ふらふら   作:九条空

88 / 144
ルッチ

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。

 

 場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。

 それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。

 

 私はバーのカウンターで酒を飲んでいた。

 

 健康ではない。

 骨折は3か所、ヒビはもっと、縫い傷も新鮮で血が滲む。

 

 ひとりで酒を飲むなどいつぶりだろう。

 私はそれほど酒が好きではない。

 酒が好きな友人が多いからよく勧められるくらいで、自ら進んで飲みたいと思うのは、大抵ひどく気分の落ち込んだ時だ。

 だから飲みたいと思わない。

 

 だが飲まずにはいられなかった。

 正気のままでは、取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。

 

 ウイスキーのロックグラスをテーブルに置いて、私はカウンターの中を見た。

 そこには先ほどまでいたマスターはおらず、別の男が立っていた。

 

「転職したのか?」

「いいや。ちょっとした部署移動でね」

 

 冗談を言えるタイプだったんだな。意外だ。

 仮面をつけていても、彼が誰だかわかる。ロブ・ルッチだ。

 部署の移動はバーテンダーではなく、CP-9からCP-0へのものだろう。出世と思っていいのかな。

 彼らの組織図は詳しくないが、きっとイージスという名の方が知られている。

 

「悪いが今は人と飲む気分じゃない。出直してくれ」

 

 ルッチは無言で、テーブルの上に一通の手紙を置いた。

 手紙の配達員にするには、随分な役不足だ。

 私は苦々しく手紙を見つめ、ウイスキーを飲み干した。

 ただでさえ気分が落ち込んでいるというのに、追い打ちでもかけるつもりなのか。

 

「返事は1000年後でいいか?」

「返事を預かる任は負っていない」

 

 なんだよ、一方的か。なんのための手紙だというのだ、まったく。

 私はため息をついて、封を開けた。この場で開けなきゃ面倒なことになるのは明白だった。

 紙面に目を通す。案の定ロクでもない内容だったので、私はその場で破り捨てた。

 私に会いたいというのなら、もうちょっと言い方ってもんがある。

 お茶菓子がありますとか平和なことを書けないのか。

 

「私はたくさん友達をつくっている」

 

 ルッチの任務が私に手紙を渡すことだけだというのなら、私が手紙を破いたのは()()にならない。

 今何を話したって、私のひとりごとだ。

 空になったグラスを持つ。ルッチはおかわりをくれないだろうな。

 

「この世界の中に、たくさんの大事な友達を乗せていないと――ぶっ壊したくてたまらなくなるから」

 

 手のひらの中でグラスが砕けた。

 

 これは破壊衝動ではない。

 私にとってこの世界は壊れ物のようだ。丁寧に接していないとすぐに崩壊してしまう。

 私のやりたいようにやってはいけない。世界は繊細で、私は大雑把だ。

 

 しかしある時、なにもかもがどうでもよくなってしまう瞬間というのは訪れる。

 大切に持っているマグカップを、うっかり落として割ってしまう――そのくらいの気軽さで、私は世界を終わりにしてしまえる。

 

「だからきみも、私からあまり友達を奪ってくれるな。私はある日突然なにもかもどうでもよくなって、世界を滅ぼしてしまうかもしれない」

 

 世界をめちゃくちゃにするくらい、やろうと思えばいくらでもできる。

 やれるのならば、いつ魔がさしてもおかしくない。

 いつでも、それをやらない理由を探し続けている。

 

「守るより壊す方がよほど簡単だ。きみもそう思わないか?」

「ああ。だからお前を殺す方がよほど楽だ」

 

 ルッチは五老星とは違う考えを述べた。

 私と五老星の意見は大変不本意なことに、おおむね一致している。

 私を殺すのは簡単でも、死んだ後の処理が面倒だ、という一点において。

 

 私が死ねば、悪魔の実がどこかで新しく生まれてしまう。

 誰かがその実を食べる前に確保できるのか?

 できなかった場合、次にその実を食べた者は私よりも良心的だろうか?

 良心はあっても技術は? 戦闘力、生存力、その他もろもろ、私より()()か?

 

 彼はそこまで考えた上で言っているのかな。

 CPってみんな表情が読めないから苦手なんだ。

 私を生かすより殺す方が良いと思うのなら――

 

「やってみろよ、()()()()()

 

 そもそも私を殺せるのか?

 私が挑発的に笑うと、ルッチの毛が逆立つ。

 

 ああ、彼って意外とわかりやすい方だった。

 

 私の座っていた席が吹き飛ぶ一瞬前に、後方に跳ぶ。

 酒場の壁を蹴って方向転換し、喉笛を掻き切ろうとする爪を避けた。

 

 気分の落ち込んだ時には、殺し合いが気晴らしにちょうど良い。

 細かい思考をそぎ落とし、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだけを考えることができる。

 

 ルッチの蹴りを屈んで避けると、壁に穴が開く。

 火照った頬に当たる夜風が心地よい。

 

 もう少しじゃれさせてもらおうかな。

 彼を殺す気などないが、その仮面くらいは剥したい。

 

 私は笑って獲物を抜いた。

 さあ、不殺を決めた時の私の剣は鋭いぞ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。