あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
容赦なく照り付ける太陽から逃れるように、店の陰で少し休んでいると、周囲がざわざわしはじめた。
「なにかあるの? おまつりでも?」
ジュースを買った店の主人に尋ねると、そわそわした様子で彼は言った。
「向こうの道に王が来てるんだと! おれも行きてえなあ、一目見れたらそれでいいんだが」
「店番変わろうか? ああいや、初対面であやしすぎるね」
「ありがとよ、優しい旅人さん! アンタは見に行くべきだ、コブラ王は最高だからな!」
コブラ王はやたら人望があるようだ。
店主はいい人だったため、私は言われるがまま人だかりの方へ向かった。
知り合いではあるし、顔は見て行こうかなと思ったのだ。
向こうからは見られなくて構わないかと思っていたのだが、コブラは馬車――正確にはラクダ車――から降り、道端で市民と話している。
王というには国民と距離が近かったが、護衛は下げられたのだろう。遠くからやきもきしながら王を見ている。
「ごめん、ちょっと通る!」
人だかりをかき分けて前に出る。非常にマナーの悪い行為だが、コブラの背後に近づく影を見てしまっては無視できない。
それだけで動けなくなった暗殺者だったが、短剣を手放すことはなかった。殺意は立派である。
暗殺未遂に気づいた市民は悲鳴を上げ、護衛は慌てて王のもとに走って市民たちを遠ざけた。
私は怒りの気持ちを隠さず、怒鳴るようにコブラに言った。
「なにやってんだきみ! こんなんで死んだら護衛がかわいそうだろうが!」
「はっはっは、護衛の心配か」
「な~に笑ってんだコラァ!」
今まさに暗殺されかけたというのに、朗らかに笑っているコブラを叱りつける。
「お、王になんという無礼な!」
「そうだな、ごめん! でもこいつバカすぎるだろ!」
「ふ、不敬ーっ!」
コブラを指さしてバカと呼んだら、護衛と市民一同両頬を押さえて顔を真っ青にした。
「構わん」
コブラが笑ってそう言えば、皆が渋々黙った。人望を見せつけられている。
「子供がこんなことをしなければならんことのほうが悲しかろう」
「そりゃ同意だが」
踏みつけて押さえていた
コブラを刺しかけた子供は泣きもせず、ただ歯を食いしばっていた。
「金のために人を殺すガキなんて世の中にゃありふれてるからな。ありふれてることが悲しいんだよね」
「金のためじゃねェ……!」
子供は唸るように私の言葉を否定した。
てっきり誰かから国王暗殺の依頼でも受けたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「母さんは……薬を買う金がなくて死んだ! それもこれも国が悪いんだ! 母さんを助けてくれなかった!」
これもよくある話だった。金がなくて死ぬ病人は世界にありふれている。ありふれていることが悲しいのだ。
私は同情を欠片も見せず、子供に言い放った。
「お前の母さんは最低だな」
「なんだと!?」
「自分の子供に人殺しになってほしいと思うなんて、最低の母親だって言ってんだよ!」
怒鳴りつけると、子供は初めて目に涙をにじませた。
「母さんはそんなこと……言ってない!」
「じゃあ母親のせいにしてんじゃねェよ。お前が殺したかっただけだろうが」
別に復讐を悪いこととは言わないが、復讐相手の選び方が下手だし、復讐の理由に他人を利用するのも気に食わない。自分がすっきりしたくてやる、というなら勝手にしろで終わりなのだが、八つ当たりで友人が殺されるのは見過ごせなかった。
国がちゃんとしていれば母親が助かったかもしれない、と子供に思わせられるくらい国王を頑張ってんだから、こんなところで死なれては困る。
「そんなに元気ならもっとやることあるだろ。金稼いで飯食って女にモテろ!」
「ええ!?」
「人生諦めるのは、自分の母親くらい良い女見つけてフラれてからでもいいだろ!」
「なんでフラれる前提なんだよ!」
「今のお前に振り向く女はいないからだ! 自分を磨けクソガキ!」
子供の腹から足をどけ、蹴飛ばす。
子供はごろごろ転がったが、ピンピンとした様子で即座に立ち上がり、持っていた短剣を地面に叩きつけるように投げ捨てて叫んだ。
「バカヤロー! いい男になってお前のことフッてやるからなー!」
「おーおー、私を惚れさせられたらたいしたもんだ。期待してるぞー」
そのまま走り去っていく子供を捕まえようと、護衛が足を踏み出したが、コブラが首を横に振ったために追うことはなかった。捕まったら死罪だろう。だから私も蹴飛ばして逃がしたのだ。
「相変わらず甘いなコブラは。私もそれに甘えてるんだけど」
「お互い様だ」
なにがお互い様なのかわからず首を傾げたが、コブラは笑うだけで正解を教えてはくれなかった。
「そういえばコブラに言ってなかったけど、私海賊になりました。ぶい!」
Vサインをして宣言すると、「海賊!?」とコブラの護衛が再び驚愕した。
普段は面倒を呼び込むので、わざわざ己を海賊と名乗ることはない。
しかしコブラに以前会った時、私は未だ麦わらの一味ではなく、うじうじとした人生相談を彼にした、と思う。昔過ぎて記憶があいまいだ。
今は元気でやっていますというアピールのため、私は殊更明るく彼に現状を報告した次第である。
「そうか。良い海賊というのもいるのだな」
「すげ~納得のされ方してる気がする。大丈夫かな」
そんなんだからクロコダイルに騙されるんじゃないのか、と思ったが、どう考えても今はまだクロコダイルが台頭する前の時間軸だな。すると私がクロコダイルにつけいる隙を与えたことになるかもしれなくてとても困るのだが。やっちまったかもしれない。
コブラは何かを思い出したように手を打って、ラクダ車のキャビンにかかっていたカーテンをひいた。
「おお、そういえば言っとらんかったかもしれんが娘だ」
「言ってねーよ、え!? ちょっといたの!? 教育に悪いことばっかしたぞ今!」
父親が暗殺されかけるという衝撃体験を味わわせたのはコブラの過失だが、そのあと現れた女が子供を踏みつけて罵倒しまくるという様を見せつけたのは私の責任だ。
まだ子供だし、幼少期健忘で私のことを忘れてくれまいか、と期待したが、まんまるのお目目がしっかりと私を見ている。彼女が震えていないのだけが唯一の救いだ。
……これか!? ビビ王女との初対面、これだよな!? やっちまった、いると思ってなかったー! もう生まれてたー! というか子供いるなら尚更迂闊すぎるだろ殺されそうになってるんじゃないよコブラのアホー!
私は変なテンションのまま、やけくそで尋ねた。
「かわいいねお名前は!?」
「ビビだ。世界一かわいいぞ」
「親バカじゃん!」
「ふ、不敬ーっ!」
思わず再び王をバカと呼んでしまったので、護衛と市民一同は顔を真っ青にして叫んだ。
一方的に見ただけ(ギリ)