あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
飛ばされた先で、暴れん坊の海賊が村を襲っていたので、ひょいと村側の助太刀に入った。
それが意外と強い海賊で、少々傷を負ってしまったので、私は次に飛んだ先で病院を探して治療を求めていた。
最近はこれくらいの傷は寝たら3日で治るけれど、それでも放置していたら化膿したり、破傷風になったり、恐ろしいのでね。
普通に受付に行ったら順番を待つように言われたので、待合室で座っている。
私があんまり元気そうだったので、急患にはならなかった。
うん、私が堂々としていて看護師は気づかなかったのかもしれないけど、意外とお腹に短剣が刺さってるから早く抜いてほしいんだよな。
腹筋に力を入れて血が垂れないようにするのも大変なのだ。
ぼーっとしていると、診察室から何かが落ちる金属音と、「キャアーッ!」という悲鳴が聞こえる。
何事かと扉を見つめれば、向こうから「ホワイトモンスターだ!」と叫びが聞こえた。
私はすぐに立ち上がり、騒然としだす病院内のすべてを無視し、勝手に診察室を開けた。
その先には、医者に掴みかかる大男と、部屋の端で腰を抜かしている看護師。
それから、椅子に座り私を見上げてぽかんとしている少年がいた。
「きみ、フレバンスの生き残りか!」
顔がよく見たくて近づくと、大男は医者を放りだして私と少年の間に割って入った。
「おい、ローに触るんじゃねえ!」
「あ、ごめん、つい興奮して」
一歩下がり、両手を上げて無害をアピールした。
冷静になってしっかり見れば、ここからでも十分にわかる。
顔に覚えはないが、ところどころ白い肌には見覚えがあった。
フレバンスの街で苦しんでいた人たちと同じ病気だからだ。
「はー……あんだけ大立ち回りやった甲斐が多少はあったかもと思うとマシな気分になった、ありがと」
「は?」
上げていた手を戻して、私は顔を覆った。
ちょっとだけ泣きそうな気分だったからだ――本当に泣きはしない。それよりやることがある。
医者に治療を受けるよりもはるかに気分がマシになった。
私はこの恩を返すべく、方法を考えた。
「とりあえずこの場を切り抜ける必要があるね。よいしょ」
私は短絡的に病室の壁を蹴ってぶち抜いた。
轟音が鳴るが、意外にも部屋と待合室にいた誰も叫ばなかった――呆れてんのかな。
自分で開けた穴から廊下に出て、横切り、その先の壁も蹴り抜いた。
ぶち抜かれた先の部屋にいた看護師と患者が、ようやく「きゃああーっ!」と悲鳴を上げる。
私は「失礼ー」とだけ声をかけて、病室を横切った。
次破っても外じゃなかったら諦めて出口を探すか。
振り返って、最初の部屋で唖然としたままの2人を見る。
「来ないの? じゃあ私が囮をやるか。この病院の風通しを良くしている間に逃げなよ」
「頼むからやめてくれェーッ!」
「同じように叫んできた人を見捨てたくせに、自分だけは助かりたいのか?」
おっと、チクチク言葉を使ってしまった。
医者のくせに患者を見捨てるところを目の前で見せられて、私は憤っているのだ。
それに、あのときのフレバンスを思い出して、怒りの気持ちを覚えている。
私は構わず病室の壁を蹴り抜いた。今度こそ外だった。
風通しは良くなったが、壁材の粉塵が混じっているので空気は良くない。
他にも病人がたくさんいるのにちょっと悪いことしたかな、と今更罪悪感が出た。まあいいや。
感情のままに行動することも、時には大事だ。私は菩薩ではないのだし。
そのまま一旦外に出て、どうするか考える。
ここから彼らが出てこないなら、もう一度病院に戻って壁を穴だらけにするか。
一度言ったことだしな……私は言ったことをすぐに忘れてしまうが、覚えている間くらいは守りたいと思っている。
しかし、私は病院をボロボロにせずにすんだ。
ピエロのようなメイクをした大男と、病気の少年が私の後ろから出てきたからだ。
「どこかに逃がそうか。そこまでのお節介はいらない?」
「いや……とりあえず話を聞きてえ。ついてきてくれ」
「いいよー」
「なんか軽いな……」
彼らについて行くと、島の外れに止めてある小さな船までたどり着いた。
……良いのか? 明らかに彼らにとって一番大事な移動手段だろうに。
この船を失ったら彼らはかなり詰みそうだ。初見の相手に見せるもんじゃ、絶対にない。
ほとんど確信に近いが、この男、相当うっかりしている。
「お前はなんだ? フレバンスのことを知っているのか?」
「フレバンスのことはみんな知ってるんじゃないの。綺麗な街だった。なにより、人が皆親切だった。好きな場所だったんだ」
あの白い街を思い出して、胸が締め付けられる思いがする。
私はまたあそこに行くだろう。
時系列があやふやな私は、滅びる前のあの街へ、きっとまた。
「フレバンスの住人が虐殺されるのを見ていられなかったから、彼らを殺す人間をたくさん斬った」
「!」
白い街が赤く染まっているのを思い出す。
あの街へ行っても行かなくても、ふと思い出すのだ。
「来るのが遅かった。いつもそうなんだ、もっと早ければ救えたかもしれないのに。すでに死体の山だらけの場所で、私はその山をもっと高くした……」
街の住民はほとんど死んでいた。
封鎖されたフレバンス市民はどこへも行けず、苦し紛れに戦争を起こしたが、周辺諸国全部が敵では太刀打ちできなかった。
その戦争も終わりかけの頃に、あの街へ飛ばされた。
断末魔が遠くからかすかに聞こえる状況で、私は久しく抜いていなかった刀を取った。
そして私が、フレバンスの街を再び断末魔だらけにしたのだ。
「何かを守るために剣を手に取ろうと思っていたのに、私はあのとき、怒りのためだけに刃を振るわなかっただろうかと、ずっと疑念を持っていた。きみを見て少しは安心できる。意味はあった」
少年の、珀鉛病に侵された白い皮膚を見る。
ホワイトモンスターだと。笑わせる。誰がこの病を作ったかなど明らかなのに。
「まだ生きている誰かが逃げられるように願いながら人を殺したからな」
それが私の功績でなかったとしても構わない。
何があろうと私が人殺しであることは変わらないのだから。
だが、誰か一人でも逃げ切れたのなら。フレバンスの血が途切れていないのなら。
私はあの場に飛ばされて、良かったと思う。
私の話はこんなところだ。
彼らがどんな経緯をたどって今ここにいるのかをいちいち尋ねる気もない。
話したいというのなら聞いてやるけれど、私にはそれより気がかりがあるのだ。
「はー、それできみら、医療の知識あったりしない? この短剣抜いて縫ってもらおうと思って病院にいたんだよね」
「うわっ! 気づかなかった! 腹にナイフ刺さってるじゃねえか!? 大丈夫か!?」
「大丈夫だったら病院行ってないんだよ」
急に慌て始めた大男は、何をするためか立ち上がり、自分の足に足をひっかけてすっころんだ。
……少し唖然としてしまったが、これってもしかして、ドジっ子というやつか。
ひとりの子供を預かってる男が持つ属性としては心配が過ぎるだろ。
医療の知識はもうあきらめるつもりだったが、少年の方が詳しかった。
大男に的確な指示を出して、私の治療をしてくれた。
布だのお湯だのを用意してくれたので、私もこの短剣と数日付き合う覚悟を決めずに済んだ。
もちろん危なっかしすぎたので、短剣を抜くときと傷を縫うのは私が自分でやった。
大男の手震えてたし。怖いよ。任せられんて。
包帯で巻いた腹の傷をポンと叩く。
「よし治った! ありがとね!」
「治ってはねえよ。安静にしろ」
一番安静にしていなきゃいけない少年に言われ、私は飛び上がって喜ぶのはやめた。
そういえばと名前を聞けば、大男のほうはコラソン、少年の方は――彼こそがトラファルガー・ローであった。
私はものすごく今更、彼が医者になったことに、じーんときたのである。
不治の病に侵されていた少年が、将来医者になるって結構いい話のような気がするよ。
外科医の前に、死の、とか余計な肩書がついているが、ちゃんと人を治すこともできんだよね彼。
……だよね?