あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
ここがワノ国であることを認識した瞬間、私は物陰に身を隠した。
私の姿を誰かに見られるだけでトラブルに発展するのがこの国だ。
着物じゃないし、それだけで異分子と認定される。
密入国者と呼ばれて追いかけまわされるよりは、妖怪だとか言われて逃げていかれるほうがマシかもしれない。
隠れた物陰で早速人と目が合った。先客がいたらしい。
傍を通って行ったカイドウの部下は「ぼっちゃーん、どこですかー」と呑気に呼びながら歩き回っていた。探されているのは私ではなく、物陰にいた先客らしい。
お互い見つかりたくない状況だというのは一目でわかったため、ヤマトと頷き合う。
ワノ国についてはヤマトの方が詳しいので、背を追って行く。
忍者がいるからか、ワノ国の建物には隠れられる場所が多い。
天井にはちょうど良い隙間があるし、床の下にもちょうど良い隙間があるし、忍び込み放題だ。
当然そうならないように守りの忍者――御庭番集だっけ――などがいるわけだが、殴って解決した。
多少物音を立てたところで、忍者でない者であれば「なんだ、ねずみか?」で済む。
「君は自由で羨ましい!」
追っ手の心配がなさそうな場所で、ようやくヤマトと久しぶりの挨拶ができる――と思ったところ、ヤマトがそう言った。
「なんでそう思ったの?」
「僕のように枷をつけられて閉じ込められていない。ワノ国は閉ざされているのに、君はいつでもやってくるじゃないか!」
ふむ、そりゃあ傍から見ればそうか。
私がいつでもどこにでも現れるというのが、すべて私自身の意思で決定されていれば私は相当自由な人間だろう。
「きみが思うほど、私は自由じゃないよ。こう見えてできないことはたくさんあるし、いつも行きたいところに行けるわけでもない」
ヤマトはへにゃりと眉を下げた。
「僕に会いたくて来てくれているわけじゃない……ということ?」
「そういうわけじゃないよ! め~っちゃ会いたいよ! むしろヤマトともっと会いたいのに会えてないなあ~ってこと!!」
私が焦って大声で言うと、ヤマトは照れたように微笑んだ。
「でも……」
「でも?」
「僕に優しくしてくれた人はみんな、父に殺されてしまう。こうして話していることが知られれば、君もいつかは……」
これまでに何度もつらいことがあったのだろう。
ちょっとカイドウ許せないかも、今から殴りに行こうかな。
しかし今は目の前のヤマトの方が大切だ。私は胸を張り、ドン! と言ってのけた。
「それに関しては安心してくれていい。私は君が生まれる前から、常習的にカイドウと殺し合っている」
「ええーっ!? なにを安心しろってー!?」
驚愕するヤマトだったが、私の答えは決まっている。
「私が未だ殺されていないことに、だ。もちろん殺されたとしても、それはヤマトのせいではない。ずっと前から続く因縁の話だ。殺されないけど」
「父に殺せない人がいるなんて……」
しかし、ヤマトの声に疑いの色はなかった。
私が今死んでいないことが、カイドウに私が殺せないことの証明でもあるだろう。
ヤマトとこうして話すのは初めてではない。
殺せるならばもっと早くにやっているはずだと、ヤマトも思ったはずだ。
やがてヤマトは顔を輝かせ、私の両手を取った。
「君のように強くなりたい! 方法を教えてほしい!」
「今の調子でカイドウと殴り合ってたら、それだけで相当強くなれると思うよ?」
カイドウも我が子を殺すつもりはないようだ。
殺さなけりゃなにやってもいいわけじゃないが。
「それでは足りない。もっと早く強くなりたいんだよ」
真っ直ぐな瞳で、ヤマトは夢を語った。
「僕、おでんになりたいんだ」
「えー? お手本にすべきまともな人が、もっといると思うが」
「おでんを馬鹿にしないでくれ!」
「うーん、でも馬鹿ではあったろう。そこが良いところでもあったんだけどね。しかし死体を燃やした火を使っておでん作って食べない方が良いと思う、衛生的にも倫理的にもどうかしてる」
弔いにもやり方というものがあるだろう。
死者との約束とかだったらまあ……自分の死体を燃やした炎でおでんつくってくれと頼む方が非常識ということになるだけだが……。
「おでんのこと知ってるの!?」
「私はきみよりずっと長生きしているんだよ」
「おでんの話を聞かせて! 喋ったことある!?」
「そりゃ、うん……」
「どんな話をしたんだい!?」
「ううん、トキと出会う前のおでんと私の会話は、こどもに聞かせられんようなものばかりで……」
おでんに夢を抱いていそうな子に聞かせられるようなエピソードはぶっちゃけ……思いつかない。
「聞かせてよ! 一生のお願いだ!」
「使うの早いな~、一生のお願い……」
それだけ今のヤマトにとっては大事なことなのだろう、ということは理解できる。
しかしこちらにも体裁というものが……。
「一生のお願いをここで使った結果ヤマトが後悔しそうだからダメです」
「え~っ! ケチ!」
「ケチではない、ケチでは。きみのためを思って言っている」
「だって僕はおでんになりたいんだ、おでんのことならなんでも知りたいんだよ」
「じゃあ赤鞘九人男の話する? そっちならまだ随分マシな話ができるけど」
「いいの!?」
ヤマトのキラキラした顔をみるに、この場のお茶を濁すことには成功しそうだ。
危ないところだった、おでんにまつわる話をするとなると、私にとっても痛いところをつかれることになる。