あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
ゴーイング・メリー号が燃やされている。
チョッパーが叫びながら、炎の前でうろたえていた。
私は後ろからチョッパーの肩を掴んで、後ろに下がらせる。
突然現れた私に驚く彼を無視して、私は手を大きく開いて、思いっきり仰いだ。
私の腕が起こした風圧で、メリー号はミシミシと音を立てる。これだけで吹き飛んで、バラバラになってしまいそうなほど、メリーはボロボロだった。
しかし炎は消えた。私の腕から流れる血が、ビッと甲板に飛んだ。
「既に死にかけか」
そう言ったのは炎を出す槍使いだ。炎を吐く鳥と共にいる。
イライラする。大した火も扱えないくせに、簡単に木を燃やすのが。
すん、と鼻を鳴らして空気を嗅ぐ。自分の血の臭いばかりがするが、それでもわかる。
ここは空島だ。独特の空気なので肌でもわかる。なにしろ高度のせいで酸素が薄い。
空島に木はない。あるのならそれはかつて地上からやってきたジャヤのものだ。
あちこちに木がある生活をしてきた我々よりも、大事にしてきた人が多いはずのそれを、軽々と奪うことに怒りを覚える。
敵に向き直ると、今度はチョッパーが私の肩を掴んで止めた。
「ダメだ、そんな傷で動いたら死んじまう……!」
「いいよ」
言われて思い出した。私は今、死んでもおかしくないほどの傷を負っている。
いつだって怪我をしているが、今は治療もしていない、放置していたら確実に死ぬような状態だった。
死んでもいい。メリーとチョッパーを守れるのなら。
だが死と戦う医者の前で、これは褒められた態度ではないだろう。
私はいつものように、無責任に言った。
「だいじょうぶだよ」
いつもと同じくらい元気なら、たくさん言ってやりたい言葉があった。
チョッパーを慰めたかったし、メリーを燃やした敵に悪態をついてやりたい。
だがそんな力はなかった。今はこの残り少ない命を、仲間を守ることに使わなければならない。
「へいきだよ」
体のどこからでも滴り落ちていく血を感じては、自分でも思っていないことを言った。
チョッパーの手は徐々に力を失って、ついには私の肩を離れた。
止めても無駄だとわかったのだろう。私はもう決めた。
これ以上メリーは燃やさせず、チョッパーを泣かせもしない。
握りしめたままの刀に手を添えて、私は願った。
今一度抜かせてくれ。まだ私は生きている。まだ何かを守れる。
敵は飛行帽のようなものを被っている。
空に住む人は背中の小さな翼では飛べないが、それでも大抵空中戦が得意だ。
鳥を連れているというのなら、飛ぶと思っていいだろう。
空に逃げられては面倒だ。私は追いかけるだけの命がもうない。
男は槍を構え、私を見た。
「生は苦しみ。死にかけの醜い姿を晒し続けるのも辛かろう。とどめを刺してやる」
「ふ。ならきみ――死ぬ覚悟はあるか?」
私はある。周りの木々から、鳥たちが一斉に飛び立った。
……
「やばい寝てた! 今何時!? いやまてここどこだ!」
「起きたのかーっ!」
意識が覚醒してすぐに叫んだら、チョッパーも叫んだ。
危ない状況だったような、焦りだけを覚えているが、私は何をしていたんだっけ。
なんかいいにおいする。シチューか?
軽く見渡せば森だ。野営中か。なら少しは安全か。ルフィもサンジもゾロもいる。
私は安心して、チョッパーに視線を戻した。
「うん起きた、なんか寝ちゃいけないところで寝た気がする、なんだっけ、なんかポーカーとかしてた?」
「うおおおおおおんい゛ぎででよがっだ……!」
「ええっ泣くなよチョッパー、誰が泣かせたの、私が泣かせ返してきてやるから教えて」
「お前だよ」
「私か。私も泣けばいいのか?」
ウソップに言われて私が犯人であることが判明した。
なんで私がチョッパーを泣かせているのだろう。
うーん、と頭を悩ませるために右手を顎に添えようと思ったら、腕が上がらなかった。
全身包帯でぐるぐる巻きだ。これじゃミイラである。あれ? もしかして私死んでた?
直前までなにをしていたのだっけ、と改めて思い返す。
――何千という相手に、たった一人で大立ち回りしたのは覚えている。
それはここに飛ばされる直前の話だ。こちらに来てからは、確か。
メリーが燃やされてて、止めようとしたチョッパーが泣いてて、神官を名乗る男とドンパチやってる途中にガン・フォールが飛んできて、そこから記憶がない。
流石に失血で気を失ったか。
ガン・フォールは、と視線をやれば隣で寝かされていた。
包帯を巻かれて重傷そうだが、正直私よりは平気そう……しかし年齢を考えるとやっぱり私より……いやよく考えたら私の年齢の方が……やめよう。
「来るのが遅くなってごめん?」
「そんなこと、そんなことじゃねえよぉ……!」
「あー、医者の忠告を無視して瀕死で動き回ってごめん?」
「そうだぞバカヤロー! なんであれで動けるんだよ!」
「動けてごめん……?」
そうはいっても、人にはやらねばならぬときがある。あのときはそうだった。
限界を越えていたのは理解していたが、かといって越えなければならない状況になったのは私のせいではない。限界を越えてしまったのは、私の咎か。
「あーあとは……空島で木々ってめっちゃ大事なのにうっかり切っちゃってごめん……?」
「あれお前か」
ゾロの指さす先は、斜めに一直線、森の木々が
あちらの方角だけ、すっかり視界が良くなっている。
背景がこれだと目がおかしくなりそうだ。私がやったのだが。
「調節できなかった。敵だけ斬るつもりが……そして敵も斬ってないね。心を読まれた。いつもならそんなことされないのに」
見聞色の覇気――ここでは
それなりの使い手ではあったようだ。
死にかけの私が考えていることなど単純なので、動きを読まれるのは当然か。
読まれていても尚避けられない速攻をするべきだったな。会話などするべきではなかった。
「斬るってお前、
「持ってたんだよさっきまで」
「どこいったんだそれは」
「どっかいった」
「失くしたのか? 奪われたのか?」
「いや、自分の意志でどっかいった」
「武器が自分の意志で動くわけないだろ」
「自分の意志で動くタイプの武器なんだ」
「そんなんあんのか?」
「ある」
この質問され具合からいうと、まだウソップの前で私は剣を取ったことがないらしい。
それはいいことだ。本気の殺し合いでしか抜かないと決めている刀だから。
そんな機会などないほうが良いに決まっている。
「久々に抜いた。まあここに来るまでの戦闘の延長線上だったからだけど……」
自分でそういって、ここに飛ばされてくる前のことを思い出してしまった。
聞き分けられないほど大勢の断末魔、目がくらみそうな死体の山、完全に死んだ街並み。
私は頭を抱えた。私に何ができた。なにもできなかったじゃないか。
「気分悪ィ~~~。あ~なにが正しいかなんてわかんないよもうヤダ~~~」
私の能力をもっと使いこなせたらいいのに。
いつももう少し早ければ、という時と場所にばかり飛ばされる。
悪魔の実の能力って研ぎ澄ませることができるらしいけど本当なのか?
どれだけ長い年月こいつと付き合ってきたのか思い出せないが、仲良くなれたためしがない。