あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
めちゃくちゃ海軍の基地だなここは。
参った。
私は懸賞金をかけられてはいないが、自負としては海賊だ。
こんな敵の本拠地みたいなところにひとり飛ばされては、困るしかない。
それに私は一応、世界政府に認知されないよう立ち振る舞っているのだ。
特に、私をカメラに収めようとしている海兵を見れば、カメラごと毎回律儀に叩き潰しているほどである。
認識自体は当然されているが、それでも一応隠れているから見逃されているわけで。
こーんなところで身バレしたら本当に困ります。
全力見聞色で隠れまくって、能力でどこかに飛ばされるまで海兵と鬼ごっこするか?
いやだなあ、と思っていたところ、見知った気配がしたので私は喜々として振り返った。
「ミホーク!」
「……難儀な」
初手で難色示されたのでしょんぼりしてしまった。
会えて嬉しかったのは私だけか。
「あまりにやることがないから赴いてみれば――」
最後まで言わなかった彼は、ほとんどため息をついていた。
ミホークは被っていた帽子を脱ぐと、私の頭に被せた。
さすがにサイズが合わないので、私の顔は鼻まで帽子で隠れた。
「黙って隣に居るがいい」
「おお? おう」
視界が真っ暗になる中、ミホークに腰を抱かれて引き寄せられたので、大人しく隣を歩いた。
レディを隣に連れているとは思えないほどすたすた歩くミホークになんとかついていく。
こいつ、自分と私の足の長さの違いを全然理解していないな。剣の間合いには正確なくせに。
会議室のような場所にたどり着けば、席は半分ほど埋まっていた。
しかしその半分以上はもう埋まることがなさそうだった。
七武海の会合である。聞くに、出席率が低いらしい。
海兵の一人が、おそるおそる口を開いた。
「隣のは……」
「連れだ」
全員「連れってなんだ」という顔をした。
最も早くに冷静を取り戻したおつるさんがミホークに尋ねる。
「船員が増えたということかい?」
「違う」
皆から「……じゃあ本当にこいつはなんなんだ」という顔で見られた。
黙って隣にいること、それがミホークに指示されたことだ。
だから私はニコーッ、と帽子の隙間から満面の笑みを浮かべた。
それから私は、椅子が空いているとはいえ座っていいかはわからなかったので、ミホークの膝に座った。
つっこまれるかと思ったが、誰にもつっこまれなかった。ミホークにさえ。
つまり私は、滑った。――帰りてェな……。
ここが海軍基地であること以外の理由で帰りたくなっていると、ふと肌に触れるものがあった。
意思があるかのように動くそれは、ほとんど目に見えない。これは糸か?
体が反応しかけるが、何もしなかった。
これを払うことも、黙って隣にいる、の指示の範囲から外れると思ったからだ。
手首にくるくる巻き付くこの糸は攻撃の予備動作かもしれないが、それなら尚更なにかしてはいけない。
我慢できる限り我慢しよう。友人との約束だ。
黙って隣に居ろと言われ、私は「おお? おう」という非常になおざりな返事をしたが、約束は約束だ。
だから私は、できる限りそれを守ろう。
具体的には、腕の一本取られるくらいまでなら我慢できる。
私は覚悟を決めたが、そこまで我慢せずに済んだ。
ミホークが短剣を抜き、瞬く間に糸をすべて斬ったからだ。
海兵の一人が席を立って怒鳴る。
「鷹の目! この場で武器を抜くのがどういうことかわかっているのか!」
「先に手を出したのはそいつだ」
「フッフッフ。少し玩具にするくらい、いいじゃねェか」
七武海のうち、数少ない出席者であるドフラミンゴは、サングラスをギラギラと輝かせた。
断りもなく人に糸を絡ませてきたのは、彼であるらしい。
「そいつが鷹の目にとってなんなのかは知らねェが――おれにとっちゃいたぶりたい相手なんでね」
思わずミホークを見ると、彼からは呆れ半分の目で見られていた。
いや、覚えていない。今の私はドフラミンゴと面識はない。
彼に喧嘩を売った心当たりはないが、つまり未来の私が喧嘩を売るのだ。
色々言ってやりたいのは山々だが、今の私は口を出すことができない。
だから
うるせェ、何があったか知らんがどうせお前が悪いぞ。
「フッフッフッフッフ! いい度胸だ!」
ミホークは私の頭をぐっと押さえ、帽子をより深く被らせた。
帽子は前にずれ、もう顎まで隠れている。
あっかんべーもダメだったらしい。ごめん。
結局私は滑ったときのまま、ミホークの膝の上で、内容がほとんどない七武海の会合を聞いた。
そもそも欠席が多すぎるな。でも助かった。
クロコダイルがいたら困ったかも――今彼が七武海やってる時間軸かな。
将来的に麦わらの一味として対面することになる敵だ、今会うのは困る。
そういう意味ではドフラミンゴで十分詰んでいるのだが、ここで会わなくともどこかで会って彼のヘイトを買うことになるらしいから、開き直るしかあるまい。くまはまあ、良し。
ジンベエは――ジンベエは正直かなりマズい。ドフラミンゴより遥かに問題だ。
会話はしなかったのでなんとかなると信じていいだろうか。
無事に会合を乗り越え、海軍基地を出て、ミホークの船に乗せてもらった。
このまま海軍のところに放置されても困るので、甘えさせてもらう。
「相変わらず知己が多いようだな」
「嫉妬か? あの中で友達なのはミホークだけだったよ」
「……フ。調子の良い」
とか言いつつちょっと嬉しそうに見える。かわいいとこあんじゃん。
ジンベエはね、あの、ちょっと判定が怪しいんですけど。まだ友達ではない、と思う。
「ガープやセンゴクがいなくて良かった。あぶねー、ドフラミンゴより騒がれてた自信がある。あとクザンと……いないと思うけどスモーカーとかいたらもっと困ってた。海賊だとわかると仲良くしてくれない海兵って多いからな」
いずれはバレるだろうが、バレていない間は仲良くしていたいと思っているのだ。できる限り長い間バレたくないとも。
そう思っていると、ミホークはなんだかまた機嫌を悪くしてしまった。あれェ?
私は変な空気をなんとかしようと、別の話をした。
「今日は殺し合おうとか言わないんだね」
「それには傷が多すぎる」
「毎回なんでボロボロなのバレんだろ。そんな痛そうな顔してる?」
「していないからわかる」
「……なん……だと……?」
「空元気め」
全部バレているということか。
出来る限りテンションを高めにしているが、そこが違和感になっているということなのか。
しょんぼりして、私はミホークの隣に座った。もちろん膝の上ではない。
実際死にそうなくらいの怪我だ。
服に隠れて包帯が山ほど巻かれ、包帯の下は新鮮な縫い傷だらけである。
寝たら治るだろうが、この状態で暴れて傷が開きでもしたらそのまま失血死くらいするだろう。
というか、痛いし。痛いのだ、いつでも。
私はしょっちゅう怪我をしているが、けして痛覚を無くした訳ではない。
ただ、そう、空元気なのだ、いつでも。
「友達の前では、あまり情けないところを見せたくないだろ」
「基準がわからんな」
「……おい、普段はもっと情けねえってことか!? コラッ! 親しき仲にも礼儀ありだろ!」
「ワッハッハッハ……」
機嫌が悪いと思ったのは私の思い違いだったようで、やはりミホークは上機嫌だった。
彼が大口開けて笑うところを久々に見たので、私も思わず笑ってしまった。
私の負けだ。もう肩肘も張れない。
ミホークの棺船にごろんと横になって、被ったままだったミホークの帽子を軽く持ち上げた。
まぶしい太陽からの、ちょうどよい日除けになりそうだ。
「この帽子、もう少し借りていいかい」
「貸す間、どこにも行かぬなら」
「難しい要求だな……」
私が自分の能力を扱えていないことなど、彼は知っているだろう。
眠る間はどこかに飛ばされにくいが、確実なことではない。
借りたまま何年も返せなくなるかもしれないのだから、今すぐ彼に帽子を返すべきなのはわかっていた。
「私だって、この帽子を被っている間きみの傍にいられるなら、ずっと借りていたいよ」
やけっぱちでミホークの帽子を顔の上に乗せたら、私は憂鬱を忘れ、すぐに寝てしまった。