あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
「来たね……!」
「やあブリュレちゃん! 会えて嬉しいよ」
場所はトットランド、誘惑の森。
ウィーッウィッウィッと笑ったブリュレは、私に向かって手を伸ばした。
鋭い爪の先端が私の頬をかすめる。痛みを感じない程度に爪が食い込んだ。
「私は美しい顔を見ると引き裂きたくなるんだ……!」
「じゃあ毎日鏡を見る度に大変だね?」
「ちょ、ちょっと! なにサラッとお世辞を言ってるのさ!」
ブリュレは手を引き、自分の顔を押さえた。
頬が赤くなったのが見えたから、照れたのだろう。
しかし彼女の発言の一部に、理解できない部分があったため復唱する。
「お世辞……?」
「歯が浮くようなセリフを本気で!?」
なぜブリュレが驚くのかわからなかったので、私は首を傾げた。
「まったく、アンタ……いつも通りすぎるよ」
「ブリュレちゃんの愛らしさも、いつも通りだね」
「だからそれやめな!」
「それ……?」
「無意識で口説き文句を!?」
私はブリュレに愛情を込めた言葉を意図的に伝えているので無意識ではないが、しかしそれが口説き文句というカテゴリに入るのかどうかはわからないのだ。
「いつかアンタの恋人の座を狙って、殺し合いでも起きるんじゃないかしら」
「ブリュレちゃんの体験談? さすがモテるね」
「違うわよ!」
「じゃあ……私の隣を、ブリュレちゃんも狙ってくれてるってお話?」
微笑みかければ、彼女はツンケンするのをとうとう諦めたようである。
トットランドの住民らしく、ブリュレはホーミーズの手伝いの元、即座にお茶会の準備を整えた。
私もここに来たからには、お茶の一杯、お茶菓子の一つは食べていくものだ、というのが常識になっている。
キングバームが見守る中、私たちは席に着き、ケーキスタンドを前にした。
紅茶を飲めば、当たり前のように私の好みのフレーバーである。
この国ほどおもてなしが大好きな場所を私は知らない。
顔に傷ができてから、ブリュレは少しばかり卑屈になった。
今まですんなり受け入れていた、私からの「かわいい」を頑なに突っぱねるようになったのだ。
そのため、私はブリュレに対し、あらゆる言葉を尽くして彼女の愛らしさを伝えるようにしている。
お世辞のつもりはないし、口説いているつもりでもないのだが、難しいものだ。
「兄さんの誰かと結婚すればいいのに」
「しないよー。みんなちょっとこどもすぎる」
「……巨人族の平均寿命で計算してるの?」
「そういう意味じゃない。リンリンのこどもだから、私にとっては孫みたいな感覚なんだよ、きみらみんながね」
「そうだわ。この人、ママをこども扱いしてるんだったわ……」
「いつまでもリンリンはかわいいからさ」
「ママ、もうすぐ70よ……?」
「私にとって、数字はさほど意味を持たない」
私は微笑んだ。
数は数えられるが、時間は数えられない。
数秒後にはめちゃくちゃに変化しているかもしれないものを、人々と同じくらい繊細に扱うのは困難だ。
1秒後がきっかり1秒後にやってくるわけではない私では、うまく時間を扱えないのだ。
「もしきみが、ちょっとした年齢なんかを気にしているのなら――少なくとも私に限って、それは意味のないことだと断言しよう」
ブリュレの手を取って、私はまっすぐ彼女の目を見つめた。
「不安にさせてしまったのならすまない。私にとってきみたちは、いつまでたってもかわいい子だよ」
「ちょ、ちょっと……いきなりどうしたのよ……」
「これをいきなりと感じるのなら、私の不徳の致すところだ。ブリュレ、きみに愛しいと伝えるのを、私が怠ってきた証拠だ……」
「うん、それに至ってはないけれど」
ブリュレが真顔で即座に否定したので、私は嬉しく思った。
今までの私の努力は報われていたということである。
いくつになったとしても、いつか敵対することになったとしても、彼らをかわいがるという私の決意は揺らがない。年齢などとるに足りないことだ。
ブリュレはぽつりと言った。
「アンタが兄たちを一人の男として見られるようにするより、少年趣味に目覚めさせる方が簡単な気がするわ」
「なにかとてつもないことを言っていないか?」