あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
気づけば、私は席についていた。
知っている家の、知っているテーブルだ。
自然に足を組んで、テーブルの上で頬杖をつく。
「うんうん、そうだね」
「って、いつのまにかいるーッ!?」
適当に相槌を打って場に馴染もうとしたが、失敗に終わった。
その場のみんなに同時に叫ばれ、どうしようもなかった。
まあなんの話も聞こえてこなかったから、ちょうど会話の切れるところだったのだろう。
そこに相槌だけ飛んで来たら、みんな私に気づくに決まっていた。
もうちょっと黙っとけばよかったな。頭が回らなかった。
「まあ私のことは気にせず……」
「気になるだろッ! 血まみれじゃねえか!」
「でもいつものことだろ?」
「それはそうだけどよ!」
ウソップから元気な肯定をもらうくらい、私は彼らの前で血まみれになっているらしい。
まあでも、やっぱりそうだよなあと自分でも思うので、相違なかった。
「ここにはちょっと寄っただけだ。私にはもう少しやることがある」
「こんな傷だらけでどこ行こうってんだよーッ! ドレスローザはもう平和になっただろ!?」
「その言葉が聞きたかったんだ」
もう平和になった、というこの国を一度見ておきたかったのだ。
この未来があるのなら、私はもう少し頑張れる。
「また後で会おう、キュロス」
友に微笑んで、私は飛んだ。
ここは彼の家だ。ここで会えるかと思って飛んできたのだ。
私の仲間と共に、彼が微笑んでいられる未来があってよかった。
彼が人に戻れる未来があるのなら、私はこのまま走り抜けるだけだ。
……
飛んできた私は、当たり前のようにドレスローザにいた。
「おい、また随分と血まみれじゃねェか……おれとの約束を果たす日は来るのか?」
「こんなときでも鍛錬の話か? 私がいなくともできるだろ……」
目の前にいたのはゾロ、そして暗い地下にあったおもちゃの山で出会ったハイルディンなんかの面々であった。
あと藤虎。えーっ、なんか普通にいるよこの人。いいの?
「で、海賊と海軍大将が協力してなにやってる?」
「この糸を止めてる」
「了解。私もやろう」
ルフィとドフラミンゴはまだ戦っている。
鳥カゴの縮小は留まるところを知らず、このままでは国ごと切り刻まれて生存者はドフラミンゴ以外に残らない。
充分に命や、それ以外を犠牲にする価値のある場面だ。
「じゃあ今場所を空けて……」
「ん? ああ、そうだな、全員下がってくれ」
私は提案してくれたハイルディンを見下ろして、そう言った。
ゾロは顔をひきつらせ、しかしにやりと笑った。
「おい……んなことできたのかよ」
「この海に不可能ってのはあんまりないんだよ、ゾロ。それにきみ、さっきこれくらい大きい男を斬ったんじゃなかったか?」
くすくす笑いながらも、私はどんどん姿を大きくした。
全ての人々は、私の作った日陰の中に入る。
糸の縁にいてそれを堰き止めていた人々は、自然と手を止め、唖然としながら私を見上げた。
私は国を覆い尽くすほどの巨体へと変貌していく。
とっくに巨人族を遥かに超えるサイズになり、文字通り国を覆ってやった。
古代巨人族よりも大きくなったところで、島からはみ出して海水に足を突っ込みそうになったのでやめる。
幸い、でもなく私の所業だが――ドレスローザの街は私が散々暴れて斬りまくったこともあり、正常な建物が存在しない。潰しても構わない場所しかない。
固まって私を呆然と見上げる人々に、人は潰さぬようにと、手でちょいちょいとジェスチャーすると、人々は私の手や足を置く場所を譲ってくれた。
「姿を変えるのはあまり得意ではない。それほどもたないが、死ぬ気ではやるよ」
囁くような声量で言ったが、図体もあって発言は国中に轟いた。
四つん這いになって、腹のあたりに作った空間に山ほどいる人間を皆守る。
手や足、背中に迫り来る糸を、武装色を纏って斬られないように防ぐ。
とてつもない力で進んでいく糸に、精一杯力を込めて対抗した。
「皆が切り刻まれるのは、私が細切れになった後だ」
無闇に巨大になったものだから、ボタボタと垂れる私の血も大量になってしまった。
血の雨の降る不吉な土地、とか嫌な伝説が残ったらどうしよう。
真っ赤に染っていく瓦礫を眺めながら、ぼんやり考えた。
私が死んだら能力は解除されるだろう。
細切れになった私の巨大な肉で、皆を下敷きにすることはないはずだ。
鳥カゴの糸は私の手足や背中を斬っていく。
疲れた。あまりもたない。糸は赤く染まっていき、私は目を瞑った。眠い。
欠伸を噛み殺し、うとうとしていると、ギャッツの嗚咽のような声が私の耳に届いた。
ルーシーことルフィの勝利宣言。
いつのまにか、私を切り刻もうとする糸は消えていた。
私はそんなことにも気づけなかったらしい。
「国を守るのは大変だな。わざわざ王になりたいなど、共感もできない……」
私は深々とため息をついて、意識を手放した。
勝手に体は元に戻るだろうが――誰も下敷きにしてませんように。