ふらふら   作:九条空

81 / 144
リューマ

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 飛んだ先で、男が倒れていた。

 

「どうした、きみ!? 病気か、怪我か!?」

 

 私は慌てて駆けよって、男の容態を見る。

 地面につっぷしている男は着物を身につけているため、ここはワノ国だろうか。

 ひとまず男の肩を持って、ぐるんと仰向けにひっくり返す。

 苦しそうな顔をしているが、息はある。私が「大丈夫?」と聞くと、男は小さな声で、こう言った。

 

「腹が減った……」

「ああ、飢えか」

 

 私はほっと胸をなでおろした。なにしろ私は医者ではない。

 倒れた原因が病気でも怪我でも、してやれることはほとんどないのだ。

 背負って医者のところに運んでやるというのも難しい。

 途中で私が飛ばされた場合、道連れにしてしまうからだ。そのへんでぶっ倒れていた方がマシな状況に、私が追いやってしまう可能性を考えると、そんな迂闊なことはできない。

 妥協として医者を探してここまで連れて来る、になるが、そんな悠長な時間があるかはわからない。

 

 ともかく、飢えというのなら話は簡単だ。

 

「きみは運がいいね!」

 

 私は笑顔で、ポケットからハンカチにくるまれたビスケットを取り出した。

 このタイミングで、ここに飛ばされたのはなにかの縁だろう。

 私は今諸事情により、ちょっとビスケットを見たくないくらいなのに、ポケットにビスケットが満ち満ちているという、特殊な苦行を経験しているところだったのだ。

 

「これは世界でいちばんおいしいビスケットだが、きみにあげよう」

 

 私がそう言うや否や、男は起き上がってビスケットを鷲掴みにし口に放り込んだ。

 口をハムスターのようにパンパンにしながら、男は「ふぁんふぁへは!」と言った。

 

「うん、話は食べ終わってから聞こうね」

 

 何を言っているかさっぱりわからなかった。

 素晴らしい早食いっぷりである。私もこれくらい大食漢だったら、あのときもっとビスケットを食べられたのかな。

 

「悪いが飲み物は持ってないんだ。井戸なりお店なり、探してこようかな……」

「いや、大丈夫だ。どうも、ごちそうさまでした」

 

 あぐらをかいた男は、手を合わせて食事の挨拶を述べた。

 私はそれに素直に感心した。あれだけの量のビスケットを一息に食べておきながら、むせもせず飲み下し、そのまま喋るとは、相当のつわものである。

 

「この御恩は、命に代えてでも必ず返します」

 

 深々と頭を下げられたので、私もつられて頭を下げる。

 

「いえいえ、こちらこそ、食べてくれてありがとう」

「これほど美味な菓子は初めて食った! さぞかし貴重なものだったろう。それを見も知らぬ男に分け与えてくださるとは、なんたる慈悲」

「うんうん、おいしいよね」

 

 ビスケットの味を褒められ、私は上機嫌になった。

 

「これは友達のこどもが作ったお菓子なんだ。小さい頃からお菓子作りに興味のある子だったけど、いつのまにかここまで上手になってたなんて感無量でさ。あの子を知らない人にまで褒めてもらえるとうれしいなあ! 絶対伝えるよ、おいしかったって」

「ああ、必ず伝えてくれ。大変美味だった! と」

「見るに、足りなかったよね? けど今は食べ物をそれしか持ってなくてさ」

 

 念のためポケットを確認するが、ビスケットはもうひとかけらも残っていない。

 私はきょろきょろと周囲を見渡した。なにもない荒野だ。

 

「川が近くにあるなら魚とろうか? 私得意だよ」

「それはあったらやってる」

「そうか、そうだね?」

 

 腰に業物を差していることから、彼が剣士であることは明白だ。一目見れば強いとわかる。

 泳ぐ魚をとるくらい、造作もないだろう。

 つまりこのへんには魚がいないのだ。たぶん食べられる獣もいないだろう。

 

「虫とかは?」

「それもあったら食ってる」

「そうかあ」

 

 死ぬよりはなんでも食べたほうがマシだものな。

 人が餓死しかけているのなら、食べられる虫も植物もないと考えていいのだろう。

 

「じゃあ人を探そう」

「人は食わん」

「それは私も食わねえ」

 

 この流れだと人を食う流れになってしまうのか、迂闊だった。

 人というか、探すべきは人里だ。

 

「今ちょっとならお金を持っているから、どこか食事のできるところならおごってあげられるけど……」

「なんと、そこまでしていただけるのか」

 

 かたじけない、と言いつつ男はおごってもらう気である。潔い。

 人間食べられるときに食べておくべきなので、この対応は間違っていない。

 私は笑って、地べたに胡坐をかく男に手を差し伸べた。彼は私の手を掴んで立ち上がる。

 

「私、きみのことが気に入った。よし、そうと決まったらはやく行こう、途中で私どっかに行っちゃうかもしれない」

 

 今のところは浮足立つ感じがしないために彼の手を取ったが、いずれそれすらも危なくなるだろう。

 かといってお金を先に渡しておくというのもためらわれるのだよな。

 その、私が今持っているお金、ちゃんとこの時代より後に作られたものかな……という問題がある。

 未来と過去が前後するような異物を残してしまうとちょっと問題だ。それでいうと私のお金が未来のものだった場合、お店で使うのもはばかられるが――でも個人に渡すよりはお店で使う方がマシなんだよな、足がつきにくいから。犯罪者に寄った思考だが、私は海賊である。

 

「急ぐ旅か?」

「いや、超ド級の迷子」

「なんと。では目的地まで送ろう」

「大丈夫だよ。でも私が目の前で消えても気にしなくていいからね」

「それほどの迷子か」

「うん、それほどの迷子」

「なんだ、心配だな」

 

それを聞いて、男は私への対応を変えた――つまり恩人への敬意はそのままに、幼子を見るような目に変わった。コラッ、方向音痴の大人もいるんですよ。

 

「手をつないでてやろうか」

「遠慮するぜ。この迷子はな、感染するやつだから」

「なに!? 迷子って病気なのか!?」

 

病気級の迷子という意味なら正しい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。