あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
「ここで会うとは奇遇だな」
「……誰だ!?」
肺に甘〜い空気が満ちていることから、ここがトットランドであることは明白だが、話しかけてきた男に見覚えがない。
トットランドにおける友人のほとんどはシャーロット一家か、お菓子職人か、たまに一般的な住民かだが、私の中のリストに彼がいない。非常に強そうなので、住民というわけではなくビッグマム海賊団の一員だと思うのだが……リンリンの新しい息子か!? かなり大きいが、育つところを見逃したのか!?
「おれだ」
なんと、話しかけてきた男の中から、さらに男が出てきた。そちらの男の方は馴染みであった――シャーロット・クラッカーである。よかった、それなりに成長を見守ってきたリンリンの息子だった。
なんだ、見聞色をちゃんと使えばよかった。中に人がいたんだな。
よく見れば持っているのも名剣プレッツェルだし、冷静に観察すれば彼がクラッカーであることがわかっ……わかったかなあ?
「なァんだ、クラッカーくんか。面白い能力の使い方をするね」
一見してビスケットとわからない完成度だ。鎧を着たおじさんにしか見えない。
そう褒めれば「手配書にもこれで載った」とクラッカーは言った。ビスケット兵を見る。クラッカー本人には全然似ていない。
「……お忍びが簡単にできていいね?」
「トットランドの中ではあまり意味がないがな」
トットランドで身分を隠す意味がない上に、皆なんとなく顔を知っているだろうから確かにそうだ。
「痛いのは嫌いだ。だから鎧をまとうことにした」
私はそれを聞いて、感動した。
「それはとてつもなくいいことだよ、クラッカーくん! 攻撃なんか当たんない方がいいぜ!」
私は攻撃を当てるのも避けるのも苦手なので、傷ばかりつくっている。
強くなればなるほど痛みに鈍感になり、致命傷ではないけど傷を受け入れるようになっていくが、そんなことはできるだけ避けるべきだ。私は強くもないのに傷に慣れ、しょっちゅう致命傷すらもらっている。
将星に名を連ねている男が、こうして己の身を大事にするのは大切なことだ。自分を大事にできなければ部下も大切にすることはできないからである。だから私は単独行動を好むのだな、自分も守れないのだから人も守れない。
素晴らしい、うん、と頷いていると、クラッカーくんはいつも通りの笑顔で私を誘った。
彼は目つきが悪いけれど、いつもにこにこしているので怖い印象は受けないよなあ。
「予定がないのならお茶をしていくと良い」
「予定はないのでお茶に付き合ってくれるか?」
クラッカーがパンパン、と両手を叩くと次々にビスケットがうまれる。彼はビスビスの実を食べたビスケット人間であるからして、ビスケットを無限に作りだして操ることができる。あっという間に小さなビスケットが組み上がって、テーブルと椅子になった。
トットランドで過ごすとお菓子の家具になどすぐに慣れてしまうので、私は躊躇いなくビスケットの椅子に腰掛けた。
とことこ歩いてきた若木のホーミーズが、ティーセットを持ってきて手際よくお茶を用意する。
クラッカーは皿に乗せたビスケットを私の前に置いた。
「自信作だ」
トットランドの皆は、私に会う度なにかを食べさせようとしてくる。ペロスペローはいつだって必ずキャンディをくれるし、プリンちゃんは修行中のチョコレートを味見させてくれる。ここでは戦闘員であると同時に菓子職人である者が多いからだろう。――それから人のご機嫌を取るにはお菓子、という文化がリンリンのために根付いている。
クラッカーもビスケット大臣として、日々おいしいビスケットの制作に励んでいると聞く。
差し出されたビスケットを頬張って、私はさらに感動した。
「うん、とてもおいしいよ!」
「我が美味なるビスケットは、戦闘にも食事にも最高の出来だ」
ここで戦闘の話が出てくるのがトットランドたる所以だ。お菓子と戦いが同列にある。
私はビスケットをサクサクと食べ続け、紅茶で流し込みながら、クラッカーに尋ねる。
「これ包んでちょっと持って帰ってもいい?」
私はあまり物を持ち歩かないが、食べ物となると話は別だ。ポケットにコインが入っているかどうかより、食べ物が入っているかで生死を分けることの方が余程多い。
飴もチョコも溶けてしまうのでポケットには入れられなかったのだが、クラッカーの作るビスケットならば持ち運びに最適だ。おいしいし。
「クリーム系はポケットに入れられないからさ」
「おれのビスケットは、保存用としても完璧だからな」
上機嫌に笑ったクラッカーが手を叩くと、テーブルの上に山のようなビスケットが積み上げられた。いやあの、多い。私のポケットは巨人サイズではないのだ、ここまでの量は持ち歩けない。
私は運良く持っていたハンカチに、包めるだけビスケットを包んでポケットに突っ込んだ。ビスケットの山はその程度では崩れず、とんでもない高度を私の前で晒している。
せっかく用意してもらったのだ、食べられるだけ食べよう。私は覚悟を決めた。
フードファイターの面持ちになって、真剣にビスケットを頬張り続けた。20分後に現れたブリュレちゃんに、挨拶するより先に口にビスケットを放り込んだほどである。お茶会ではなく大食い選手権になっているのを見て、ブリュレちゃんは呆れていた。
今日この時ばかりは、突然どこかに飛ばされる己の能力に感謝した。
自分からギブアップする前にお茶会から離脱できたからだ。悪魔の実もたまには私を救ってくれる。
ビスケットすごい、あと3日何も食べなくてもお腹がいっぱいだと思う。