あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
飛んだ先で地面を踏みしめようとしたら、地面がなかった。
「ウワーッ!?」
私はちょうど、崖にいたらしい。崖の、大地のない方……それってもう、ただの空中だった。
崖の側面をつま先で削りながら1mちょっと落下し、何とか崖のてっぺんを掴むことに成功した。
あぶ……あぶねえ! お腹がひゅんっとなって焦った!
ギリギリアウトな位置に飛ばすのやめてくれるか!? 趣味の悪い能力だな!
完全に空中ならこっちも覚悟できるんだよ! 地面を視界にいれておいて、自分の足元にだけない、はめちゃくちゃ驚いちゃうだろうが!
「なんなんだ急に!」
「それはこっちの台詞だろ」
悪魔の実に対して悪態をつくと、ツッコミが返ってきた。
声がした方を見ると、私の少し隣で、私と同じように男が崖に掴まっていた。
「きみも落ちたの?」
「おれは登ってる」
「……落ちたから登っているのでは?」
「……落ちるにはまず登ってねえとだろ?」
お互いにはてな、という顔でしばらく見合ったが、どちらからともなく崖登りを再開した。
いつまでも宙ぶらりんなままでいるのは、変だからだ。
先ほど一瞬だけ見えた崖の上に戻ると、赤い土が広がっている。
「レッドラインか!?」
「なんで知らないでいるんだ?」
世界を縦断する大陸、
ここは思っていたよりも、随分高度のある場所だったらしい。
崖の向こうを見下ろせば、海は遠く下の方にある。
落ち続けていたら面倒なことになっただろう。危ないところだった。
「レッドラインにはかつて人が住んでいたって話もあるが……お前、それか?」
「いや。住んでない」
住んでいることにしてしまったほうが怪しくなかっただろうか。……いや、どっちにしろ怪しいな。
どう言い訳しようかな、と改めて男を見れば、知り合いだった。
今まで気づかなかった方がおかしい。
ここの土が赤いからか、彼の皮膚が赤いのにもあんまり気づかなかった。
彼の名前を口にしようとして、留まる。
これまでのリアクションから見ておそらく、今の彼は私を知らないな。
尚更困った。以前会ったときは友好的だったから、それなりに仲良くなれるはずではあるのだが。
いつも通り、適当にやってしまうか。
「細かいことはいいじゃん。それよりきみこそレッドラインに何の用事なんだい。古代種族でも探しに来た?」
「……そうだったらよかったがな」
リヴァースマウンテンを利用せず、わざわざ登ってでもたどり着きたいレッドラインの上にある場所といえば、そう多くはない。聖地・マリージョアだ。
「お前、天竜人や世界政府の関係者には、どうしても見えねえな」
「そりゃあ、そう思われたら心外だね」
事態を把握した。私がこれからなにをするのかも
私は「あっはっは」と笑い、彼の肩を気さくに叩こうとして、めちゃくちゃ高い位置にあったので諦めて彼の腰を小突いた。
「私ときみは今、同じことを考えてるんじゃないか?」
鯛の魚人、フィッシャー・タイガーは、まじまじと私の顔を見た。
「だとすりゃイカレてるぜ」
「あんまりだな」
同じことを考えているのならば、自分自身にも返ってくる言葉だというのに。
私はのんびりと、頭の後ろで手を組んだ。
「まあいいんだよ。いっしょにいってもいいし、いかなくてもいい。どちらにせよきっと同じ場所に行って、同じことをすることになる」
今の私はとてつもなく元気だ。
骨はすべてくっついていて、内臓はみんな正しい位置に収まっている。
毒もくらっていなければ、睡眠不足でもなく、縫い傷からすら血が滲んでこない。
こんなに爽やかな気分なのはいつぶりだろう。
大きな戦いに参加する前は、いつもこうだ。
元気であればあるほど、強敵を相手にする羽目になりがちだ。
新しく傷をこさえることがしばらくなく、どんどん治癒していく自分の体を見て、たぶん近いうちになにか大きな戦に巻き込まれることになるのだろうなと予感していた。これだ。
フィッシャー・タイガーの名前はよく聞く。
魚人や人魚の皆が彼を知っているだろう。タイヨウの海賊団の船長だ。
この時はまだ結成していないだろうけど、タイヨウの海賊団のことは覚えている。
無断乗船しても怒られなかった海賊団を忘れることはない。
どおりで人間不信の割に友達らしく振る舞ってくれると思った! 戦友か!
いいだろう、頼まれずとも彼の背中くらい守ってやる。
世界政府の本拠地・聖地マリージョアを襲撃しての奴隷解放戦線。
暴れるにあたって、斬ってはならないものに気をつけなければ――奴隷以外のすべてを斬ろう。
建物も、生き物も、天竜人さえ斬ってみせる。
「死ぬ気でやるが死ぬ気はない。きみも死ぬな」
そう言って、私は愛剣を抜いた。