あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
すべてを我慢しよう。怒りを忘れて、心は凪に。
ただ私がここにいるのは、危機に陥った仲間を救うためだ。
それ以外の理由で動いてはいけない。
だから人間屋の外で、壁にもたれかかって待機していたのだが、外も中も騒がしくなった。
外はオークション会場を包囲する海軍たちで。
中の方は――見聞色で詳しく探って、私は人間屋の扉を開けて速足に先へ進んだ。
巨人族も通れるだろう大きな扉を、無遠慮に蹴り破る。
「ルフィ! もしかして天竜人殴った!?」
オークション会場に入ると、客はみんな気絶していた。
それどころか警備や海兵までが
舞台はめちゃくちゃで、奴隷たちは既に皆で首輪を外し合い、解放されつつあった。
少し安心した。もっと酷いものを見せられたら、私は理性を保っていられなかっただろう。
「悪ィ! 殴った!!」
ルフィは私を見て一言、きっぱり謝った。
「まったくきみは……愛してるぜ♡」
私はあふれ出る愛情を処理しきれなかったので、両手でハートマークを作ってウインクした。
船長がやってしまったなら仕方あるまい。私がやりたかったことだし問題がないどころか、よくぞやったと褒めたいほどだ。
「おれも愛してるよー!!」
返事はなぜかサンジから返ってきた。
入口の近くにいた人相の悪い男が私を見て眉を上げる。あ、知り合いだ。
「おいてめェ……」
「待って、順番に行こう。ロー久しぶり! 今世界政府に喧嘩を売ったあれが私の船長!」
「……はァ!?」
「こんなとこにいるからきみも共犯だぞーわはは」
指さして笑ってやったが、トラファルガー・ローは驚きで反論どころではないようだ。
そうです、これが私のとんちんかんな仲間たちです。
麦わら海賊団の中で私だけが手配書に載っていないので、知らなくて当然のことである。
次に、この場にいる警備たちが無傷で倒れている原因になった男に顔を向ける。
「それからレイリー。人間屋荒らしはほどほどにしないと流石に怒られるだろ。天竜人が来るくらいデカいとこ荒らしたら、海軍本部に連絡行くよ」
「このどさくさになら紛れられると思ったんだが」
「私の船長を隠れ蓑にしようとすなーい」
人のこと言えねーのに気づいたので、それ以上の言及はしない。
「それより、この島じゃレイさんと呼んでくれ、ときみにはまだ言っていなかったかな」
「うん、それはガチで忘れてたね。何十年と馴染んだ呼び名を変えるのは難しいよ、レイさん」
「はっはっは。忘れっぽいのは変わらずか」
そういえば、この島ではコーティング職人のレイさんで通っていると言っていたな。
それより、ギャンブラーのレイさんとかのほうがお似合いな気もするが。
人間屋で強盗しなきゃいけなくなるくらい負けているようだから、ギャンブラーとしての名前は通っていないのかな。
そうして最後に、赤髪の男に声をかける。
「そんでキッド! きみ相変わらず柄悪いな! あはは!」
「……麦わらの船に乗ってやがったのか。道理でイカレてやがる」
「褒めてくれてどうも」
とんちんかんもイカレも褒め言葉だ。
この奴隷商売を見逃すのがマトモと呼ばれるような世界なのだから。
「ともかく良かった、ケイミーたちが無事そうで……あんまり無事じゃないか?」
ケイミーとパッパグは既に解放されているが、はっちゃんが撃たれている。
どこか病院に運んでやらなければ……魚人を診てもらえる場所はここには存在しないか。どこか安全な場所に運んで処置するしかないだろう。
みんなに挨拶をした私を見て、ルフィが言う。
「なんだオメー、知り合いばっかだな」
「ね、不思議だ。さて、今回は黄猿が来るよ。個人的にはいちばん当たりだ。彼は優しい」
「そうなのか!?」
「苦しむ間もなく光速で殺してくれる」
「そういうやさしさかよーッ!」
一瞬期待したウソップを再び絶望に落としてしまった。ごめん。
私は袖をまくって、腕に巻いていた包帯を解いた。
肘が脱臼していたので動かさないために巻いていたのだが、切った張ったをやるのなら無理を押してでも動かさなければならない。
気絶した護衛から適当な刀を拾い上げて、くるりと手の中で回して調子を確かめる。
妙に重くて扱いにくい気がするが、耐久力に期待するか。
先ほど解いた包帯で、刀と自分の手をぐるぐるに巻き付けて固定しながら言った。
「今日は私、鎖骨と小指しか骨折してないから元気だよ」
「ヨホホ、元気の定義がおかしいですよ! 骨は大切にしてください!」
「うん、ごめんねブルック。でも内臓は正しい位置に入ってるし、縫ったところはほとんど血が止まってるから、相対的には元気」
右手小指の骨折により、普段より若干握力が落ちているため、刀を手放さないように包帯で巻いたのだ。
私は剣士としての誇りがないので、刀を絶対に手放さないという保証がない。だからこうしておく。
「三大将相手でもタイマンで20分はもつかな。隠れる時間は稼げるかも。任せてくれる?」
これは私とのタイマンに集中させていられる時間、という意味での20分だ。
もとから私だけを狙ってくれるのなら、もっともたせられる。
逆に、私以外を狙って、それを守らなければならなくなれば20分よりもう少しもたないかも。
何しろ黄猿は、機動力でいったら世界一といっても過言ではない。
だからこそ、彼がまだこの島にたどり着く前から私一人が暴れて、ヘイトを私に向けたい。
一番に私のところに来てくれるのなら、他の皆を黄猿から守れる。誰かを守るためならば、私は今よりもっと力が出せるから。
そういう意味での提案だった。しかし、やる気になっていた私に水を差したのはキッドだ。
「もののついでだ。お前ら助けてやるよ!」
もっとやる気になった人が出てきてしまったな。
キッドは私を見ると、不機嫌そうに顔を歪めた。
「てめェには借りもある」
「あったっけ? 覚えてないから返さなくていいよ」
「お前のためじゃねえ。おれが気に食わねェからだ」
……あれ? 彼と出会ったときのことは記憶にあるが、本当にその貸しとやらに心当たりがない。
私が完全に忘却しているのか、キッドが勝手に言っているのか。
それか、また別のところでこれから彼に会うのか?
「表の掃除はしておいてやるから安心しな」
その態度に、明らかにムカついた顔をしたルフィとローが、表に向かうキッドを追っていった。
この船長たちは似ているようだ。仲良くなれそうで何より。
私は刀の峰をとんと自分の肩に乗せて、ちょっと呆れた。
「男の子って、負けず嫌いだね」
「いくつになっても、男とはそういうものだ」
レイリーは微笑ましそうにしている。
その微笑ましげに見る中に私も入っている気がするなァ。私も負けず嫌いではあるが、船長に役を譲るくらいの器量はあるぞ。
「麦わら帽子を被っていると特にやんちゃ、かな」
「違いない」
レイリーは撃たれたハチに肩を貸してやりながら、持っていたスキットルを私によこした。
「珍しく元気というなら飲むか?」
「これから戦うってのに飲酒かァ。んじゃ一杯」
「飲むんかい!」
私がレイリーからスキットルを受け取ると、ナミにつっこまれた。私は肩をすくめて、飲み口に口をつける前に呟いた。
「もう飲めないかもしれないからねー」
「死ぬ覚悟決めてるーッ! いやァーッ!」
「あははは。いやいや、死なない死なない」
スキットルに入っていたのは、度数が高いだけで味も何もない安酒だった。
舌と食道が焼けるような感覚がして、懐かしい。酒などいつぶりだろう。
おれたち死ぬんだーと泣き叫ぶウソップを、スキットルを持った手で指さした。
「大丈夫、私酔ってる方が強いよ。考え事をしない方が多くを斬れる。味方も斬ったらごめん」
「やっぱ飲むなお前」
フランキーにスキットルを奪われた。おいしくもなかったので怒りはしない。
――大将がやってくるまでに、ハチを治療して、レイリーの昔話を聞くくらいの時間はあるだろう。
久々に大暴れしてやろうかと思ったのだが、出鼻をくじかれてしまったので、もう少しの間大人しくすることに決めた。
サウザンド・サニー号はコーティングを済ませていない。すぐに魚人島へ発つことは不可能だ。
まったく難儀な。――でも私が天竜人を殴ったんじゃなくて良かった。
ルフィのせいなら私も許せるし、船の皆も船長のやることなら許せるだろう。ゾロあたりはおれの方が先に斬りたかったと思っていそうだが。