あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
飛ばされた先で、海賊が略奪を行っていたので、私はそれと戦っていた。
街を壊し、人を傷つける輩が目の前で暴れているのならば、たとえこの街のことをなにも知らなくとも、見過ごすわけにはいかない。
適当に拾った刀を構え、深呼吸をして神経を研ぎ澄ませる。
まあ事情はよく知らないので、問答無用で首ちょんぱするのはやめてやろう。
峰打ちをするつもりで刀を逆に構え、私は抜刀した。
「ギャアアアアア!」
――あれ?
振り向けば、敵は皆、刀で切り裂かれたかのように血を吹きだして倒れていた。
私は斬ったつもりがなかったので、思わず持っている刀を見る。
刃先の方ではなく、峰の方が血まみれであった。つまりこれは。
「ごめん! 峰打ちしたんだけど、うっかり斬った!」
峰打ちとは、刀において切れ味の存在する刃先ではない峰部分を用いて敵を殴打することで、相手を斬り殺してしまわないようにする不殺の技術である。
でもこれで斬れちゃったら意味ないな。
あまりに速く剣を振るっては、どんななまくらであろうと斬れてしまうことの証明だ。
「こりゃいけない。私の剣ってここまで来てたのか。いや、君らが弱すぎるんだな。柔らかすぎるよ。鉄分取ってるか?」
「理不尽ッ!」
斬られた海賊は、地面に転がって傷を手で押さえながらもつっこみをいれてくれた。
よかった。元気そうである。
ふと、覚えのある気配を感じて、私は顔を上げた。
私が不本意ながらに斬り倒してしまった海賊たちの大量の屍――死んでいないが――を越え、一人の男が悠然と私の目の前にやってきた。
男は身の丈を越えるほどの大剣を背負い、その黄色い目でまっすぐに私を射抜いた。
「勝負」
たった一言で仕掛けられたそれを、私は受けた。
――剣を交わらせることたったの4回。
鍔迫り合いで2回。フェイントは無数。時間にして十数秒。
それでも、本来ならとっくにこの無名の刀は折れているだろう。
さっきの海賊から適当に奪った数打物だ。
彼の持つ研ぎ澄まされた大剣の一太刀を受けるには格が足りない。
だが、私は武装色の覇気を全力で使用することで、その無理を通していた。
あんまり全力で使っているので、私の肘から先までが全部黒くなってしまっているほどである。
刀と腕が合体してしまったような感覚。悪くない。今私は剣士として、それなりの戦いをしている。
珍しく。そも剣士を名乗ること自体が、私にとっては非常事態だ。
打ち合いの末、軽い音を立てて私の持つ刀は折れた。
だが勝負が決まったわけではない。
私は半分からぽっきりと折れ、くるくる回転しながら飛んでいく刀身を空中で掴んで、左で構えた。
この見知らぬ刀を使っていること自体、その場しのぎの急ごしらえなのだ。
であれば、折れた刀を折れたまま運用することなど、造作もない。
「当座・二刀流」
折れた先の刀身と、柄に残った半分の刀身を使用しての、即興二刀流。
間合いが半分に短くなり、手数の増えた私の特攻に、彼は一瞬だけ対応しきれなかった。
「見事」
そう呟いたミホークの頬には、一筋の刀傷が走っていた。
「――いや、きみには到底及ばない」
私の握っていた刀は、刀身がすべてぼろぼろに砕けて、地面に落ちた。
そして私の両腕から、血しぶきが上がった。当然、彼に斬られたのだ。
しばらく腕は使い物にならないだろう。頬をかすめた一閃の代償にしては大きすぎる。
私を切り刻んだ癖に、当の本人は非常に不満そうである。
「貴様が手を抜かねば、勝負はもっと拮抗した」
「手を抜いたんじゃない」
私は持ったままだった、柄だけになった刀を、腕の最後の力を振り絞って、ミホークへと投擲した。
当然、彼は軽く顔を傾けただけで避けた。それで構わない。
私が狙ったのはミホークではなく、その後方へと迫る海兵の軍団だった。
「気が抜けたんだ」
投擲した柄が海兵の一人に当たり、「中将が倒れたーッ!」という悲鳴が上がった。
ミホークはそれを振り返って確認することもせず、私だけを見ていた。
なんだか、普通にもう一回やろうと言い出しそうで困るな。
「仁義にのっとり、一対一で挑まれた勝負からは逃げないというスタンスだが、邪魔が入るとしたら話は別だ」
この勝負を止めるために、自分の両腕がズタズタになろうとも、だ。
海軍は当たり前に、こちらへ無数の銃を構えている。
剣士同士の戦いに剣でかかってくるのは、無粋を越え阿呆のすることだ。
遥かに実力の差が開いているのだから、遠距離から数で勝負をしかけてくるのは当然である。
「おれと斬り合いながら、そこまで見えていたか」
まるで戦っている最中、彼には私しか見えていなかったかのような言い草である。
いやなに、普通に海軍はミホークの背中からやってきたので、まあ私の方が気がつきやすかったんじゃないかな。
見聞色を使えば背後など関係ないがしかし、それこそ私との戦闘中だ。
ミホークからその余裕をなくす程度の自信なら、私にもある。
「ま、ちょうどいい中断理由だったしね。悪いが、私はきみと違って剣の道を極めようとする者じゃない。必要だから時に握るだけで、可能な限りなにも斬りたくないと思っている」
戦闘を経たせいで、こわばっていた顔を意識的に崩す。
へらりと笑って、ミホークに言った。
「特にきみは斬りたくない。だって仲良くなれそうだろ?」
「……戯言を」
ミホークは苦々しく言った。この頃の彼とは、まだ友人ではないようである。
だが関係ない。私は約束したのだ。いつの彼であろうと、私は彼を友人と思うと。
さて、腕は潰されてしまったが、体の一部が使い物にならない状態で戦闘を強いられることなど、これまでの人生で100を優に超える
私は見栄えが悪くならないよう、両腕をポケットにつっこんだ。
切り傷故血が流れ、私のシャツの両腕部分が血で染まっていくのを止めることはできないが、まともに動かない両腕をぷらぷらさせたまま歩くよりかは格好が悪くない。
ミホークとの戦闘で生まれた拳大の瓦礫を、サッカーのドリブルのように蹴り上げて、足の甲で何度かトントンと転がす。
タイミングを見て瓦礫を高速で蹴り飛ばし、「撃てー!」と言いかけた海兵の顔面にぶち当てた。
故に号令はかからず、「少将ーッ!?」という海兵の悲鳴だけがあがる。
これが上の命令に従わなければならない海軍の弱点だ。
上から順番に潰していくと指揮系統が乱れ、行動を止められる。ミホークは不機嫌に言った。
「助太刀などいらぬ」
「なにが助太刀だって? だったらこっちの台詞だ。きみの助けなんかいらないよ」
海軍と敵対しているのを見るに、この頃の彼はまだ王下七武海ではないようだ。
見るからに若いしなァ。そのくせ剣技は既に私を凌ぐ。
海軍の序列は、時に強さ以外で決まっているので、どれが次に偉い人なのか見極めなければならない。
自慢じゃないが私はそれが得意だ。綺麗に上から順番に、海軍を潰していってやろうじゃないか。
彼らに昇進したことを後悔させてやろう。
彼らはこの街に在住していた海軍だ。
しかし私が来るまで、この街で暴れ略奪をする海賊を見逃していた。
おそらく裏で略奪した一部の金でも受け取っていたのだろう。
どんな理由があろうが、目の前で命が奪われていくのを良しとする人間を、許すのは難しい。
私が海賊をみんな倒したから、彼らはようやく出てきたのだ。
私とミホークのたった2人だから、なんとかなると思ったのかもしれない。
こういうのは人数じゃないんだよな。だったら海賊たちは私1人にやられていないのだから。
「私はこの島が気に食わないんで、とっとと出ていきたいだけだ。それには目の前の道をふさぐ彼らが邪魔だから、全員ぶっ倒して先に行く。それだけの話だぜ」
「酔狂」
ミホークに一言でぶった切られた。言葉の刃も鋭いぜ。
「だが気に入った。おれの拓いた道を通ることを許そう」
「そりゃ重畳」
ミホークは今度こそ私に背を向け、海兵たちに向かい、剣を構えた。
彼は文字通り、ここに道を作るだろう。