あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
街が破壊される音と、人々の悲鳴。
怪獣映画みたいな場面に飛ばされてしまったな……。
しかもその怪獣役は、私が幼い頃から知っている女性である。
瓦礫として飛んでくるのは、硬いビスケットや角砂糖である。
この街はお菓子でできているのだ。なんてメルヘンチック。
暴れまわる彼女に近づいて、声をかける。
「どうしたの、リンリン」
「クグロフが、食~~べた~~い~~~ッ!」
「おお。本当に聞いたことないな」
食べたいと言われなければ、それを食べ物とすら思わないかもしれない。
しかしリンリンが話題にする時点で、8割お菓子、2割珍しい人種の人名というところだからな。
「そのお菓子、どんなのなんだい。私に教えてくれる?」
リンリンは目をぐるぐるさせていた。
癇癪、あるいは食いわずらいと呼ばれるこの状態のときの彼女は、求めるお菓子に出会えるまで、ひたすら暴れ続けるのだ。
普段から美味しいお菓子を食べているはずなのに、どうしてこういう状態になってしまうのだろう。
なにか足りないものがあるのだろうか。
ほとんど意識がなさそうな状態だが、リンリンはたどたどしく答えてくれた。
「卵が多くて、バターの少ない生地で……」
「うんうん」
「洋酒で漬けた……ドライフルーツたっぷりの……」
「おいしそうじゃないか」
分類はケーキなのかな。
私が頭の中で想像上のクグロフを組み立てていると、リンリンは再び立ち上がって両腕を振り回した。
「ク~グ~ロ~フ~~~!!!」
「わー。また話を聞かなくなっちゃった」
「クグロフが用意できたぞォー!!」
腕の一振りで、お菓子の家が3棟吹き飛んでいった。
私は避けずとも、その腕に当たることはなかった。
それがリンリンからの配慮なのか、たまたまなのか、判断は難しい。
リンリンの背丈すら上回るほどの、巨大なクグロフが運ばれてきた。
思ってたのとはちょっと違う。
円錐型で、捻ったような波模様がついていて、中心に穴が開いている。
穴が開いているのはシフォンケーキに似ているが、全体的な造形で言えばクリスマスプディングに近いか。あるいは穴あきのでっけ~カヌレ。
粉砂糖がかかっているシンプルなデコレーションだが、リンリンの言う通りならば、中にはドライフルーツがたっぷり入っているのだろう。
「おいし~~~~~!!!!」
リンリンは素手でクグロフをわしづかんで、むしゃむしゃと食べ始めた。
クグロフは超特急で作られただろう割には、とても美しい見た目をしていたが、リンリンは目で食べるってことをあんまりしないからね。
「話を聞いたら食べたくなったけど、ちょっともらったりしたら殺されるよなー。あはは」
「試作品でよろしければこちらに……」
「……いいの? ごめん、寄越せって言ったわけじゃないんだよ」
さっと寄ってきたパティシエの一人が、私に皿を差し出してきた。
通常の人間が食べてちょうどよい、一切れサイズにカットされたクグロフが乗っている。
なんか悪いな……しかし、出されたのならば食べなければむしろ失礼というもの。
皿を受け取り、立ったままフォークで口に運んだ。うんま。
立ち食いは行儀が悪いが、目の前のリンリンを見ているとどうでもよくなる。
小柄なパティシエが、私の傍に立つ。
この国には軽い軍隊くらいはパティシエがいるだろうが、彼はそのトップだ。
「あなたはトットランドの恩人。あの状態のマムには、将星カタクリ様でさえなかなか手を付けられず……」
「息子だもんねー。親には手を出せんわな」
「……というよりは……」
「よりは?」
「いえ! ビッグ・マムが話を聞くのは、今となってはほとんどあなただけだ」
「昔はそんなことなかったのにね。悲しいね、シュトロイゼン」
彼も随分丸くなった。
昔はもっと、世界丸ごと手に入れてやろうとでもいうような、野心でみなぎっていたものだが。
老いのせいか、四皇の総料理長という立場を手に入れてすでに満足してしまったのか。
「やっぱお菓子といえばトットランドだ」
このクグロフは、意外と甘さが控えめだ。
バターが控えめだから脂っこくもなく、朝食なんかに食べたら良さそう。
その時にはチーズとかハムとか乗せてもおいしそうだ。
トットランドでは、基本的にリンリンの嗜好によって甘いお菓子が尊ばれているため、そういうアレンジは望めなさそうではある。
「レシピないの? 作ってもらおうかな」
「今ご用意いたします!」
近くにいた別のパティシエが、走ってレシピを取りに行ってくれたようだ。
あるいは今書いてくれているのかな。そこまでしてもらわなくとも良かったのだが。
ここに来るといつも調子が狂う。
ちょっとした発言をまじめに受け取られ、みんなが私の望みをかなえようとしてくるのだ。
――まあ、誰のせいでこうなっているかは想像に難くない。
あれほど大きかったクグロフを、リンリンはあっという間に平らげてしまった。
満足げにする彼女のもとに、紅茶の入ったティーカップが運ばれてくる。
私がさっき発言したときにはすでに意識を取り戻していたらしく、リンリンは私に尋ねた。
「お前ェ、専属の料理人を抱えるようになったのかい?」
「まあね。最高の料理人だ。いつかリンリンにもケーキを作ってくれるよ」
「マーッマッマッマ! 楽しみだねえ!」
リンリンの破壊したお菓子の家の破片に腰かけた。
私のところにも食後の紅茶が運ばれてきたので、断るのも悪いと受け取る。
「お前はいつになったらここに住むんだ?」
「難しいのはわかるだろう? それができるなら、きみの人生にはずっと私がいたはずだ」
紅茶はダージリンだった。
前に好きと言ったのを、誰かが覚えていてくれたらしい。
いや、この国の体制を考えると、パティシエは皆覚えさせられているのかな。
なんかヤダなァ……女王様になったみたいで居心地が悪い。
「本に閉じ込めたら変わらずそこにいるかい?」
「お? やってみるか? きみんとこの……何男だっけ? 悪魔の実の能力者がいるんだったよな。ちょっと気になってたんだ――」
私の悪魔の実の能力と、どちらが強いのか。
私をふらふらさせずにどこかに留めて置ける能力があるというのなら、それを知りたいのである。