あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
雑踏。
ふと路地裏が気になって覗き込むと、そこには2人の男女がいた。
「はい、お金よ! 必要なのよね?」
「おう。そうだよ、ありがとなベビー5。お前みてェなイイ女、他にいねェぜ」
どうみても悪い男に貢ぐ女の図だし、私はその女性のことを知っていた。
思わず天を仰いでしまったが、そんなことをしている場合ではない。
男が札束の入ったカバンを開け、にやつきながら中身を検分しているところに割って入る。
「その取引、待った」
「なんだァてめェ?」
男は私をじろじろと眺めると、納得したように鼻で笑った。
「
勘違いも甚だしい。私は男からベビー5を隠すように歩を進めた。
「ベビー5、こんな男の言うことを聞いてはいけない。私の方がきみを愛している」
「……!」
私は過去の経験より、愛しているという言葉を気軽に使わないように心掛けているが、男の言い草にカチンときて言い切った。
ベビー5を利用することしか考えていない男より、私の方が圧倒的に彼女を大切に思っている。
心配しているし、幸福を願っている。これは間違いなく愛だ。
だから私は今ここに飛んできたのだ。彼女を守ってあげるために。
「おれだってこの女が大好きさ! いくらでも金を持ってくるからな! こんな便利な女、他にいねェ!」
ベビー5は下唇を噛み、確かに傷ついた顔をする。
本当に必要とされることだけを喜びとするのなら、そんな顔はしないだろう。
彼女は、必要とされる代わりに見返りが欲しいのだ。この方法では欲しいものは手に入らないということを、彼女は未だ気づいていない。
私は男がカバンを持っている手を掴み、捻りあげた。
「もう二度と彼女に近づくな」
「いだだだだだだだっ! わ、わかった、わかったから放してくれェ!」
男はカバンを落とし、札束が散らばる。
私が手を離すと、男は札束に目もくれず一目散に逃げていった。
「そんな女、金づるとしか思ってねェよ!」
最悪な捨て台詞を吐いて去っていきやがった。
やはり加減などせず、手首の骨を折っておけばよかったと後悔する。
札束を拾い上げカバンに戻し、ベビー5に手渡す。彼女はそれをおずおずと受け取り、私を見た。
「また会ったわね」
ベビー5のこういった場面に遭遇するのは初めてではない。
毎回こんな感じだ。男を見る目がない、で済ますには頻度が高すぎる。
彼女は頼まれたら断れず、どんなことでも必要とされるだけで喜びを感じ、誰が相手でも献身してしまう。非常に不健全だ。
「その……よく会うのは、私に会いに来てくれてるってこと? 私、必要とされてる?♡」
――非常に不健全だ。
目の中にハートマークを浮かべたベビー5に対して、どういった対応をするか迷う。
嘘はつくべきではないだろう。私の信条にも反する。
「必要とはしてないかな」
「ガーンッ!」
「ただ会いたかっただけ」
「えっ!?」
ベビー5が浮かべた表情は、困惑だった。
これが必要とされているのかどうか、判定に迷っているのだろう。
「きみが心配なんだ。私には呪いがかかっていて、同じところに長く居られない。そうでなければ、ずっと一緒にいてきみを守ってあげられたのに」
これは間違いなく本心だ。
はじめに彼女が悪い男に騙されるのを阻止したのは、困っている人を助けようという当然の行動に過ぎなかった。
だがこうも繰り返されれば、それでは済まない情が湧く。
「お願いを聞いてくれる?」
「もちろん、役に立ちたいわ!」
途端、喜色満面になったベビー5に、苦い思いをする。
彼女が利用されることを防ぐには、私も彼女を利用するしかない――すなわち、頼まれたら断れない性質を利用するのだ。
今まではそんなことをしてこなかった。
彼女に近づいてくる下衆たちと同じになってしまうと思ったからだ。
だが、それはちっぽけな私のプライドに過ぎない。ベビー5のためを思うのなら、今はこうするしかない。
いずれは彼女が自分の意思で自分を大切にできるようになってほしいが、それはいきなり望みすぎだろう。
ベビー5の手を取り、彼女の瞳を見つめる。
私の本気が伝わるように、しっかりと彼女にお願いをした。
「いいかい、私はきみの幸せを願っている。きみは自分のためだけにお金を使うべきだし、頼まれても断ることを覚えるべきだ。優しいきみには難しいことだろう。だが、私のためを思って努力してみてくれないか」
「わかったわ……♡」
心ここにあらずといった表情でベビー5は言った。ホントにわかってんのかな。
私が真剣に彼女のことを思っている、ということくらいは伝わっていてほしい。
「お金は大丈夫?」
「ええ。若様がお金を貸してくれるから」
たびたび話に出てくるが、私はその若様という人間を信用していない。
できれば縁を切ってほしいが、必要とされることに弱いベビー5には難しいだろう。
直接会えれば若様をぶん殴ってわからせてやることもできるだろうに、今までその機会には恵まれていない。
私はなぜベビー5が若様といるところに飛べないのだろうか。
実は既に知り合いで、私が心底会いたくない人間だったりするのか?
「これからはできるだけ借金を増やさないよう、頑張れる?」
「あなたがそう望むなら♡」
自分自身のためにそうして欲しいが、やっぱりベビー5にはまだ難しいだろう。今はこうする他ない。
若様とやらはベビー5に借金を大量に負わせ、逃げられないようにしているとしか思えない。
彼女は戦闘能力もあり、尽くすタイプであることを利用しやすい。
ああして適当な男を宛てがい、ヘイトを逸らしているだけで、すべてはその若様が仕組んでいるのではないかとさえ疑っている。
だが、考えてもどうしようもないことだ。
また違う場所に飛んだ私が、いつか解決してくれるだろう。今はそう信じるしかない。
「じゃ、一緒に街でも歩こうよ」
「案内が必要なのね! 任せて!」
そういうことじゃないんだが、彼女がそれで喜ぶなら……まあいっか。