そもそも捕まったことが驚きだったので、逃げ出したといわれれば、まあそのくらいするだろうなあ、と納得するしかない。シキはそんな男だった。
「知り合いか?」
「昔馴染みだ」
ゾロに聞かれ、簡潔に答える。
私ばかりが生存を驚かれているが、私も彼に言う権利がある。
「きみこそ20年くらい音沙汰なかっただろう」
「おれにもいろいろとやることがあったのよ」
脱獄後、彼の名を聞かなかったのは、どこぞに潜伏し、なにやら目的を果たしていたということか。
彼ほどの男が、それほどの時間をかけてやること、となると随分壮大なものなのだろう。
シキの口ぶりからして、詳細は聞かない方が良いのだろうな。
彼は実際やってみせてやる、というタイプだ。
変わらないなあ、と思いながら改めてシキを見ると、変わっている部分に気がついた。
「……ていうかそれ髪型じゃなくて頭に舵輪突き刺さってる!?」
「今更!?」
「え!? しかも両足無くなってないか!?」
「今!?」
私が驚愕していると、皆がツッコミを入れてくれた。
マジか、気づいていないのは私だけだったらしい。
「ご、ごめん。久しぶりに会えた喜びで気づかなかった……」
シキは笑いながら私に近づき、気さくに肩を組んだ。
歩くたびに剣のぶつかる鋭利な音がする。
「お前は相変わらずだなぁ!」
「いやきみが変わりすぎだろ」
肩に回っていたシキの腕が、私の腰に移動した。
そのまま担ぎ上げられ、「ん?」と不思議な顔をすると、シキは反対側の腕でナミも担いだ。
……ん?
「ベイビーちゃんたちはもらっていくぜ」
「……ん!?」
シキはサニー号から飛び立ち、空を飛んだ。皆の慌てる顔がどんどん遠ざかっていく。
どう見ても合意の上ではないよな。
私の場合、合意した記憶がなくとも、未来の私がどっかでいいよと言っている可能性がなきにしもあらずなのだが、隣のナミの顔を見るにそれは違うらしい。
「あれ、シキ、もしかして私と敵対しようとしている?」
「ジハハハハ! いいや、ただの勧誘だ!」
「な~んだ、ただの勧誘か~」
「納得しとる場合か!」
反対側に担がれたナミがツッコミをいれてくれる。
おかげで私は正気に戻った。
勧誘とは言われたが、そもそもなんの勧誘なのかは聞いていない。
「……いや、ただの勧誘だったら言葉でやるよな? これはかなり強引な勧誘と言えるのでは?」
「おれにしちゃ穏便なほうだぜ」
「そりゃ私は、今まできみがどんな方法で仲間を増やしてきたのかなんて知らないが」
もらっていくぜ、でもらわれていくほど聞き分けは良くない。
勧誘の内容ならば推測できる。海賊船に乗れ、というやつだろう。
かつてはきちんと言葉にして、シキに船に乗らないかと誘われたことがあるが、その時も同じ理由で断っている。
未来の人間の名前こそ口にしなかったが、私はもう乗る船が決まっている、とシキに告げているはずだ。
私は今度は船長の名前を口にして、勧誘を断った。
「私はルフィとしか海賊やらないよ」
「気が変わるかもしれねェだろ?」
「ないない。ナミもそうだろ」
「そうよ!」
シキに担がれている今の状況は、あまりよろしくない。
頬に当たる風は心地よく、他人の力で空を飛ぶのはなかなか愉快だったが、そんな呑気なことを言っていられる場合ではなかった。
顎に指をあて、思案する。特になんの考えも浮かばなかったので、仲間に頼ることにした。
「参ったな。どうしよう、ナミ。私たち誘拐されてしまった」
「把握するのが遅いッ! 戦いなさいよ! バッサリやっちゃいなさい!」
「え~? でも困ったことに、シキとは古い友達なんだ。殺したくもなければ死んでほしくもない。ちょっとやりにくいなァ……」
「もうアンタの交友関係にいちいち口は出さないけど! 麦わらの一味じゃなくなってもいいの!?」
そう言われると、余計に参ってしまう。
手を顎から頭に移動させ、頭を抱えた。
うーん、どうしよう。特に何の考えも浮かばなかった。
「ジハハハハ! ベイビーちゃん、自分が人質になってる自覚はねェのか?」
「え?」
「ベイビーちゃんが傍にいるままドンパチやれるほど、おれもこいつもヤワじゃねェぜ」
シキにそう言われたナミが私を見る。
そんなことないよ、と否定してあげたかったが、それも難しかったので私は眉を下げた。
「ううん……悪いがナミ、シキの言う通りだ。見た目が愉快なおじさんなのでそうは思えないかもしれないが、彼って四皇とか七武海とか、そのクラスの強さだよ」
「嘘でしょ……!?」
「そうそう……って誰が愉快なおじさんだオイッ!」
ノリツッコミしてくれるのは、だいぶ愉快なおじさんだと思う。
ナミが彼の腕の中にいる以上、仲間ごと斬るわけにはいかない私は暴れることができない。
そして私自身も抱えられているため、どこかに
わりと困っている。呑気な会話で場をつなぐことくらいしかできない。
「いい歳の取り方をしたね、シキ? きみが羨ましいよ」
「ジハハハハハ! 永遠の美女は世界中の憧れだぜ? 変わらねェことを誇っていい」
私は永遠ではない。歳を取らないがそれだけだ。
冗談で美女を自称することもあるが、別段そういう自認はない。
相手が美女と言ってくれるのなら、わざわざそれを否定しなくていいだろうと思っているくらいである。
複雑な気持ちでため息をつくと、シキは空中を闊歩しながら明るく言った。
「そうツンケンしねェでのんびりしていけよ。新しい仲間を紹介してェしな」
「おお、それはぜひ会いたいね」
「ダメよ! アンタすぐ絆されるんだから!」
ナミに叱咤され、私はきょとんとした。
「えっ、まだ会ってもないんだから絆されてないよ」
「友達の友達は友達とか言い始めるでしょ!」
少し考えた。
「……言う! ダメだシキ、会ったら友達になっちゃうから会っちゃダメっぽい」
「友達の友達が友達なら、会ってねェ今でも友達なんじゃねェのか?」
「……確かに!」
「コラーッ! 言いくるめられるなーッ!」
シキの言うことはその通りだし、ナミの言うことはもっとその通りだと思う。
頭が混乱してきた。
もうすぐシキのアジトに無事についてしまうだろう。
そうなれば、私は余計に身動きが取れなくなりそうだ。
「しまったなあ。シキは古い友人だから私の扱いを熟知している。今回私は役立ちそうにない」
シキは話題を転換し、私を混乱させ、なだめすかし、戦闘の意欲をそぐのが上手すぎる。
カイドウは私をうまいこと乗せ、戦闘の方向に持っていくのが上手すぎるが、その真逆だ。
今の私は、愛刀を呼び出せる気がしない。まるで戦いたくないもの。
「悪いがナミ、自力で脱出してくれ。私は置いてって大丈夫だから」
「さっき七武海クラスとか言ったばかりの男からどうやって逃げろって言うのよ!」
「頑張れ! やれる! よっ、泥棒猫!」
「アンタのせいで攫われたんだからアンタが責任取りなさい!」
「それは責任転嫁だろ! ナミの美貌につられてだよな、シキ!?」
「美貌じゃなくて航海術!」
シキに問いかけたが、返事は目を吊り上げたナミから返ってきた。
その辺の話は聞いていなかったので、シキに確認をとる。
「そうなの?」
「そうだな。ウチの航海士たちよりよっぽど腕が立つベイビーちゃんだ」
「え~? へへ」
「なんでアンタが嬉しそうなのよ! もう!」
そりゃ、仲間が褒められて喜ばないわけがない。
……ハッ、いかん、また完全に戦闘の意欲をへし折られてしまった。
金獅子のシキ、なんて手強いんだ……!