あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
その赤い髪を認識した瞬間、私はここがどこだとか、自分が今いるのはいつだとかを考えるのをやめた。
やることはたった一つ――抜刀。
振り抜いた刀は、剣によって止められた。
剣の持ち主はシャンクスではない。この剣の名前はエースだ。
「おいおい。おれの仲間相手に、いきなり物騒じゃねェか」
「……あれ? ロジャー?」
シャンクスに、ウタを泣かせた罪を償わせる――たったそれだけを考えて剣を抜いた。
余計なことを考えては、私は誰も斬れなくなってしまう。
次に赤い髪を見たら、考えを止めてひとまず剣を振り抜こう、という作戦だった。
ここはまだシャンクスが罪を犯す前の時代だし、よく考えたら赤い髪も他にいっぱいいる。
あっぶね~、最初に見た赤い髪が本当にシャンクスで良かった。
私は朗らかに謝罪した。
「ワリ! ちょっと間違えた」
「ちょっと間違えたで殺そうとしてんじゃねェよ!」
抗議はシャンクスではなく、その隣にいたバギーから飛んできた。
悪い、という意味で指を閉じた片手を立てると「ジェスチャーで済ますなァ!」と、より真っ当に怒られた。
もう一度よく考えると――言い訳くらい聞いてやったほうがいいのかもしれないのだから、首を落とす前に喋らせる猶予が必要だろう。
「刀じゃなくて手刀くらいが妥当だったか」
バギーへの謝罪に使ったチョップをそのまま素振りにすると、ロジャーが片眉を上げた。
「なんだ、
「ヤダ~。な~にが悲しくて老い先短い男の命をわざわざ刈り取らにゃならんのだ」
私は手首をくるりと回すと同時に、手の中の剣を消した。
「いいよ、未来の罪は未来でなんとかするさ……いや、むしろ……きみの教育不十分が原因かもな? ロジャー」
シャンクスがまともな幼少期を過ごしていれば、彼はもっとまともな養育ができたのではないだろうか。
自分がやられたことなら我が子にやっていい、と思っているのなら、その原因はロジャーにあるだろう。
私は思い直した。
「やっぱ殴るならきみか。しょうがないなロジャー、死なない程度に殴っていいか」
「やれるもんならな!」
なんでここで楽しそうにするんだろう。
喧嘩を吹っ掛けた私は気分が少々萎えたが、しかしちょっと萎えたくらいで怒りの気持ちは消滅しなかったので、ロジャーの方へ一歩踏み込んだ。
深く息を吸い込み、渾身の一撃を繰り出す。
「ガキの面倒は大人になるまで見ろや!」
「ウッ!」
私の放った蹴りはロジャーの腕によって完全にガードされたが、私の放った言葉はロジャーの胸に突き刺さったようだ。続ける。
「いつも酒ばっか飲みやがって! ほかにやることないのか!」
「海賊といえば宴だろ!?」
「もっと長く生きてやることあるだろ!」
「そりゃなあ……!」
私の裏拳やかかと落としはすべて完璧に防がれるが、ロジャーの顔はどんどん苦し気に歪んでいく。
どうせ、私と同じようなことは他の誰かに言われているはずだ。
あるいはもはや言っても意味がないと、皆が思っていて黙っていることである。
ならば尚更、私は言わなければなるまい。
ロジャーを見ていると、体中に管を繋がれたニューゲートが頭をよぎるのだ。
あるいは、同じように死んでいった、たくさんの友達が。
私は殴打も蹴りもやめない。
「心配してくれてる人の目の前で、自分の命を軽く見積もるなボケッ!」
「グッ……」
「見送る側の気持ちを少しは考えろ!」
「うっ……」
そして、私が次に何を言うかわかったロジャーは、構えを解いた。
遠慮なく、私は本気の一撃を叩き込む。
一度しゃがんでタメを作ってから、大きく飛び上がって拳を振り抜いた。
「勝手に死んでんじゃねェーッ!!」
私の拳がロジャーの顎を正確にとらえ、標準的なアッパーが決まった。
「「船長ーっ!!」」
甲板に伸びたロジャーに、シャンクスとバギーが駆け寄ろうとするが、ギャバンが止めた。
こんなしょうもないやり取りで、死んだかのように心配されてはロジャーの顔が立たないからだろう。
まあ、今は私のせいでロジャーは立ってないわけだが。
私は両手をパンパンと払うようにして、ひとつ頷いた。
「よし、だいぶすっきりした。八つ当たりしてごめんな、ロジャー」
「八つ当たりにしちゃ、随分おれへの恨みを感じたが……」
「海賊に暴言吐こうと思えば、どの海賊にも当てはまる暴言になってしまうんだなあ」
勉強になったなあ。いやあ、ホントホント。
顎を押さえながら、ロジャーが上半身を起こした。
まるでダメージが入っていない。
そこそこ本気で殴ったのに、私の手の方がダメージを貰ったかもしれない。
結局やるせない気分になってしまって、ため息をつく。
「あ~疲れた。怒るのも体力使うんだ、なぜ私はずっと穏やかな気持ちでいられないのか……」
そんなの、めぐるましく時と場所が変わる能力を持っているから、ですべて説明できてしまう。
ロジャーはさっきまでのやり取りをすべて忘れたのか、満面の笑みで言ってのけた。
「くよくよするなよ! 飲むか!?」
「飲まないし飲ませないからな」
宴に誘うロジャーを断ると、後方でクロッカスが頷いた。
彼の主治医がそうと示しているのなら、私の目が黒い限りロジャーには酒を飲ませまい。
それを理解したロジャーは、即座にクロッカスの懐柔へと向かった。
クロッカスに酒を飲ませて判断力を奪う作戦に出そうだが、その作戦が成功するよりも先に私がこの場からいなくなるのが先だろう。
「……で、おれはなんで殺されかけたんだ?」
「悪いなシャンクス。私の怒りを買った男の顔に、きみがよく似ていたものだから」
シャンクスにしてみれば、到底納得できる理由ではないだろう。
だが、私にとっては、十分筋道だった正当な怒りと報復だったのだ。
これを彼に説明するにはまだ早い。
さて、こういうときにはいつもどうしているかといえば――
「きみがそんな男にはならないように忠告しよう」
そう、適当なごまかしである。
あんまり未来のネタバレをするのも悪いから、私は婉曲にシャンクスへ伝えることにした。
「いいか。老人だろうが子供だろうが、女を泣かせるなよ。さもなくば」
私がここで何を伝えようが、どうせ彼はそれを破る。
そのことに、再びふつふつと湧いてくる怒りを感じながら、私はにっこりと微笑んだ。
「生まれたことを後悔させてやるからな」
「怖ェよッ!!」
シャンクスくん、お誕生日おめでとう