あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
気づけばメリー号に乗っていたから、私は船員に特に挨拶もせず、船べりに頬杖をついて海を見ていた。
「天使ちゃん、スペシャルドリンクをどうぞ♡」
「ありがとサンジ」
私がしれっと船に乗っていたのに気づいていたらしいサンジは、私の分もドリンクを作ってくれた。
「おい、みんな見ろよ! イルカだぜ」
イルカのかわいらしさに歓声をあげたのもつかの間、皆はすぐに異変に気付いた。
そのイルカは、メリー号が小さく思えるほどの巨体だったのである。
「デカいわーッ!!」
皆が帆を張って全速力で逃げ出す準備をするのを尻目に、私は巨大なイルカの目をしっかりと見て、ほんのり覇気を飛ばす。
イルカは即座に身を縮こまらせた。
「キュッ!?」
「あまり追いかけてくれるな。遊び相手は他にもいるだろう」
怒られてしょんぼりしたイルカがかわいらしくて、私は笑った。
「近くまで一緒に泳ぐかい」
「キューン!」
どうにも、こちらと遊びたかっただけのようである。
まあ、船を追いかけまわして、破壊するくらいのことを遊びでやるのがグランドラインの生き物だ。
「急に大人しくなった……」
「天使ちゃんはイルカとも心を通わせられるんだね~!」
「なんだあいつ大人しいやつだなー。食ったらうまいか?」
「キュッ!?」
「おいしくないからやめなー」
食ったことあるんですか、という顔でイルカに見られた。
すまん。ある。海は無情だ。
私が頷くと、イルカはキューンと泣きながら遠くに泳いで行ってしまった。あーあ。
私はストローでサンジのスペシャルドリンクを飲みながら言った。
「メリーが傷ついたら嫌だからね。きみらは大丈夫だろうけど」
「大丈夫じゃねえよ」
「ただのイルカだよ?」
「いやデカイわッ!!」
海王類でもないのに。
――リトルガーデンについたら、もっと縮尺がおかしくなるんだけどな、とは言わなかった。
私は彼らの旅路について、口を出さない。
行ったことがあるかと聞かれ、本当に行ったことのある場所だったらはいと答えるが、かといってどういう場所だったかを語ることはためらわれる。
冒険は自分で感じるものだ。ルフィの性分が幸いして、私は彼らから先を話すことを強要されたことはない。
リトルガーデンにたどり着き、サンジは皆に海賊弁当を作った。
私は、もしかしたら食べる前、あるいはもらう前にどこかに飛ばされてしまう可能性を考えて受け取らなかった。
島へと旅立ったみんなを、船でサンジと待っていた。
しかし一向に、誰も帰ってこない。私もどこにも飛ばされない。
「さすがに遅ェ……」
「どうする? 私は船の守りには向かないけど、斥候にはもっと向かないからなー」
どっちも、いついなくなるかわからない人間がやってはいけない役割である。
そうすると私にできることは鉄砲玉くらいしかないわけだが……。
「天使ちゃんに危険なことをさせるわけにはいかねェ!」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「あなたと一緒にどこまでも――!」
メロリンコックの操縦方法を覚えてきたかもしれない。
私がリトルガーデンの地に降り立つと、サンジもついてきた。
「私の姿が見えなくなっても気にしなくていいよ。あー、気まぐれだから、勝手にいろんなとこに行っちゃうの」
「気分屋の美女に振り回されたい……!」
もはや願望を言っているだけでは。
「あ! サンジ、見た?」
「あなたの美しい顔しか見えません……♡」
「こらァ。あっちだよあっち、サーベルタイガーいる!」
サンジの両頬を持ってそちらに首を回しても、サンジは全然そっちを見なかった。
眼球がハートになっている。おい、どうすりゃいいんだこれは。
サンジの操縦を覚えたと思ったのは気のせいだったらしい。やっぱりよくわからん。
「少々お待ちを」
サンジがそう言って、私が示した方へと歩いて行った。
しばらくして戻ってくると、私が言ったサーベルタイガーを引き連れて戻ってきた。
サーベルタイガーにはたんこぶができており、涙目だ。
動物に言うことを聞かせるには、断然暴力による脅しが有効だからな。
「さ、乗ってください。乗り心地は悪いかもしれませんが……」
「お、おお。乗りたいって言ったわけじゃなかったんだけど……」
しかし、用意してくれたというのなら、乗ったほうが良いのかな……?
いつでも降りられるよう、サーベルタイガーに横乗りする。
「がう」
「わ。かわいい」
重くないかな? と様子をうかがうと、勇ましく返事をしてくれた。
「そうだ、サーベルタイガーくん、きみはここに住んでるわけだから、最近変なことがあった場所に案内してよ。そこにいるはずじゃないか、私たちの船長は」
「がう!」
なんとなく話が通じた気がしたので、サーベルタイガーくんの背に乗って我々は出発した。
サンジは乗ってないけど。一緒に乗るか聞いたら葛藤していた。
何かあった時に姫を守るため……と言って辞退していた。私天使から姫にジョブチェンジした?
「おお……確かにこれは変だ」
サーベルタイガーが案内してくれたのは、森の中にあるには明らかに異質な家であった。
真っ白な素材でできたそれは、レンガでも木材でもなく――蝋か。
わざわざ建材にしたいようなものではないので、順当に考えれば悪魔の実だし、私の記憶と時代が狂っていなければ使用者はMr.3と呼ばれる頭に3をくっつけた男だ。
先にサンジが中に入り、誰もいないことを確認する。
普通に生活できそうな雑貨が整えられており、我々はなんとなく、テーブルの上にあったティーセットでお茶を淹れた。
「……はっ! まったりしてる場合じゃねえ!」
「……たしかに!」
久しぶりに飲むセイロンティーがおいしくて一瞬時間を忘れた。
私はいつどこかへ飛ばされてしまうかわからないのだから、もしかすればこの島の中でピンチに陥っているかもしれない仲間は、早く見つけるに越したことはない。
しかし私たちが席を立つ前に、近くにあった電伝虫がぷるるる、と鳴いた。
サンジは椅子に深く腰掛けなおしながら受話器を取る。
「へいまいど。こちらクソレストラン。ご予約で?」
私は吹き出しそうになった。随分慣れた喋りだったからだ。
バラティエでもこの調子で電話受付をやっていたのだろう。ガラが悪すぎる。
電話の向こうの男は、ふざけるなとサンジを一喝した。
「てめェ、報告が遅すぎやしねェか」
「あー……どちらさんで?」
「おれだ。Mr.0だ……」
それはバロックワークスのトップの肩書である。
たぶん直通の電伝虫なのに、わざわざ名乗ってくれるあたり優しいな。
サンジもさすがに表情を引き締めた――が、一瞬私と目が合って、即座にだらしない顔になった。
あ、これ私邪魔ですね。窓の外に何気なく視線を移動させる。
「王女ビビと麦わらの一味は抹殺出来たのか?」
「……ああ。任務は完了しましたよ。アンタの秘密を知っちまった野郎共はすべて消し去りました。だからもう、追手は必要ありません」
男相手にもちゃんと敬語を使えるじゃないか。
私は妙なところに感心していた。
「そうか、ご苦労。今、アンラッキーズがそっちへ向かっている。任務完了の確認と、ある届け物を持ってな」
「アンラッキーズ……? 届け物?」
「アラバスタ王国へのだ……」
窓の外を見ていたら、怪しい動物が2匹近づいてきていたため、サンジにしーっと合図をした。
私は席を立ち、窓辺に移動する。
身軽に窓枠に飛び乗ったラッコは貝の先端に刃物がついた専用の武器を構え、巨大な鳥は背中に銃を背負っている。明らかに戦闘の意思があった。
飛びかかってくる2匹の動物に、我々は即座に対処した。
サンジがサングラスをしたラッコを壁に蹴り飛ばし、私は大きな鳥の首根っこを捕まえて床に叩きつける。
事態はすぐに解決したが、ドタバタという音は電話の向こうにも聞こえてしまったようだ。
「何事だ」
サンジが返事しようとするのを止めて、彼から受話器を借りる。
私は咳ばらいをして、普段とは違う声を出した。
「ごめんねボス。私が遊んでただけ」
「……Ms.ゴールデンウィークか」
たぶん似ていないが、電話越しの声だ。いくらでもごまかしがきく。
というかMr.3とサンジの声はまるで似ていない。
私は肩をすくめて、受話器をサンジに返した。
「まァいい。とにかく……貴様はそこから一直線にアラバスタを目指せ」
サンジがクロコダイルの話を聞き終わって、受話器を置くころには、私はアンラッキーズたちからエターナルポースを回収していた。
「これがあったら、ナミもビビも喜ぶだろうね」
「おれは愛のしもべ……責任を持ってこれを運びましょう。そして天使ちゃんにもおれの愛を届けるぜ……♡」
「よーし行こう」
万が一私が飛ばされては困るので、エターナルポースはすぐにサンジに渡した。