あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
何年たっても私はこの悪魔の実の能力を制御することができず、意思に関係なくどこかに飛ばされてしまう。
しかし、ほんのちょっとずつは、この根無し草っぷりも、自分の思い通りになっていっている、ような気がする。
例えば、誰かと会話の最中に突如いなくなってしまう、というのは最近では起きていない。
それから――深い傷を負っているときは、ほとんどの場合安全な場所に飛ぶ。
例外はある。その場合、安全でなくとも、安心できる場所だ。
「うわぁーっ!? すごい怪我だぞ大丈夫か!? 医者―ッッッ!!」
見覚えがないのにどこか懐かしい船内だ。しゃべるふしぎないきものもいる。
綺麗な船内を汚さないよう、私は体から滴り落ちる自分の血を、できるだけ落とさないようにした。
無理だった。
ぼたぼたと垂れる血を眺めていると、ふしぎないきものがもう一度叫んだ。
「医者はおれだったーッ!」
「ああ、そうなんだ。すごいね」
「おれが医者なのも忘れるくらいの怪我なのかァ!?」
「うん。そうなんだ……」
知り合いらしい。
友好的な態度なので、私はあまり気負わないことにした。
「だから、きみの名前を聞いてもいいだろうか」
「おれの名前はトニートニー・チョッパー。この船の船医だ!」
「この船の名前は」
「サウザンド・サニー号だぞ。
「ああ……」
それだけでわかってしまうことがある。
私はこの船に乗っている――それは一時的なことではない。
私は
だからここは麦わら海賊団の海賊船だ。
目の前にいるふしぎないきものは、私の知らない仲間だ。
そして、サウザンド・サニー号は私が最初に乗った船の名前ではないのだ。
ゴーイング・メリー号とは、どこかでお別れをしてきたのだ。
新たな仲間を知ると同時に、失った仲間についても知ってしまった。
こういうところが難しいのだ、この悪魔の実は。
「トニーくん……いやチョッパー? 私はきみをなんと呼んでいた?」
「チョッパーって言ったりくんつけたり……普段からよく記憶が曖昧になってたけど、今回のはとくにひどいぞ! とにかく止血と輸血だ、はやく!」
「ワア」
二頭身だったふしぎないきものが、突如私の背丈を超えるヒトっぽいいきものに変身したので、私は目線を急に上げることになり、そのまま後ろに倒れそうになった。
チョッパーくんは私を抱えると、医務室らしき場所へと運んでベッドに寝かせた。テキパキとした処置を見るに、とても腕のいい医者であることは明らかだ。
「記憶混濁ついでに聞くが、きみと出会ってからどれほど経つだろう」
「2年と……どんくらいだ?」
2年。随分長い付き合いだ。
そのくせ私は彼に一度も悪魔の実の話をしていないらしい。仲間なのに。
時系列が人と違うから、それも仕方のないことだ――事実私は今が彼と初対面なのだ。
というかこの場合……彼は私の主治医なんじゃないだろうか。自分に呆れてしまう。
あまり話したくない、話すべきでないと考えているが、かといってこれはやりすぎなんじゃないか。初対面だからこそ今言うべきだ。
包帯をぐるぐると巻かれながら、私は決心をした。
「はじめまして、チョッパー。私のことを、少し正直に話してもいいだろうか」
「おう!」
簡潔に事情を話した。
全てを話すことはできないが、そも過去と未来を行ったり来たりしているというだけでも驚きの内容である。
チョッパーは床につくほど顎を開いて驚愕していた。
「このことは他言無用で頼むよ」
「わかった。誰にも言わねえ!」
「
仲間への秘密を、勝手につくってしまうことに罪悪感を覚えながらも、そう頼むしかなかった。
この悪魔の実について知る人物は、少なければ少ないほど良い。
なぜ秘密にしなければならないのか、その説明さえできなかったのに、チョッパーはしっかりと頷いた。
「医者には守秘義務があるからな! 任せとけ!」
そうしてようやく、私は安心して頭を枕に預けた。
「にしても、そんな傷どこで作ってきたんだ?」
「とても強い海賊だった。今も生きているのなら、相当高額の賞金首になっているだろうな」
「手配書の束、持って来てやろうか? 集めてただろ」
「私ならやるだろうね。頼むよ」
チョッパーはトコトコと医務室から走り去り、山のような手配書を抱えて戻ってきた。
随分古い手配書も混じっているようだ。これなら、これから探す海賊が死んでいたとしてもこの中に顔があるだろう。
数枚めくれば、もう目当ての人がいた。
「息災のようで何より」
未来の私はマメらしく、手配書の裏にその人物についてのメモ書きがされている。
多少ぼかされているが、内容はちゃんと未来予知だ。
そんなものをここに置いておけると思っているとは、私は仲間たちを随分信用しきっているらしい。少しほっとした。
手配書を数枚めくっただけで、見たくなかった未来のネタバレの文字列が目に入ってしまったので、己を少し憎む気持ちもある。
しかしここで知らずとも、いずれ行くどこかの未来や過去で知ることになるのだろうし、もう諦めるしかあるまい。
あらためて手配書を眺める。
「さっきまでいたのは随分昔だったんだな。とても歳をとっている」
「どんなやつだったんだ?」
「彼だよ。強かったなあ。喧嘩するんじゃなかった」
「……なんか懸賞金46億とか書いてある気がするけど、おれの見間違えか?」
「ね。貧血で目が霞んでいるのかと思ったけど、チョッパーにもそう見えるならこれであっているらしい」
未来の私はやはりマメだった。
手配書は全て、懸賞金順に並んでいた。一番上はゴールド・ロジャーだった。
彼が出てくるまで、めくったのはたったの2枚だ。
「そりゃあ強いわけだ。さっきの彼がもう少し歳をとっていたら私、死んでたな。二度と戦いたくない。ルフィに言っておこうかな。意味ないか」
見るんじゃなかった。