あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
ふと気がついたら別の場所にいるのは、大抵私の目が覚めているときだ。
そうじゃないと危ないからなのかもしれない。
眠っている間に海の上に飛ばされたらそのまま入水して死んでしまう。
でもたまに、寝ているときにもどこか別の場所にいってしまうことがある。
そういうときは起きると知らない場所にいるので、とても驚くのだ。
しかし今回は、あまりに眠かった。
だからぼんやり、なんか知らない場所にいる気がするな、と思っても、私は目を開けなかった。
突然、ガバッと布団をはがれる。
寒くて唸るが、私から布団を奪った人物は布団を返してはくれなかった。
ようやく目を開けて、私は恨めし気に、布団を奪った犯人を睨んだ。
「な、ななななななん、なななななな」
私は寝起きがあまりよくない。
だから寝起きで「なななな」と言っている男を見ても、だからなんなのだとしか思わなかった。
「あと5時間……」
「寝すぎだろッ!」
普通の睡眠と思ったら短い方だ。
しかし男があんまりうるさかったので、私はしょぼしょぼと目をこすり、周りを見た。
私には覚えのない部屋だが、ということはつまり、ここは目の前の男の部屋なのだろうか。
不本意とはいえ、不法侵入してしまったのかな。それで怒っているのかも。
じゃあこのベッドを占領するのも悪いな。だから私は提案した。
「きみも寝る?」
「ハレンチーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「えーっ」
男は腕を十字にクロスさせ、その状態で窓をぶち割って外に飛び出した。
脈略がなかったので、さすがの私も目が覚めた。
窓の外を見るに、ここは二階以上のような気がするが、無事なのか。
心配して窓から下を覗いたら、男が倒れていた。
いや、着地できる算段があったから飛び出したわけじゃないんかい!?
もう眠気はなかった。それどころじゃない。
慌てて階下に降り、男の具合を確かめる。死んではいない。
頭に大きなたんこぶを作って失神している男を前に、どうするか考える。
ひとまず病院か。男を抱えようとするが、上背があって難しい。
寝起きの回らない頭で苦心し、私は結局、彼の服の背中のところを右手で持った。
バッグみたいだ。彼の長い手足が地面に引きずられてしまうが、すまねえ、もうこれ以外考えつかない。
詳しいことはよくわからないが、ハレンチと叫んで飛び出して気絶した男をお姫様抱っことかしたら、追い打ちになりそうだろう。
少し歩けば、すぐに人に出会えた。
私が人をバッグにしているにも関わらず、通行人は叫びもしなかったので、私もごく普通に尋ねた。
「この人どこに連れて行けばいい?」
「パウリーか。また二日酔いかァ? それにしてもこんなお嬢さんに世話焼かれるなんてなあ、隅に置けねえじゃねえか、ガハハ」
この男はパウリーというらしい。
そして酒飲みで、よく二日酔いになるほど深酒をしがち、という情報は得た。
「連れてくならあっちだあっち。ガレーラカンパニーは向こうにある」
「ありがとー」
親切を受け取って、言われた通りの方向へと歩けば、大きな建物に着いた。
てっきり私は「ガレーラカンパニー」という珍しい名前の病院があるのだと思っていたが、造船会社だった。ちゃんとカンパニーじゃんかよ。
……気絶した男を抱えていたら、普通、病院に案内してくれるものじゃないのかなあ。
もしかして彼の勤務先だろうか。気絶していて尚出社させられるほどのブラック企業なのか。
建物の扉を開けて、受付に人がいなかったので、大きな声で人を呼んだ。
「すみませーん、パウリーさんの上司か同僚の方いませんかー」
「ンマー、おれが社長だ」
「うわー、いきなりトップでてきた」
話は早いからそれでいいか。
……ていうかアイスバーグだ。こんな大きい会社の社長になったのか。
大きな造船会社という時点で頭にはあったが、やっぱりここはウォーターセブンらしい。
私が記憶している頃から歳は食っているが、彼は変わらない。
懐かしい気持ちになったが、彼が私を覚えているか、私を私として認識しているかわからないので、ひとまずは知らぬ存ぜぬで対応した。
「よくわかんないけど気絶してるので受け渡していいですか」
「自首か?」
「なんで私が気絶させた前提なのかな」
自首するなら会社じゃなくて海軍に行っている。
アイスバーグの傍に控えていた女性が、眼鏡のつるをクイッと上げながら言った。
「社長への訪問はアポを取っていただかないと困ります」
「嘘だろ。従業員がこんなことになっているのに通常営業過ぎる」
持っていたパウリーからうめき声が聞こえたので、私はパッと手を離した。
またハレンチと騒がれては困るので、触っていたらまずいと思ったのだ。
その結果顔から落ちたパウリーが「ぐえっ」ともっとうめくことになった。
即座に回復した彼は、鼻を赤くしながら起き上がった。
「なにすんだ! てかお前誰だ!」
「えーとごめんね。私気づいたらきみのベッドに転がり込んでたみたいで。記憶ないんだ」
私がそう言うと、ようやく事態を把握したようで、アイスバーグとその秘書は頷いた。
「誘拐か」
「誘拐ね」
「やってねーよッ!」
――やっぱり全然把握してなかった。
まさか、この件でパウリーが責められることになるとは思わなかった。
私が勝手に転がり込んだんだろと言われると思っていたのだが。
私の意志ではないが、事実はそうだろう。
あるいはよく想像されるように、男女間の合意の元ベッドインした、という流れにはならないのか。
「ンマー、酔っていたとしてもパウリーが軽率に女に手を出すとは思えんな」
「本気だったかもしれませんよ」
人を誘拐しそうな男だったのだろうか、と首を傾げていると、社長からフォローが入った。
しかし、秘書は別の見解のようだ。パウリーが反論した。
「本気ってなんだよ! 本気だったら酒飲んでねえ時に口説くだろ!」
「へえー。そうなんだ」
「うおおおハレンチ!」
「自分で言っといて? 変な人だな」
口説きを素面限定にするとは男らしいじゃないか、と感心したのにハレンチと怒られた。
おおよそパウリーという人間がわかってきた。女が苦手なのだ。
だから酔っぱらっていても、早々女と寝るわけがないと信頼されている。
私としても非常に助かる。
彼との間には誓ってなにもなかったので、変な噂が立つと私も嫌だし彼にも申し訳ない。
「私は酒を飲んでなかったけど、頻繁に記憶を失うんだ」
「頭大丈夫かそれは」
「パウリー、セクハラですよ」
「なんッでだよ! 心配しただけだろッ!」
心配しただけにしては言葉を間違えていたように思う。
だが気持ちにはこたえよう。秘書からセクハラ呼ばわりされているパウリーを、私はかばった。
「はい、私は社外の人間なのでセクシャルハラスメントは成立しないのでは?」
「では侮辱罪ですね」
「ごめんフォローしようと思ったら罪重くなったかも」
セクハラと侮辱罪で、どっちが重罪なのかは知らないが。