あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
島とも呼べない小島――いや、孤島だった。
しかしそこには私一人ではなく、男が2人、なにかを相談している。
「このままじゃ死んじまう! どうにか急いで金を稼いで、良い医者に診てもらえばまだ助かるかもしれねえ」
……なにか深刻な話をしているようだ。
ちょっと居心地が悪いが、人に聞かせたくない会話をしているというのなら、できるだけ早く私がいることに気がついてもらった方がお互いのためだろう。
「そのためにこの海楼石の手錠を使って高額賞金首を……!」
「あのさ……」
ガシャン。
彼らの肩を叩こうと思って伸ばした手から金属音がしたかと思えば、急に力が抜けて膝からストンと地面に落ちた。
「お?」
「でええー!? 急に女が現れたと思ったら勝手に手錠にかかったー!?」
……やばい。私はもう笑うしかなかった。
地面にぺたんと座りながら、私の右手にかかった手錠のもう片方を掴んでいる男を見上げる。
「……すごい偶然……だね。あのさ……理由は知らないけど……全然、力、入らなくて……」
「そりゃこの手錠が海楼石からできてるからだろ! って、ええ!? アンタ悪魔の実の能力者なのか!?」
「……ちがいます」
「無理があるだろッ!」
いけない。体から力が抜けるのと同じで、頭も呂律も回らない。
私の手錠を持った男は、冷や汗をかきながら言った。
「おいヨサク、悪魔の実の能力者は売り飛ばしたら高値がつくって聞いたが……!」
ヨサクと呼ばれた男は、それに怒鳴り返した。
「バカヤロー! おれたちゃ賞金稼ぎであって、奴隷商人じゃねえ! 悪人でもない女に手を出したとあっちゃ、名が汚れるだろうがッ!」
「……そうだよな! ああ、お前ならそう言うと思ってたぜ、ヨサク!」
彼らは賞金稼ぎのようだった。
海賊として海軍に追われる立場ではないが、暴力を生業とする以上、ガラの悪い輩が多い……という印象だったが、彼らのような人たちもいるらしい。
「ふ……私が良い人かは、わからないけど……たしかに、賞金はかかってない……よ」
「だよな、見ねェ顔だ。悪かった、不慮の事故で手錠かけちまってよ。今カギを出してやるから……」
サングラスをかけた男は、ポケットを探り、目当てのカギを取り出した。
その瞬間、「クエーッ」と鳴きながら飛んできた怪鳥にカギをスられた。
「えー!?」
私も言いたい、えーって。でも海楼石のせいで元気じゃないので、言葉が出なかった。
彼の慌てっぷりから見て、予備のカギはなさそうだ。
「ごめんね。海楼石の手錠は……貴重だったろう? 私が……使い潰してしまうのは……もったいないな。……腕を切り落とそうか?」
「そこまでされたら怖ェよ!」
「きみたち……いいひとだね。私、きみたちみたいなひと……好きだよ」
彼らは帯刀している。女一人の腕一本、切断するのは容易かろう。
海楼石は貴重だ。人ひとり殺してでも手に入れたい輩など大勢いる。
それができぬというのなら、ひとえに彼らの良心が理由だ。
この海で仁義を通すのは、空を飛ぶより難しい。
「よせやい」
「へへ……美人に好きって言われたらオメー……」
「照れるな……ガクッ」
ヨサクは突如顔色が紫に近くなり、鼻と口から出血しながら倒れた。
「ヨサクーッ!」
「えーっ」
男は相棒に駆け寄り、私も力なく驚きの声を上げた。
怪鳥にカギとられるまでは我慢できたけど、いきなり目の前で人が倒れるとえーっを言ってしまった。
サングラスの下から涙をにじませながら、うっかり私に手錠をかけた男は言った。
「実はよ……こっちのヨサクは原因不明の病にかかってて……医者にかかる金が必要だったんだ。急いでてよ、悪いことを考えちまうほどだ。もう次の島まで体がもつかすらわからねえ……」
そういう理由だったら、私も売られたって構わない。
売られた先で大暴れして、奴隷商人の金を全部強奪して戻ってくるだけだ。
しかし今の状態では、それは不可能である。タイミングが悪かったし私もものすごい油断してた。
ドン、と聞きなれた音がして、私は力の入らない体で無理矢理男の足を引っかけた。
不意を突いたので、少ない力でも「うおお!?」と驚きながら男がすっころぶ。
転んだあと、我々が立っていたすぐそばの岩に、砲丸が当たって岩壁が砕けた。
「あぶな……へいき?」
「死にかけの女に守られちまうとは……このジョニー、一生の不覚……ッ」
パラパラとかかってきた岩の欠片を、ゆっくり手で払いながら、私は笑った。
「ともだちが病気なら、だれでも心配で……ほんとの力はだせないよ」
「アンタ……女神のようなお人だ……!」
美人はたまに言われるが、女神は初めてである。
力が入らないせいで、普段よりお上品に、くすくす笑った。
「また、飛んでくるかも……あたまを低くして……」
ジョニーの袖を引っ張って、倒れているヨサクの近くに伏せさせた。
しかし今のこれは、人生の中でもトップクラスの危機だった。
どうしよう。心苦しいが、本当に私の腕を切り落してもらうしかないかもしれないな。
そう考えていると、向こうからやってきた船が目に入る。
大砲の砲丸をこの孤島の岩に当てた船にして――私の乗る海賊船、メリー号だ。
既に体の力は抜けているが、私はさらに肩の力が抜けたような気がした。
まあ……じゃあ……なんとかなるか。腕はもう少しくっつけておこう。