あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
私はバーのカウンターで酒を飲んでいた。
健康ではない。
骨折は3か所、ヒビはもっと、縫い傷も新鮮で血が滲む。
ひとりで酒を飲むなどいつぶりだろう。
私はそれほど酒が好きではない。
酒が好きな友人が多いからよく勧められるくらいで、自ら進んで飲みたいと思うのは、大抵ひどく気分の落ち込んだ時だ。
だから飲みたいと思わない。
だが飲まずにはいられなかった。
正気のままでは、取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
ウイスキーのロックグラスをテーブルに置いて、私はカウンターの中を見た。
そこには先ほどまでいたマスターはおらず、別の男が立っていた。
「転職したのか?」
「いいや。ちょっとした部署移動でね」
冗談を言えるタイプだったんだな。意外だ。
仮面をつけていても、彼が誰だかわかる。ロブ・ルッチだ。
部署の移動はバーテンダーではなく、CP-9からCP-0へのものだろう。出世と思っていいのかな。
彼らの組織図は詳しくないが、きっとイージスという名の方が知られている。
「悪いが今は人と飲む気分じゃない。出直してくれ」
ルッチは無言で、テーブルの上に一通の手紙を置いた。
手紙の配達員にするには、随分な役不足だ。
私は苦々しく手紙を見つめ、ウイスキーを飲み干した。
ただでさえ気分が落ち込んでいるというのに、追い打ちでもかけるつもりなのか。
「返事は1000年後でいいか?」
「返事を預かる任は負っていない」
なんだよ、一方的か。なんのための手紙だというのだ、まったく。
私はため息をついて、封を開けた。この場で開けなきゃ面倒なことになるのは明白だった。
紙面に目を通す。案の定ロクでもない内容だったので、私はその場で破り捨てた。
私に会いたいというのなら、もうちょっと言い方ってもんがある。
お茶菓子がありますとか平和なことを書けないのか。
「私はたくさん友達をつくっている」
ルッチの任務が私に手紙を渡すことだけだというのなら、私が手紙を破いたのは
今何を話したって、私のひとりごとだ。
空になったグラスを持つ。ルッチはおかわりをくれないだろうな。
「この世界の中に、たくさんの大事な友達を乗せていないと――ぶっ壊したくてたまらなくなるから」
手のひらの中でグラスが砕けた。
これは破壊衝動ではない。
私にとってこの世界は壊れ物のようだ。丁寧に接していないとすぐに崩壊してしまう。
私のやりたいようにやってはいけない。世界は繊細で、私は大雑把だ。
しかしある時、なにもかもがどうでもよくなってしまう瞬間というのは訪れる。
大切に持っているマグカップを、うっかり落として割ってしまう――そのくらいの気軽さで、私は世界を終わりにしてしまえる。
「だからきみも、私からあまり友達を奪ってくれるな。私はある日突然なにもかもどうでもよくなって、世界を滅ぼしてしまうかもしれない」
世界をめちゃくちゃにするくらい、やろうと思えばいくらでもできる。
やれるのならば、いつ魔がさしてもおかしくない。
いつでも、それをやらない理由を探し続けている。
「守るより壊す方がよほど簡単だ。きみもそう思わないか?」
「ああ。だからお前を殺す方がよほど楽だ」
ルッチは五老星とは違う考えを述べた。
私と五老星の意見は大変不本意なことに、おおむね一致している。
私を殺すのは簡単でも、死んだ後の処理が面倒だ、という一点において。
私が死ねば、悪魔の実がどこかで新しく生まれてしまう。
誰かがその実を食べる前に確保できるのか?
できなかった場合、次にその実を食べた者は私よりも良心的だろうか?
良心はあっても技術は? 戦闘力、生存力、その他もろもろ、私より
彼はそこまで考えた上で言っているのかな。
CPってみんな表情が読めないから苦手なんだ。
私を生かすより殺す方が良いと思うのなら――
「やってみろよ、
そもそも私を殺せるのか?
私が挑発的に笑うと、ルッチの毛が逆立つ。
ああ、彼って意外とわかりやすい方だった。
私の座っていた席が吹き飛ぶ一瞬前に、後方に跳ぶ。
酒場の壁を蹴って方向転換し、喉笛を掻き切ろうとする爪を避けた。
気分の落ち込んだ時には、殺し合いが気晴らしにちょうど良い。
細かい思考をそぎ落とし、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかだけを考えることができる。
ルッチの蹴りを屈んで避けると、壁に穴が開く。
火照った頬に当たる夜風が心地よい。
もう少しじゃれさせてもらおうかな。
彼を殺す気などないが、その仮面くらいは剥したい。
私は笑って獲物を抜いた。
さあ、不殺を決めた時の私の剣は鋭いぞ。