あっちへふらふら、こっちへふらふら。
私は不思議なきのみを食べてから、根無し草になった。
場所も時間も関係なく、あちこちに飛ばされる。
それでも平気なのは、帰る場所があるからだ。
「ちがう……!」
私は左手で頭を抱えた――右手はロシナンテとつないでいるため、私は片腕しか自由でない。
その不自由さに苛立ちを覚えながらも、自分の責任だから飲み込むしかない。
見渡す限りの森。
私は植物に詳しくないため大して違いもわからないが、この森はそれなりに特徴的だった。
珍しい花々が咲いている。嗅いだことのないにおい。
「どこだここ……! 本当に初見……! もうだめかも……!」
何が足りない……!? 覚悟か、希望か、具体的な都市名か!?
私が膝から崩れ落ちそうになっているのを、ロシナンテがおろおろしながら慰めた。
「ちょっとは休憩したらどうだ?」
「怪我人連れまわしまくってごめんね……」
「そういう意味ではねェんだが」
数日前、雪国でほぼ死体になっていた男を、私は無遠慮に連れまわし続けている。
数撃ちゃあたると言ったが、こんだけ数を撃たせられると、さすがの私でも絶望してくる。
本当に私は、彼を無事な時間軸に送り届けることができるのだろうか。
「あ、腹減ってるか!? これ食えそうじゃねェか?」
「知識のない植物を食うのは無謀だろ……ウワーッ!?」
ロシナンテが指さした、彼曰く食べられそうな植物は、彼に牙をむいた。
文字通りの牙だ。ロシナンテは頭から食べられた。食人植物だ。
呆気にとられたが大変である。
この植物が一瞬で人を融かす酸でも持っていたら、丈夫なロシナンテだろうが、ハゲるくらいするかもしれない。
「大丈夫かん!」
何らかの弾が飛んできて、ロシナンテをかじっている植物に当たった。
すると植物はロシナンテを吐き出した。
我々を助けてくれたのは、カブトムシのような甲冑に身を包んだ男だ。
目元に長方形の穴が開いているのでそこから視界を確保しているのだろう。それ以外の露出は見当たらない。
「助かったよ」
「私の名前はヘラクレスン」
「危ねェとこだった……ありがとな、ヘラクレスン」
迅速な名乗りをあげてもらったため、我々はすぐに彼の名前を呼ぶことができた。
自己紹介は大切だ。彼は今後とも我々とよろしくやるつもりがある、という意思表示になる。
「ヘラクレスン、助けてもらったついでに、ここがどこか教えてくれないだろうか」
「ここはボーイン列島、追いはぎの森グリンストン! 入ったが最後、生きて島を出たものはいないん!」
「なにィ!? やべェじゃねェか!? おい、おれたちもう出られねェんじゃねェのか!?」
どう考えても私たちは通常の手段ではない方法で移動し続けているのに、ロシナンテはよくそんなに新鮮に驚いて心配できるな。
ヘラクレスンは別の肩書きと共に、再び名乗った。
「私の名前はヘラクレスン! 森の勇者だ!」
「森の勇者!?」
勇者か。具体的な仕事内容の思いつかない職業だ。
生きて島を出た者はいないということだったが、しかし彼が殺しているわけではなさそうだよな?
先ほど守ってもらったばかりだ。
彼ほどの森の勇者がいて尚、守りきれない過酷な森なのか。それとも、普段まるでここを訪れる者がいないのか。
その割には人の気配がするけれど、とこちらに近づいてくる人影を見た。
「おーい、スゴ腕先生ーっ! 急にどこ行くんだよ……って、あ!」
ヘラクレスンを追いかけてやってきたのは、私の仲間だった。
「ウソップ、きみ大きくなったな」
年月を重ねて大人になった、という意味での大きくなったではない。
フランキーのように改造して大きくなったわけでもない。
成長したから一回り大きく見える――というわけでも、残念ながらなかった。
ウソップは太っていた。
ルフィがこれだけ丸々としているのはたびたび目にするが、ウソップは初めてだ。
「まあちっとばかし太ったのは否めねェ……!」
まん丸のウソップは太ったことを認めたが、ちっとばかしで済む範囲ではなかった。
体型というのはデリケートな問題だし、多少の違いであれば私も口にしない。
だが2倍以上体積が増えていたら触れない方が、なんというか、逆に失礼というものでは?
「そっちは誰だ? お前が変なところに突然現れるのはいつものことだが、誰か連れてんのは初めて見るぞ」
「彼はロシナンテ、ドジっ子だ」
「ああ、今まさにドジってるぞ」
「ロシナンテーッ!?」
やけに無言だと思ったら、隣のロシナンテがウツボカズラのような植物に齧られていた。
それも頭からだ。二度目! 学んでくれ!
手を引っ張って抜け出させようとするが、引きちぎれそうでためらった――もちろんロシナンテの方が。
私が綱引きを始める前に、ヘラクレスンが放った弾によってひるんだ植物がひるみ、下がっていった。
「大丈夫か!?」
「問題ねェ」
私の安否確認に即答したロシナンテだが、問題はある。
彼なら次もまた何かに齧られるだろう、という問題が。
ヘラクレスンは、さらに別の肩書きと共に、また名乗ってくれた。
「私はヘラクレスン……ウソップンのスゴ腕先生でもあるん!」
「そうか。ウソップがお世話になっているね。そして我々も世話になった。ヘラクレスン、本当にありがとう」
ヘラクレスンの人となりを、まださほど知らないが、面倒見が良さそうだ。
ウソップを任せて問題ないだろう。
そもそもウソップ自身に見る目があるから、私が心配するまでもない。
ヘラクレスンはちょっと見ただけで強者とわかる。ウソップが師と仰ぐことを決めたのに異論はない。
「私は今迷子のロシナンテを目的地にまで送る旅をしている。それがなかなかたどり着けなくて……はァ、いや、こうなったのは私の責任でもあるから仕方がないのだが、ちょっと気が滅入ってきていたところだ……」
「こいつのドジが大変すぎて?」
「それもあるが……」
「それ以外にもあんのか? こんななのに?」
「ロシナンテーッ!?」
ウソップが指さした先で、ロシナンテはラフレシアのような食人植物に下半身を腰まで食われかけていた。
彼を助け出してから、私は大声で怒鳴った。
「頭から食われてなかったら助け呼べるだろッ! 無言で食われるなッ!」
「いや、話してるとこ悪ィかと……」
「気遣いありがとうなあ!」
手をつないでいるにも関わらず、一瞬目を離しただけでこれだ。三つ目の目が欲しい。
仲間との再会を喜んでいる時間も余裕もなかった。
「会えて心から嬉しいがウソップ、私たちは一刻も早くこの森から出なければならない」
「それは見りゃわかる」
ウソップからのお墨付きをもらった。
これ以上ロシナンテが食べられてはたまったものではない。
親切なヘラクレスンが、私たちに提案した。
「送っていくかん?」
「大丈夫だ、私には私のやり方があるからな」
名残惜しくも彼らと別れる前に、私はヘラクレスンにひとつ頼みごとをした。
「ヘラクレスン、ウソップは無茶をしがちな男だ……勇敢な海の戦士になるためには、犠牲をいとわないだろう」
ウソップが「ん?」と顔をひきつらせ、冷や汗を流し始める。
ヘラクレスンも私の言葉に異論はないようで、頷いた。
「我が生徒ウソップンは勤勉だん」
「その通り。あなたのもとで修業をしているというのなら、毎日とてつもない負荷をかけているはずだ……そうだよな、ウソップ?」
「お、おう! そうだぜ!」
あんまりそうではないらしかったが、ウソップは親指を立てて肯定した。
「時に死にかけることもあるだろう」
「え!?」
「しかし彼の修行に必要なことなのだ……ヘラクレスン、どうかギリギリまでウソップを助けないようにしてやってくれ……それが男の情けというものだ!」
「わかったん!」
「わかったんか!?」
驚くウソップに構わず、ヘラクレスンは頷いた。
森の勇者ヘラクレスンは親切な男だ。
見ず知らずの我々の命を助け、ウソップの面倒も見てくれている。ちょっと食べさせすぎだと思うが、食事制限まで面倒を見る方がやりすぎというものだ。
しかし、優しさだけでは良い師匠にはなれない。
特にウソップが生徒の場合、彼は甘えるのが上手いため、時にそれを突っぱねる厳しさが必要になるだろう。
「じゃ、がんばれよウソップ! 次に会ったら私より強くなっててくれ!」
「お、おう! この勇敢な海の戦士、ウソップ様に任せとけェ!」
ウソップは、私の無茶ぶりを結局否定しなかった。こうなったウソップは強い。
どれだけ辛かろうが、泣いて喚こうが、最後まで強がりきるだろう。
「お前が泣いて助けを求めるくらいの男になってるからな!」
頼もしいことだ。
できれば、私が泣いて助けを求める前に助けてくれた方が嬉しいのだが?