あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
「アンタのことがわかってきたよい」
モビーディックの船べりに腰かけた私は、マルコにそう言われた。
私は頬杖をついて、マルコに向かって微笑んだ。
「わかられるのは嬉しいな。どういう知見か聞かせておくれよ」
私もマルコのことが少しわかってきた。
白ひげの船に来るたび、大体一番に彼が飛んでやってくる。
真面目で、行動が早い、一番隊隊長の名を持つにふさわしい男だということを、私は長い付き合いの中で知っている。
「今までアンタが来るタイミングといやぁ、争いごとの直前や最中ってイメージだったんだが」
とても不本意だ。私が口をへの字にしたのを見て、マルコは笑った。
「たとえば今、特に理由なく来てるな?」
「理由ならあるとも。友達に会いに来たんだ……今までも、それが理由だよ。その度に、きみらがたまたま戦ってただけだろう」
「納得だよい」
勝手に私を、戦の前触れみたいな扱いにするのはやめてほしい。
私もできることならこうして、平和な場所にいるこの船に遊びに来たいのだ。
ニューゲートは私が加勢しなくとも問題のない、強い男だしな。
いちいち元気でやっているかを気にしたりしない……というのは、彼が病に侵される前の話だ。
「オヤジに会いに行くなら止めねェよい。面倒だから、アンタを止める船員のことは止めねェが」
「なんでだよ。止めてよ。友のとこの船員と戦いたくないよ」
「ま、新参者は一回痛い目見といたほうがいいしな……」
マルコが自身の後ろを振り返ったので、私もつられてマルコの後ろを見た。
船室の扉が開き、馴染みの顔が出てきたので、私は驚いて瞬きを繰り返す。
「ふぉあえふぃつへへんふぁんだ!?」
「食べ終わってからでいいよ、エース」
私がそう言うと、エースは大人しく骨付き肉をかじりだした。
話せるようになるまでもう少しかかりそうである。
マルコが意外そうに私を見た。
「なんだ、知り合いか?」
「そっちこそ?」
「エースはおれたちの船に乗ったよい」
「うおい、マジか」
エースを伺えば、彼はむしゃむしゃ咀嚼しながらも、うんうんと頷いた。
「面白い喧嘩が見れると思ったんだがな」
「喧嘩はしないよ。なあエース?」
私が問えば、エースは再び頷いた。
マルコが私にけしかけようとした、痛い目見たほうがいい新参者ってエースのことか。
うーん、いじめられてるわけではなさそうだが? 生意気とは思われている感じ?
「急に船に乗ってる不審な女に攻撃して、痛い目見るっつーのは、白ひげ海賊団の登竜門なんだがな」
「ひとを勝手に登竜門にするな」
しかし、急に船に乗ってる不審な私が明らかに悪いので、強くは言えない。
白ひげの船に乗るような船員だから、向こうが本気で来ると、私もうまく手加減できないのだ。
応戦するたび、私のことを知ってる誰かが止めてくれよ、と毎度思っていたが、そういう感じの扱いをされていたのか。
「この船に寄る度、きみたちは戦いばかりだったが……きみたちのやるしょうもない戦いを観戦したことはあれど、白ひげと対立したためしはない。けれどエースが白ひげと戦っているときに私が来てたら、エースの方に加勢したよ」
「そりゃ、おれたち運が良かったようだな」
「喧嘩するならニューゲートの方だ。エースの面倒を見れるのか……耄碌してないか確かめた方がいいかもしれない」
「それはそれでおもしれェもんが見れそうだよい」
「しかしほんの少し問題があってな……おえっ」
私は会話の途中、急に海の方向を向いて、嘔吐した。
「なんだ、船酔いかよい?」
「二日酔いか?」
両手いっぱいの骨付き肉を食べ終わったエースも私に聞いてくる。
吐くところを見られるのは恥ずかしい。
角度的に、吐瀉物がショッキングピンクだったのは彼らには見えなかったらしい。
私もさすがにこんな色の食い物を食った記憶はない。
「ちょっと毒食らってて……」
食ったのは腐った食べ物ではなく毒だ。
口元をぬぐいながら、私はそう申告した。
吐瀉物がピンク色になる毒って何?
気持ち悪い……それは吐き気という以外に、妙な発想によってつくられた奇妙なこの毒が、という意味だ……。
それを聞いてマルコは呆れた。
「もっと早くに言えねェのかよい」
「我慢してたらそのうち治らないかなって……」
発言の途中で、私は吐き気をこらえて口をつぐんだ。
私が船べりから移動しなかった一番の理由はこれだ。
許可なく乗り込んだ友人の船の甲板にゲロ吐いたら申し訳なさすぎる。
「……で、もっと我慢する気かよい?」
「……もう無理だ……くそ、悔しい……」
私だって食らったのがマゼランの毒だったら、ここまで強がったりしなかったのだ。
シーザー製作のやつだから……苦しんだら負けかと思い……。
私はごろりと甲板に転がった。あ~気持ち悪い。
もう起き上がれそうにないため、吐いたら甲板にぶちまけることになる。謝るしかない。
慌てたのはエースだ。
「えーっ!? マルコこいつ死ぬのか!?」
「まだ診てもいねェのにわかるかよい」
「死なない死なない。こんなんで死んだら化けて出てしまう……」
まったく、エースの前で情けない姿を見せる羽目になってしまった。
本当に死にそうになったらニューゲートに首斬ってもらおうかな。
死因がシーザーの毒ガスになるのは嫌すぎる。
「いやあ、でもマルコの顔見てたらだいぶ元気になった。医者って見るだけでも効果あるんだ」
「んなもんはねェよい」
ばっさり言われたが、あると思う。
最悪この場でぶっ倒れてもいいしな、という安心感で、随分長い時間彼と普通に会話ができた。
私は自分の手のひらを見つめた。
なんだかピンクっぽくなっているような気がするのだが、これは私の手がおかしいのか、私の視界がおかしいのかどっちだろう。
「毒を克服する方法ってないのか? めっちゃ毒食らったら効かなくなってったりしないの?」
「いろんな病気にかかった経験があろうが、新しい病気にはかかるだろうよい」
……ウチの船長はその理論で毒に強くなっていた気がするのだが、普通そうだよなぁ。
ルフィが特殊なだけか。残念だ。
「前言撤回だ。特に用はねェんじゃねェかと言ったが、アンタおれに診てもらいに来たのか」
「いや、私は友達に会いに来ただけだ。まあその
「そんなもんたまたまで食らうなよい」
マルコはじろりと私を睨んだ。
「医者への報告は正確にしろよい」
「対象が一人なわりに即死性もないから使えない毒って言ってたのは聞いた。感染するタイプではないはずだ」
「誰にやられた」
「正直に言うと人体実験やってる研究所を潰しに行った……」
目の前にあったからつい……と言うと、マルコはため息をついたが、私をそっと抱えた。
「なあおい死ぬのか!? 大丈夫か!?」
私はエースに対して親指を立て、強がった。
「大丈夫だ! 肉食ったら治る!」
「それもそうか! 持ってきてやるよ!」
「吐いてるやつに食わすなよい」
食ったばかりの肉がピンク色になるのかどうか、という好奇心はぶっちゃけある。