あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
「ギャーッ!」
悲鳴が上がったのでそちらを見れば、男が私の顔を指さしていた。
思わず自分の顔を、己でも指さす。え、私?
私を指さす男の手はどんどん震え、最終的に男は白目をむき、泡を吹いてぶっ倒れた。
「えー……?」
覇気も使っていないのに、見ただけで人を失神させるなど初めて――いや、どうだったかな。
意外とそんなこともあったかもしれない。
倒れた男の顔を覗きこむ。知り合いだっただろうか。
見覚えがあるような、ないような。既視感はあるので、初見ではないか?
あるいは彼の親か子を見たことがあるのかもしれない。
「いやー、誰だったかなァ……」
「自分で再起不能にした男も覚えてねェのか」
「あ、スモーカーくんだ」
腕を組み頭をひねっていると、私に声をかけたのはスモーカーであった。
見たところ、それなりに若いような気がする。というか大佐でもないかもしれない。
少なくとも、ここはローグタウンではなさそうだ。
つまり、おそらく私が海賊であることにはまだ気づいていない頃の彼である。
秘密にしていることは気が重いが、いちいち彼と私の立場を考えなくて良いという意味では気楽である。
知りたい答えはスモーカーが知っているようだったので、彼に聞くことにした。
「で、本当にこの人誰だっけ? 海賊?」
「奴隷商人だ」
「あ~」
納得した。
私は奴隷商人をボコボコにしているとき、怒りのあまり相手のことをほとんど覚えていられないのだ。
直接出会ったことがあるのに、どこで出会った誰なのかを思い出せないとなると、理由はそれくらいだ。
「かつておれとてめェで縛り上げた売人が、再び現れたって噂を聞きつけてやってきてみりゃ……」
「ああ、あのときの?」
私がオイタをやらかす海賊や山賊、闇の商人なんかを相手に大立ち回りをするのは、それなりに日常である。
そういう場面に飛んで、その辺に落ちていた剣を拾って振るうまでにためらいはない。たまに愛剣も抜く。
しかし、隣に背中を預けられる者がいる、というのは意外に少ない。
その数少ない機会を使って、スモーカーと共に縛り上げた相手だったらしい。
私の顔を見ていろいろと思い出し、失神するのも納得だ。
その時の私は、それなりに張り切ったはずである。
「てめェもその件でここに来たんじゃねェのか」
「どうかなあ」
確かに、一度懲らしめたはずの奴隷商人が再び同じことをしでかそうとしていたら、私は殴りに来たくなるだろう。だからここに来たのかもしれない。
あるいはスモーカーが私に会いたいと思ってくれていたのならば、この出会いは偶然ではないのかも。
「そういえば、この男は思い出せないが、この島の方には確実に見覚えがあるよ。あっちにおいしいまんじゅう屋さんがあったよね」
「もっと覚えるべきことがあるだろうが」
食い物屋の位置はしっかり把握しているあたり、私も麦わらの一味としての自覚がしっかりしてきているということだろうか。へへっ。
「……ヒナ驚愕」
和やかに歓談していると、もう一人海兵がやって来た。
彼女には覚えがある。黒檻のヒナだ。
未来のことはわからないが、今の段階で、たしかまともに会話をしたことはない。
戦場で遠目に見たことは何度かあったと思ったが。
「スモーカー君に親しい女性がいたなんて」
「言っただろうが、あんときゃ協力者の女がいたと」
「大暴れを誤魔化す言い訳かと思っていたわ」
きっとあの件で大暴れしたのは、スモーカーよりも私の方だ。
これは無辜の罪を着せてしまったかもしれない。
ヒナは悪魔の実の能力で、私が失神させてしまった男を縛り上げると、私の顔を見た。
「ヒナよ。スモーカー君とは同期のよしみで今日も来たわ」
「へえーっ。スモーカーくんがお世話になっています」
「どの立場からもの言ってんだ」
「私は海軍でのきみの行いを知らないからな。こんなこと言わなくていいくらい、誰にも迷惑かけずにやってんならいいけど?」
「言って正解よ」
「だってさ」
ヒナの発言をスモーカーも否定せず、煙草を吹かすに終わったあたり、本人も迷惑をかけている自覚があるらしい。
「ともかくスピード解決だね。よかったじゃん」
「まだ残党がいるだろ。その辺うろついて全員失神させてこい」
「スモーカーくんの方が顔怖いから適任じゃない? ああ、しかしきみだと関係ない人も失神させる可能性があるのか……」
「人の顔を何だと思ってんだ」
それはさっきの私も言えるツッコミだったのでは。
「でも絶対顔だけでこども泣かしてるでしょ」
「……」
スモーカーは立派な男なので、見苦しい言い訳はしないのだった。
「しかしまいったな、私あんまり彼らの顔を覚えていないよ。全員あんな感じで失神するかもわからないし。私の顔を見て反応する人間を一旦全員縛り上げてくればいい?」
「……まあいいんじゃねェか」
いいんだ。後ろでヒナがため息をついているが、本当にいいんだろうか。
しかし私は海軍ではないので、なにかやらかしたとしても彼らの責任にはきっとならないだろう。
通行人に目をやり、私と目が合って反応した男を見つける。
「よしじゃあそこの彼……」
「おい、あれは違ェ」
「スモーカーくん、きみが商人全員の顔覚えてるなら私そんなことしなくていいじゃん」
既に標的がわかっているのならこんな総当たり戦をしなくていいだろう、と文句を言う。
しかし、スモーカーが違うと言った理由を教えてくれたのはヒナだ。
「わたくしが説明するけれど、今のはあなたを見て良い女、と思ったリアクションだったわ。ヒナ明察」
「あ?」
間抜けな声を出したのは私である。
私を見て男が表情を変えた事実は確認していたが、それがゲッ! なのかポッ! なのかは判断できていなかったようだ。
次からは血の気が引いているかどうかで判断しよう。しかしそれより。
「素晴らしい人材かも。ヒナちゃん、ちょっと私に色仕掛けを教えてくれないだろうか」
スモーカーがむせた。葉巻を2本も同時に吸うからだ。
「残念だけど、専門じゃないわ」
ヒナほどの美人となれば、わざわざ自ら仕掛けなくとも勝手に溺れていく男ばかりということか。
「え~? じゃあ色仕掛けに耐える方法は? 最近困ってるんだよね」
「あら、アプローチをかけられているの?」
「最近気づいたが、いい歳した大人に甘えられると私めちゃくちゃ弱い」
「そういうのが好みなのね。ヒナ学習」
ヒナは煙草の煙をゆっくり吐き出してから、こう言った。
「恋しちゃいけない理由を考え始めたら、もう恋に落ちているのよ」
「すげえ! 名言だ!」
私は感動し、即座に挙手して次の質問をした。
「はいヒナ先生。相手が犯罪者という、恋してはならない理由が明白すぎる場合どうすればいいんでしょうか」
「縁を切りなさい」
「強すぎて倒せない場合は?」
「鍛えなさい」
私は深くうなずいた。
そうだな、いつまでも逃げてばかりでは何も変わらないということだ。
「大変参考になりました、ありがとう」
「何するつもりだお前……」
スモーカーの言葉に、私は左手のひらに右の拳を叩きつけることで答えた。
より具体的に言うと、四皇を倒そうとしている。