ふらふら   作:九条空

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ロー

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 視界に映る白色が美しい。ここはフレバンスだ。

 しかもきちんと目的の人物が目の前にいる。

 私はローの前で屈んで、ポケットに手を突っ込んだ。

 

「一応全財産だけどいる?」

「お前、どうやって生活してるんだ」

 

 ポケットから取り出した1枚のコインをローに見せると、怪訝な顔をされた。

 この間の治療費には到底足りなさそうだったので、私は大人しくポケットにコインを戻した。

 

「主に人の善意で生きてる。友達のところを渡り歩いてると、なんだかんだご飯は食べさせてもらえることが多い」

「ヒモ……」

「うーん、まあまだ上品な言い方だな」

「ペット……」

「うーん、だいぶ怪しくなってきた」

 

 ポケットのコインを指で撫でる。

 ちなみにこの金も、私があまりに無一文なのを憐れんだ友人に無理矢理渡されたもの、の残りである。

 ベリーの詰まった袋を押し付けられながら、金はなくとも意外と生きていけるのだ、と説得したが、あるにこしたことはない、という正論で私は完全に論破されてしまった。二の句が継げないよ、その通りなのだから。

 確か、半分はくれはに渡し、残った小銭でリューマに奢ろうとしたら会計時に全然足りなかったので、数々の一発芸を披露してチップを稼いで足りない分を補い――あれ、じゃあ私が稼いだ金か、これは。

 ともかく、フレバンスに来るまでに、そこそこあったお金はたった一枚のベリー硬貨になってしまったのである。

 

「足りない分は体で払おう。私が教えられそうなもので、きみの興味のある分野はあるのかな」

「……ん」

 

 むすっとした顔で、ローは木刀を2本握り、1本をこちらに渡してくる。

 

「いいよ。本業ではないが得意な方だ」

 

 私はローから木刀を受け取り、軽く振ってみる。

 今日もあまり元気とは言えない体調だが、これくらいなら問題ないだろう。

 なにしろこの傷を治療したのはくれはである。彼女が治療したのなら早々傷口が開いたりは……いやまあ開いてしまったことは当然あるのだが……なかなか開きにくいから平気!

 額や手首、見えるところに巻かれた包帯を指さして、私はローに提案した。

 

「ちょうどいいから、この包帯の部分を狙ってくれ」

「できるかーッ!」

 

 幼少期のローは、非常にまともな倫理観を持っているようでなによりだった。

 私もマゾではない。わざわざ傷をえぐってほしいわけではなく、これには理由がある。

 

「直近の相手は剣士だった。だからこの包帯の巻いてある傷の部分は私の隙で、剣士にとって当然狙うべき位置だ。わかりやすい的だろう?」

「だからできるかよ! おれは剣士じゃなくて医者になるんだ!」

「それは立派な夢だ」

 

 私は当然、ローの言葉を肯定した。

 しかしこれは医者の勉強ではなく、暴力の勉強である。

 

「しかし医者も強くなくっちゃな。病院は狙われるよ。医薬品はゴロツキにも必要だし、なにより高く売れる。襲われれば患者も危ない。せっかく治した患者を殺されてもいいのか?」

「それは……」

 

 今はまだ、比較的平和なこの国だ。

 しかし賢い彼はすでに理解している。いつ治安が悪化して戦争が起きるともわからなければ、いつ海賊や山賊といったゴロツキに襲われるかもわからない。海軍に頼れず、自力でなんとかしなければならないことも多かろう。

 だから彼は剣をとったのだ。彼の父親にはない力だから。

 

「こうしよう。ローが包帯にちゃんと当たる攻撃をしたら防ぐ。それ以外の攻撃は防がない。私の体を守りたいなら、しっかり狙って打ってこい」

「自分の体を人質にすんじゃねェ!」

 

 いいね。このツッコミ、医者の才能がある。

 そちらの才は、私が育てなくともなんとかなるだろう。良い先生である、彼の両親がいるしね。

 私が教えなければならないのは戦いのコツ、暴力の心構えだ。

 それがいつかローに必要になることを、私は知っている。

 

「本当だろうな……!?」

「あーはは。うっかり当たるかもって? 舐めるなよ」

 

 比較的無事な、左手の方で木刀を持つ。

 右手はだらりと垂らしたままだ。無理に動かせば完治は遠のくだろう。

 誰かの命がかかっているのならともかく、訓練で無茶したらさすがに私の面倒を見てくれたたくさんの医者の友人たちに申し訳ない。目の前にいるのも医者のたまごだし。

 

 最初のローの攻撃は、私の木刀を狙ったものだった。

 私は腕に力を入れず、ローの振り下ろしに従い、己の木刀を下げた。

 ガラ空きになった私の胴体は狙い放題だ。

 ローは、私の手首を狙った。そこには包帯が巻かれているし、きちんと当たる軌道だった。

 

 木刀を軽く振り上げ、ローの木刀を弾く。

 ローはたたらを踏んで数歩後退したが、しっかり握りしめた木刀を手放すことはなかった。

 再び斬りかかってくる。次は突きの姿勢だ。筋が良い。

 

「いいよ、その調子」

「……ッ!」

 

 褒めた途端、ローの剣がブレる。

 褒められ慣れてないのか? あの両親の感じからいうと、そんなことなさそうなのに。

 

 ローは私の首筋から鎖骨にかけて巻かれた包帯を狙っていた。

 しかし大きくブレた剣先は随分下に軌道を外し、私の鳩尾に沈みこんだ。まあまあ痛い。

 ちゃんと防御したらローの手の方を痛めそうなので、普通に当たることにしたのである。

 息を飲んだローが大きく体を引いたので、木刀はすぐに私のみぞおちから離れた。

 

「まぐれだが良い攻撃ではある。この感覚を忘れるな」

「忘れらんねェよ! 避けろって!」

「それはきみ次第だな」

 

 木刀を手放して私の傷を診ようとするローを、手で制する。

 

「人を殺さずに倒すのは、人を殺すより難しい。戦う相手の倍以上強くないと、手加減はできない。殺さなきゃいけなくなる。それが嫌なら強くなれ」

 

 言い切ってから、ため息を何とか飲み込んだ。

 まるで自分に言っているようだ。私もまだまだ強さが足りない。

 

「どうする? 剣が向かないなら、別のに変えようか。刃物でも鈍器でもいいよ。あるいは戦いはあきらめて、いろんな島のお話を聞かせてやるのでもいいけど。私は剣士じゃないが、旅人ではあるからね。旅行記を聞かせてやるのでも、治療費代わりにはなるだろう?」

 

 とはいえ、旅のお話はそんなに得意でもない。

 しらほしを何度も泣かせてきた実績があるからな……。

 だが、最近は結構コツを掴んできた。

 それこそ、この島の特産は果物で、時計塔が観光名所で……などという話であれば、しらほしを泣かずに楽しませてやることができる。

 ねじ巻き島の有名な時計はぶっ壊れ、アラバスタの時計塔の中には時限爆弾が仕込まれていたことがあり……とかいう話さえしなければいいのだ。いつもうっかりやりそうになる。

 

 この海の多い世界では、島から一歩も出ずに人生を終える人間は多い。

 だから、自分たちの知らない島の話を求める者も多い。

 海を越えての旅はかなりのリスクだ。死をも覚悟しなければならない。

 冒険譚は充分な治療費になり得るだろう。

 

 しかしローは木刀を手放さなかった。

 

「いいか、おれは医者になる……! 患者の体を切り開くことだってあるんだ、こんなんでビビッてられるか!」

「いいね、その調子! 剣が握れたらメスも握れるぞ!」

「医者を舐めるな!」

 

 ローに怒鳴られた。

 でも私、このノリできみの未来の恩人の体をちょっと切り開いたりしたぞ。

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