ふらふら   作:九条空

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レベッカ/キュロス

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

「おや、レベッカ。久しぶりだね」

「えっと……?」

 

 数日かかったが、会いたい人に会えた。

 私は屈んでレベッカと視線を合わせると、できる限りの優しい顔をして、可能な限りの穏やかな声を出した。そうしないと、彼女を怖がらせてしまいそうだったからだ。

 

「警戒しないでくれ。きみは幼かったから、私のことを覚えていないんだね。お父さんとお母さんは?」

「……いない」

「いない?」

「お母さんは死んじゃった。お父さんはいない」

 

 私は一瞬、心にぽっかりと穴が開いた心地がした。

 友の死を、友の子から聞かされるのは、なんと深い絶望だろうか。

 だがこんなところで泣き崩れるわけにはいかない。私には知らなければならないことがある。

 

「……大変だったんだね。今はひとり?」

「兵隊さんがいるよ」

「それは誰だ? 信頼できる人間なのか?」

「兵隊さんは私と一緒にいて、守ってくれる!」

 

 私はかつてウタに尋ねたように、里親を探しに行こうかという提案をするのはやめた。

 レベッカの発言は心からのものであった。兵隊さんを心から信じているのだろう。

 

 不自然な足音が聞こえ、私は目を光らせる。

 レベッカにとっては信用できても、私にとって同じほど信用に足る人物かはわからない。

 特に()()だというのなら、規律を守る人物のはずだ。

 往々にして、この世界の規律は、それ自体が狂ってしまう。

 レベッカに近づく前に、小さな影を捕まえる。

 

「兵隊さんになにするの!」

「こら、レベッカ。彼女は危ない人じゃない」

 

 私に持ち上げられても、兵隊さんは動じず、慌てるレベッカに落ち着くよう言った。

 彼の胴を持って、近くでよく見る。

 兵隊さんの名前通り、ブリキのおもちゃだ。動力も見当たらないのになぜか動く。

 面影などない。だが私は、確信に近いものを持っていた。

 

「バカバカしいことを聞いてもいいだろうか」

「ああ、構わない。なにしろ私はおもちゃだから!」

 

 ブリキの兵隊は私の手から飛び降りると、ブリッジのような不思議なポーズをとった。

 決めポーズ……なのか?

 この不器用さに、私は覚えがある。

 

「きみ、キュロスか?」

「! あ、あなたは……」

 

 ブリキのおもちゃの表情は変わらない。しかし動揺は見て取れた。

 我々は大事な話があるからとレベッカから離れ、2人向き合った。

 

「なぜ私のことを覚えているのです?」

 

 それは、彼がキュロスであることを認める発言だった。

 

「どんな姿になっていても、友のことを忘れはしない」

 

 私は普段、人の面影ばかり追っている。

 赤ん坊の頃に出会って、次の瞬間老人になっているような人々を、私は友かどうか見分けなければならない。

 見分けることが出来なければ、私は友と気づかず斬り伏せてしまうかもしれないのだ。

 彼らが同一人物であることを判別するには、見た目よりもっと本質的なものを覚えておかなければならない。

 声色、表情、動作、瞳、あるいはもっと深く、魂のようなそれらを、私は覚えている。

 ……その、ビスケットに全身覆われてるとかになってくると、ちょっとすぐに反応できない時もあるのだが……。

 

「……理由はわからない。だが……世界中から忘れられ、体もおもちゃに作り替えられ……それでも尚、私を友と呼んでくれる者に出会えるのは……! なんと嬉しいことだろう……!!」

 

 おもちゃまみれの深い穴で目を覚ましてから、私はドレスローザについて調べた。

 リク王が最低の王だと蔑まれ、ドフラミンゴが王をやっている時代に飛んでも、私の知りたいことはわからなかった。

 なぜドフラミンゴが王になり、なぜドレスローザに生きたおもちゃが溢れかえっているのか。

 なぜ私の知る人々がドレスローザから消え、消えたことをドレスローザの誰もが気にしていないのか。

 その理由を今、私は知ろうとしている。

 

「このブリキの体から涙が出ないのを、本当に残念に思う」

 

 私はキュロスからすべてを聞いた。

 ドフラミンゴの所業、彼の配下シュガーの能力、おもちゃたちの絶望、トンタッタ族への虐げ――。

 途中、何度耳を塞いでしまいたくなったかわからない。だからだ。

 ()()()私は、中々ここにたどり着くことが出来なかった。

 私はキュロスを見ていられず、項垂れた。

 

「人の身じゃない。足がない。スカーレットも……」

「ああ……守れなかった」

「……ごめん」

「なぜ謝るのか! すべての人々から忘れ去られたおもちゃたちのことを、あなただけは覚えている! これが我々にとってどれだけの意味を持つと思う! あなたは希望だ!」

 

 ホビホビの実の能力が私に作用しない理由は、いくつか思い当たる。

 しかし、それに意味があるだろうか。私たった一人が彼らを覚えていて、それで世界は変わるのか。

 

「力になれるだろうか。私は……いつも、大切な戦いに参加できない。一手遅い。それは、私が心から望むことができないからだ。私はこの力の使い方を知っている。それなのに……」

 

 制御できないのは能力ではなく、私の()()だ。

 この悪魔の実の力で、私はいつでも望んだ時と場所に飛ぶことができる。

 私は心から望めば、望んだ時間と場所に飛ぶことができるのに、()()ができない……!

 

 私の心は矛盾だらけだ。いつも相反する考えに囚われている。

 

 平穏を心底望んでも、どこかで焦りを覚える。

 私が血を流していない間に、私の友がどこかで苦しんでいるのではないか?

 私が笑っている間に、彼らはどこかで傷つき、望まぬ死に瀕しているのではないか。

 そう思えば、私は大人しく平穏を望み()()()ことができない。

 

 だが戦いを望み続けることもできないのだ……私は痛いのが嫌いで、人など殺したくもない。

 なにも斬りたくない。血など見たくない。自分のものでなく、他人の血なら尚更だ。

 

 ただ強く願うのは、いつだって友の幸せだ。

 彼らはいつも世界のどこかで、その幸せを、死と暴力によって奪われそうになっている。

 だから私は、死と暴力を心から願わなければ、彼らを救うことができない。

 

 苦しむ誰かを救いたいと思いながら、私は同時に、苦しみのすべてから目を背けてしまいたいと思っている。

 見ないふりをしたい。知らないふりをしたい。もう私を苦しめないでくれ。きみたちの苦しみをこれ以上知りたくない。それは私にも同じだけの苦しみになって返ってくる。

 

 だがそれは叶わぬ願いだ。

 同時に私は、どうしても知りたいと思うのだから!

 

「人の気持ちは思い通りにならない」

 

 見透かされたようなことを言われ、私はハッと気を取り戻した。

 

 キュロスに私の能力を詳しく語ったことはない。

 彼は私がなぜ歳を取らず、おもちゃにされた彼のことを忘れず、どうして今私が苦しんでいるのかを知らない。

 

 私は今、罪悪感でたまらなくなっているのだ。彼が苦しんでいるのは私のせいかもしれない。

 私は彼を救えたはずだ。どこかの私が平穏を望んで、()()()を楽しく過ごしたから、私は彼が全てを奪われている時と場所に、助けに行くことができなかったのではないか――。

 

「ドレスローザを支配しきったと思っているドフラミンゴに、我々は思い知らせてやることができる。忘れ去られていたとしても、言いなりになっていても、我々は確かにここにいるのだ!」

 

 今ここで泣き崩れるわけにはいかない。そんな権利は私にはない。

 

「キュロス。きみが命を懸けて戦うことを決めた時には、必ず私を呼んでくれ。強く、心から! 私はきっと、友の願いには応えることができる。きみが望めば、私もそこに行ける。信じたいんだ」

 

 意気地のない私は、いつでも逃げ出したいと思ってしまう。

 私が自分の願いを見失ったとしても、友がいるのなら――私を思う友がいてくれるのなら、私は迷子にならない。

 

 次こそは、必ず助けに行く。

 例えそこが血にまみれ、死体の積み上がった戦場でも、必ず。

 どうか心変わりしないでくれと己に祈りながら、私は強く、強く願った。

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