ふらふら   作:九条空

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モモの助/雷ぞう

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 場所は……おそらくワノ国。

 それ以上のことを考える前に、足音が耳に飛び込んでくる。

 ()()()の香りでワノ国と判断したくらいの段階だ。それが敵か味方かもわからない――しかし、いかにも私に会いたかった、といったテイの男が駆け寄ってきた。

 

「姉上~!」

「ん!?」

 

 姉上などと呼ばれる心当たりがまるでなかったので、私は正直に首を傾げた。

 

「誰だっけ?」

「なにーっ!? 拙者のことを忘れてしまったでござるかーっ!?」

 

 随分親しげなので、きっと友人なのだろう。

 だから私は遠慮なく、近くに来た彼の顔を掴んだ。

 両頬に手を添えて、自分の顔に近づけてよく見る。

 男は驚いた顔こそしたものの、そのまま私の手に身を任せた。信頼を感じる。

 

 覚えのない人に「忘れてしまったのか」と言われると、いつもならきっと未来のことだと適当に流してしまう。

 しかし、今回の私は誤魔化すことをしなかった。

 

 彼はとても、見覚えがあるような気がするからだ。

 私は彼のことを、忘れてはいないんじゃないか。

 だとすれば、なぜ彼がわからないのだろう。顔を動かして、横や斜め上からよく眺める。

 

「うーん? スキヤキにもおでんにも似てるってことはわかる。将軍の血筋? ほかに親戚とかいたんだっけ?」

「似てるでござるか……!?」

 

 こうして顔を輝かせたところを見ると、尚似ている。

 そしてスキヤキとおでんの名を知っているということは、彼はそれより後の人間ということだ。

 私は主にルフィに合わせて渡り歩くようにしているので――その希望は必ず叶うわけではないが――ルフィの世代より、そう未来には行っていないはずなのだ。

 だとすれば――尚更誰なのだ、彼は?

 

「拙者モモの助にござる」

「……!?」

 

 本人の口から正解を告げられ、周りを見渡す。

 後ろには確かに、雷ぞうと錦えもんが控えていた。

 彼がモモの助、というのなら、そこに彼らがいるのは当然のことだろう。

 時代――私の勘が鈍っていなければ、ここは確かに、カイドウのいなくなったワノ国のはずだ。

 それも、あの戦いからさほど日は過ぎていない。

 だから、モモの助がこんなに大きいわけがない、はず、なのだ。

 

 考慮すべき要素は、彼らが過去から未来へ、かつて時代を超えた事実。

 

「あの能力、あとから歳とるタイプだったのか!? 雷ぞうも老けてるし!?」

「これは元からだ!」

「あ、ごめん」

 

 冷静になってしっかり考えれば、錦えもんの方はあまり変わっていないのでわかることだった。

 いや、もちろん、雷ぞうも変わっていない。

 変わってないんだけど、彼なら十年後もこのままだという信頼が……その……逆に……。

 

 

 ……

 

 

「そうか、ではモモの助は8歳のまま体だけ大人に……」

 

 彼らから、おおよその概要を聞いた。

 改めて言葉にすると、ドッと感情が押し寄せてきた。これは――悲しみだ。

 嗚咽を洩らさないよう、とっさに口を手で押さえたが、眦から涙がこぼれるのは止められなかった。

 涙で霞む視界の中、モモの助たち3人が顔を突き合わせたのが見えた。

 

「こういうとき、どうするでござるか!?」

 

 モモの助が問うと、錦えもんが冷や汗を流す。

 

「困った、拙者女の涙にはめっぽう弱く! 雷ぞう、どうする!?」

「拙者に聞かれても! モテ期は未だ来ず!」

「拙者もまだでござるよ、8歳なのでござるからして!」

「いや、モモの助様はもうモテ期が来ていた。麦わらの船に乗っていた頃に!」

 

 なんて不毛な言い争いをしているんだ彼らは。

 思わず涙が引っ込んでしまった。

 

「とにかく涙を拭うでござるよ! モモの助様!」

 

 雷ぞうに進言され、モモの助が手拭いを持ちながら私に言った。

 

「ほら、チーンするでござるよ!」

 

 妹の日和相手に、いつもそうしていたのだろうか。

 モモの助があまりによいこだったので、私は再び涙が出てきてしまった。

 それに彼らはより慌てたが、手拭いに涙をしみこませながら、私は呻いた。

 

「こんな悲しいことってあるか? その時の私は何をしてたんだ……役立たずめ……」

「いや、大層功を上げていたでござる。カイドウとすんごい殴り合ってたでござるよ」

「それくらい誰にでもできるじゃん……!」

「「「できぬわッ!!」」」

 

 総ツッコミを受けた。

 私は手拭いにチーンとして鼻をかんでから、手拭いを畳んでモモの助に返した。

 淑女ならば洗ってから返すのだろうが、私は借り受けた物を返すまでに平気で数十年かかるかもしれない人間だ。そんなことはできない。

 

「慰めてくれてありがとう。なんにもできなくてごめんね」

「いや慰めではなく」

 

 生真面目に否定してくれたが、それもモモの助たちの優しさだろう。

 カイドウとの決戦、その日のことを私は未だ知らないが、こうして己が無力であったことを悟っても――その時が来れば、己の限界を超えようと思える。

 結局、私は今、目の前にあることを考えるしかないのだ。

 

「では、私だけはモモの助、きみを甘やかそう。8歳として年相応に扱ってあげる」

「うむ、その約束は覚えていてくれたのか!」

 

 モモの助は嬉し気にそう言った。

 記憶には存在しないが、私は既に同じことを約束していたらしい。

 この事情を知れば、どの私でも当然そうするだろう。己で決めたことに異議はない。

 

「しかし身長差ができてしまったからおんぶやだっこは難しいね」

 

 ワノ国において、畳の上では土足厳禁と聞く。

 私はたった今までその禁を破っていたことを深く反省し、膝をついて靴の裏を浮かせた。

 

「膝枕は?」

 

 正座、と言われる体勢になってから、己の膝をとんと叩いた。

 スライディングの勢いで、モモの助の頭が私の膝へと滑り込んできた。

 私はそれをすんなりと受け入れて、こう言った。

 

「きみが80歳になっても、こうして甘やかしてやるからな」

「それは……助かる!」

 

 膝の上で笑う、モモの助の額を撫でた。

 その言葉は、私にとっても助かるのだ。

 数十年後も、彼はきっと生きていてくれると――そういう約束になるのだから。

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