ふらふら   作:九条空

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レイリー

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 気づけば、汚らしく薄暗い場所にいた。

 埃臭く、鉄臭い。ネズミや虫の足音さえ聞こえてくる。

 

 目の前にあるのは鉄格子だ。

 なんだ、私は飛ばされた拍子に投獄もされたのか。

 カツカツと足音がしたかと思えば、鉄格子の向こうに男が現れた。

 ガラの悪い男は私に気づき、こう言った。

 

「あ? おい、ここに首輪がついてねえ奴隷がいるじゃねえか」

 

 私は聞き捨てならない言葉を聞いた。奴隷だと。

 

「……あ゛?」

 

 一瞬、すべての思考が奪われるほどの激昂。

 

「そこまでだ。落ち着きなさい」

 

 馴染みの声を聞いてハッとすれば、檻の向こう側にいた男は失神していた。

 つい、怒りのあまり覇気を飛ばしてしまったようだ。

 覇気の余波を受けた、私の正面の檻に入っていた数人の奴隷も失神していた。バツが悪くなる。

 

「……レイリー。いたのか」

「きみより前にな」

 

 私は少し、自分を恥じた。

 すぐ後ろに古くからの友がいても、気がつけないほど動転していた。

 奴隷という言葉を聞くと、どうにも正常ではいられない。

 

 見張りの男は倒れ、それに気づいた檻の中の奴隷たちがざわつき始めた。

 しかし、爆弾の仕込まれた首輪をつけられた彼らでは、どのみち逃げられはしない。

 すう、はあ、深呼吸をして、なんとか平静を保つ。

 

「どうして捕まってるんだい。ついに耄碌したのか?」

「ひどい言われようだな。まあちょっと、小金を稼ぎに」

人間屋(ヒューマンショップ)荒らしか。その前にきみは売れるのか? こんな老人に値段がつくかな」

「これは手厳しい。しかし高値がつかないからこそ、売られる前に逃げ出しても良心が痛まない」

「抜かせ」

 

 彼がシルバーズ・レイリーその人だとわかれば、売却価格は一気に跳ね上がるだろう。

 そもそも、彼の懸賞金の方がよほど高値だろうが。

 私はもう一度深呼吸をして、世の中の不条理と一緒に息を飲み飲んだ。

 

「……じゃあ、きみの獲物を横取りするのも悪いね。私は自分だけ、ここから退散しよう」

「なに、水臭い。一緒に金庫を襲おう」

「水臭いとかいう話じゃないだろそれは。ただ人手が欲しいだけだろ」

 

 奴隷のすべてを見なかったことにして、事を荒立てず、ここから逃げよう。

 信念を曲げてでも、一度はそう思ったのだが、レイリーはそれを平気で笑い、私を強盗に誘った。

 

「金庫を襲うついでに、檻を壊すくらいは問題なかろう?」

「まず金庫を襲うのが問題なんだろうけど。――ありがとう、レイリー」

「なんのことだか」

 

 シャボンディ諸島は、海軍のお膝元だ。

 特に、人間屋は政府から見逃されているビジネスである。「職業安定所」という有名な隠語があるほどだ。

 ここで暴れすぎては、普段シャボンディで、コーティング職人として身を隠しているレイリーの肩身が狭くなりかねない。だというのに。

 

 レイリーは今、私とともに奴隷を閉じ込める鉄格子を壊している。

 

 奴隷になりかけていた人々から、なんとか首輪を外してやると、皆ありがとうと叫んでその場から逃げ去った。

 

 それを見て、私は眉を下げた。

 彼らへの同情や安堵、奴隷商売への怒りよりも、自分のことばかりで、友人のことを考えられない己が、情けなくなったからだ。

 

 こんな小さな人間屋ひとつ潰したところで、奴隷がなくなるわけではない。

 政府はなにも思わないだろう。

 私はいたずらに友の立場を悪くしているだけなのではないか。

 

「そんな顔をするな。美人のきみは笑顔の方が似合う」

 

 あらかた檻を壊し、レイリーの希望通り金庫も襲った。

 人間屋から抜け出して、シャボンディの街を歩いていると、あんまり落ち込んで口数の少ない私を、レイリーは慰めてくれようとしたのだろう。

 それにしては、いつものナンパ癖が抜けていない。

 

 私は笑おうとしたが、口角が不自然に歪むのを感じてやめた。

 代わりにもっと眉を下げ、レイリーに言った。

 

「心を許した友の前でくらい、情けない顔をしてもいいだろう?」

「……まったく。君には勝てない」

 

 いつだって空元気でいなくとも良いのだと、別の友が教えてくれたのだ。

 

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