あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
私は時たま、何もない空中に放り出されることがある。
こういう時の私は、大抵の場合、誰にも会いたくないし、誰にも顔を見られたくない心理状態だ。
海に落ちぬよう空を踏み続け、どこぞの大地を見つけるために移動し続けることで、心を整理する時間を作っている――のだと思う。
そうじゃなかったらこんな苦行に耐えられない。
めちゃくちゃ疲れたり、めちゃくちゃ空腹になれば、誰にも会わせる顔がないなどとは言っていられないのだ。
生きている以上、そういうものだ。
無心で空中散歩して数時間、体力的には問題がないが、精神的につらくなってきた頃。
「おーい。乗ってく?」
「クザン! いいところに。乗ってく!」
海の上を自転車で走る男に声をかけられ、私は喜んだ。
空中散歩を止め、ひょいと自転車の後ろに座る。
クザンと背中合わせになる形で腰かけ、ヒエヒエの実で凍らされた細い道が、遠く遠くでゆっくり砕けて溶けていくのを眺める。
「こんなところでなにしてんの?」
「そりゃこっちのセリフ。おれはパトロールよ」
この時期のクザンならば私が海賊であることを知っているだろうが、それでも戦いにならないのなら、パトロールの意味を成していない。つまり。
「という名のサボりか」
「そういうのはハッキリ言っちゃダメでしょ」
その返答こそがサボりであることを確定させている気がする。
こんなに何もない海上では、パトロールもなにもないだろう。
人間は私くらいで、私は海兵にとって守るべき市民ではない。海賊だし。
「アンタのことを報告すんのは面倒だから、ま、お互い見なかったことにしようや」
「いいよ。あとは誰にも見られなければ解決だね」
「二人っきりでデートしたいってお誘い?」
「もうしてると思ってた」
クザンは口笛を吹いた。
「面倒な身分なのがもったいねェ。色んなしがらみほっぽってさあ、ちょっと海軍入らない?」
「あんまそういうノリで入ってはいけない組織だと思うけど」
「おれにお茶汲んでよ〜」
「しかも事務なんだ」
「前線向いてないでしょ」
頷いた。
クザンは私のことをよくわかっている。戦いは好きじゃない。
クザンの広い背中にもたれかかり、青い空を眺める。
「クザンこそ海軍辞めたら? 向いてないよ」
「言うねェ」
「そもそも海軍に向いている人間ってのはあんまりいないけど……そこでだらだらするなら、革命軍入ったらいいじゃん」
「あ〜。あそこの大将も元海軍らしいしな」
「そうなの!?」
「ありゃ、知らなかった? いっけねェ、極秘だわこれ」
「大丈夫かそれ? えーッ聞いたことない、でもありそーッ!」
ドラゴンは秘密主義だ。
特に自分のことに関しては、ほとんど何も語らない。私の特性と相まって、彼と話すのは雑談をしている余裕がない時ばかりだ。
ガープの息子なのだから、ルフィのように、当然海兵になれと教育を受けたことだろう。
海兵としてどんな正義を掲げようが、あらゆる出来事でそれがへし折れてもおかしくない世界だ。
元海兵が現革命軍のトップなのだとすれば、世界政府はできる限りそれを隠しておきたいだろう。
「おれが言ったってのは内緒ね、ナイショ」
「いいよ、ドラゴンから聞いたことにしとくから」
「いやァそれができるからアンタは強いな」
「アイツ水臭ェ〜! 言えよ〜! まあ聞いてたところでどうってことないけど〜!」
「だから言わなかったんだろうなァ〜」
クザンの掲げる「だらけきった正義」というのは、海兵が持つ信条の中ではそれなりに共感できる。
誰かを助けたい、などという素朴な願いは、海軍で叶えるのが難しい。
もっと大局を見ることのできる人間でなければ、海兵としてやっていくのは難しいだろう。
目の前にいる人を死なせたくない、というのがおおよその原動力である私では、到底馴染めるとは思えない。
適度に手を抜いて、世界政府の黒い部分から目を逸らせるのであれば、海兵でもそれなりにやっていけるのだろうか。
なんにせよ、私には難しい。
きっとクザンにも。