お母様、首長補佐としての心得について教えてくださったことを覚えていますか。
私の中には間違いなく残っております。戦いに私情は交えるな、というものと、その戦いが本当に必要なものなのかよく考えるように、というものです。
ええ、ええ。
言いたいことはわかります。
ミノワさんを助けて目的達成したのに、何でまだ戦ってるんでしょう。
リツカさんに援軍に来てと言われたので了承してしまったのですが、別にわざわざ温泉開発部の皆さんと戦う理由はないのです。
リツカさんに温泉開発部がいると連絡したのも、本来の目的と違うので避けてもらうつもりだったんですが、漁夫の利を狙うどころか人数不利でどうして正面衝突を選んでいるのでしょうか。
確かに今回の目標だったワナワナヘルメット団の規模と現在この地区で暴れている温泉開発部の部隊規模は近しいです。ですが得物も目的も違う相手に、同じ作戦が通用するわけがありません。それぐらいはリツカさんなら理解していると思っていたのですが、どうやら選んだのは作戦続行のようで、混乱してしまいます。
もしかすると私の手柄を、プエラ分派首長の『花羽リツカ』としての手柄を立てるために作戦を切り替えたのかもしれませんが、政治的なことを考えるなら治安維持部隊に頼らず自力で人質奪還した時点で充分にその力を示すことはできているはずです。
「……これ……ゲヘナと」
気付いてしまって、顔が引きつってしまいます。
今回の私たちの温泉開発部との激突、捉えようによっては『トリニティ』のプエラ分派と『ゲヘナ』の温泉開発部という構図になりませんか。
それはいつだったか連邦生徒会長さんが言っていた「トリニティとゲヘナを仲良くさせたい!」みたいな感じの計画に物凄い悪影響を及ぼすような気がしてしまうのですが。こちらは弱小クソザコ異端児の集まりだとはいえ、
戦場で怪しまれないようにしつつ、リツカさんを探します。
敗戦だと思われたとていい感じで撤退をしないとティーパーティーから怒られてしまいます。
私がこの後プエラ分派の寮に戻った後にボロ雑巾のようにボコボコにされるのは再び引きこもり生活をスタートするだけで最悪まあ許容できる範囲内なのですが、このままだと作戦指揮と立案を行ったリツカさんの方まで布切れにされかねません。
「うん? 知らない制服だね? よくわかんないけど、そこ一旦更地にしちゃいたいから退いてもらえるかな?」
私が何か返す間もなく放射が始まった炎が私の翼を若干焼きました。
手羽先ができてしまう前にその場を退避したのですが、ミタカさんや合流した第五班の方々とは別れてしまった様子。
火炎放射器を持った方の後ろに続いている温泉開発部の皆さんの後ろに、こちらを案ずるような目で見る彼女たちの姿が見て取れました。ひとまず彼女たちは無事に避けることができたようで、一つ安堵の息を吐きます。
てっきり攻撃の言い訳だとばかり思っていた「更地にしたいから退いてほしい」という要望は本心だったようで、後ろの部員に指示を出しながらそこら一体の瓦礫や倉庫を破壊していきます。
こちらに攻撃が来ないので、私は炙られてしまった翼を顔の前に持ってきて念のため状態を確認することにしました。火傷みたいな痛みがあるなとは思っていたのですが、見ているとやはりチリチリと焦げたような跡と、いや普通に火傷してますねこれ。
危ない危ない。避けるのが遅れていたら私は今頃焼き鳥でしたね。
「あ、今度はそっちもいい?」
他のところに向けて放出されていたその出力のまま薙ぎ払われる炎を跳躍と翼による一時的な滞空で何とかギリギリ回避して、近くにいたら同じことが起こると判断して少し距離を取ることを決めました。
おかしいですね。戦場でまた一人になってしまっています。
しかしこのままその場しのぎの回避を続けるというのも頑張っている皆さんに忍びないですし、何かしらの貢献はしたほうがいいでしょう。いや、
移動しながら段々と手に馴染んできた気がする青いスナイパーライフルを構え、私は遠くに見える大きなドリルのような機械に標準を合わせます。あれが地面に穴を穿つための掘削機みたいなものなのでしょうか。あまり詳しくはないですが、安くはないのだろうと思ってしまいます。
こちら田舎者ですゆえ、戦車や高そうな機械を壊すのは気が引けてしまうのです。
トリガーを引き、弾が射出されました。よし、最低限攻撃する姿勢は見せましたし、分派の皆さんとの合流に舵を切りたいところです。
「うわァ爆発したァ!」
「タンクに直接ぶち込まれた!」
「いやでも普通爆発しないって! 特殊弾でも使われたのか!?」
ひでぇことになっていますね。
ええ、そうです。私が適当に狙って撃った掘削機が大爆発を起こしました。普通は故障を起こすぐらいのもので、爆発はしないはずなのですが。
カスタムもリツカさんにフィットするような持ちやすさの追求と少し遠距離から撃てるようにするための改造スコープがされているぐらいで、弾は特注品でもなんでもなく普通にコンビニで売ってるやつです。ティーパーティー御用達のちょっと高めのやつではありますが、そんなヘンテコな効果が付与されたものではありません。
結構広範囲の爆発になっていたので、巻き込まれた分派の方がいないかそちらに近付いてみることにします。
「うわぁなんだお前! お前がやったのか?」
「……ええ。まさか爆発するとは思いませんでしたが」
聞かれたので、思わず答えてしまいました。
うん。周りにプエラの子はいないようですね。それを確認して思わず口角が緩みます。
さてどうするかと銃声のする方に向かおうと耳を立てていると、何やらこちら爆速で突っ込んでくるような戦闘音が聞こえます。
このままだと私の方に来てしまうなと思って移動しようとしたのですが、私が動くのを咎めるように足元に銃弾を撃ち込まれてしまいまして、足を止めて凶弾の放ち手の方に向き直ります。
そこには赤と黒のハンドガンをこちらに向ける白衣を纏った少女が立っていました。
その少女の名は、彼女が他学園の生徒であったとしても流石に知っています。
「鬼怒川、カスミさんですね」
悪名高き温泉開発部の部長さん。飄々としてつかみどころのないイメージのあった彼女が険しい表情でこちらを睨んでいて、迂闊に動くと危険な予感がします。
私が動けない間に激しいショットガンの音が近付いてきて、私の後ろで止まりました。
嫌な予感がして、首だけ後ろに向けてその姿を確認します。
「ようやくの到着ですか、正義実現委員会」
これで私も一息つけるかもしれません。
そう思ってこの場に到着したツルギさんにこの場を任せようと動こうとしたのですが、踵付近に銃弾が撃ち込まれてしまいまして、またもや離脱に失敗します。
煙が上がっているのは、ツルギさんのショットガン。
え、何で私に撃ったんでしょうか。ここで銃を向けるべきは境界線を越えて踏み込んできている温泉開発部の部長さんであるカスミさんの方では。
そう思いながらツルギさんの顔を伺いますが、私の方を注視するばかりでカスミさんの方には意識を向けていなさそうな様子です。もしかしてそこにいるカスミさんに気付いていないとかなのでしょうか。もしくは顔を知らないとか。しかしたびたび温泉開発部と正義実現委員会で衝突があったとニュースになっていたような気がするので、その線は薄いと思うのですが。
カスミさんの方に顔を戻しますが、こちらもツルギさんには目も向けず私から目を離してくれません。
それはつまり、お二人は本来最も警戒すべき相手を差し置いて、私の一挙手一投足に注目しているということ。
一体何が起こっているのか、私には判断がつきません。
「おい、温泉開発部。私がこいつを見ている間に今回は手を引け」
何を仰っているのですかツルギさん!?
その感情のままに勢いよくツルギさんの方に体を向ければ、銃声と共に翼に鈍い痛みが奔りました。
撃ったのは、やはりツルギさん。射線的にやはり明確に私を狙っています。
運が良かったのか羽が重なっている部分に当たったようで、衝撃で肩と翼の付け根が痺れはしたものの特段怪我はしていないようです。
「ふむ、その方が良さそうだ。猛禽類の躾はしっかりと頼むよ」
「……ああ、分かっている」
カスミさんまで、一体どうしたというのでしょう。
ツルギさんの提案を受け入れて、部員全体に引き上げるように命令を出してしまいました。
結局お二人は温泉開発部の撤退が大方完了するまで、私が一歩足を動かすことも許さないとばかりにこちらを見つめ続けたままでした。そして最終的にお二人は一度も相手の姿を直視することなく状況が終了しました。
そういえば、カスミさんが私の足を止めさせた理由は何だったのでしょう。きっと何か、お話があったのだと思うのですが。
「残念です」
その後ろ姿に声を投げると、カスミさんは足を止めてくださいました。
このままもう少しぐらいお話ができればよかったのですが、彼女は撤退しなければならないので、それは叶わないことでしょう。
「もう少しあなたとお話ししたかったのですが」
私がそう伝えると、彼女は結局こちらに振り返ることなく去って行ってしまいました。
今度は戦場ではなく、お茶でも飲みながらゆっくり話したいものです。あ、でもすごく険しい顔をしていたので、掘削機を破壊してしまった私への文句が言いたかっただけかもしれません。やっぱり私が壊してしまったこの機械、とんでもなく値が張る代物だったのでは。
値段を調べるのが怖くなりましたが、戦闘は終了したので私も帰路につくことにします。
なんだかんだツルギさんとカスミさんの話し合いで平和的に終了したので、トリニティとゲヘナの対立構図は避けれたのでは。プエラ分派も程々で撤退することになって
「……おい」
また、ツルギさんに止められてしまいます。
正直に言うと、理由もわからないまま攻撃された後なので少しばかり怖いなという感情を抱いてしまっているのですが、かといって治安維持部隊の長である彼女の制止に逆らうわけにもいきません。
足を止めて彼女の方を振り返れば、ヘルメット団の拠点の時と変わらず鋭い視線で私を射抜いてきます。知らないうちに何か不味いことをしてしまったのでしょうか。いや、その場合はノータイムで拘置所行きでしょうし、そんなことはないはずなのですが。
「やり方を変える気は、ないんだな?」
やはり彼女の言うことは迂遠すぎて、よくわかりません。
ツルギさんは何を指して『やり方』と言っているのでしょうか。
こういったやり取りがトリニティの上層部では当たり前なのであれば、私はやっぱり引き篭もりで高校生活を終える方がいい気がします。分派を率いる者として覚えていかなければならないのでしょうけれど、あまりにも難しいと言わざるを得ません。
先ほども何かあればツルギさんが私を連行するみたいなことを言っていましたし、誰かと間違えられているのかもしれません。
であればやはり、私がお伝えできるのはその事実のみ。
「知りませんね、やはり」
人違いだと、これで伝わればいいのですが。
さて寮に戻れば人間から雑巾へのフォルムチェンジが待っているので若干武者震いがしていますが、避けられぬ運命なのでさっさと済ませてもらうことにしましょう。
そう思っていたのですが、寮に戻っても特にお咎めはなく。
内心で両親に実家の部屋の掃除をお願いしたのも無駄になってしまいました。本当にメールを送っていなくてよかったと胸を撫で下ろしつつ、まだこの奇妙な入れ替え生活が続くのかと思うと不思議な感覚です。
まあ今はひとまず、無事に目的が果たされたことを喜ぶことにしましょう。
ええ、なので郵便物は明日の確認とさせてください。
ティーパーティーからの茶会の招待状なんて、絶対面倒事に違いないのですから。
というわけで首長就任後の最初の事件、完了となります。
この子を書くのがすごい楽しいので一個目の事件だけでバカみたいな文字数に。30話前後で終わるつもりだったんですが、このペースだと50話とかになってしまうのでは。
しばらくは主人公視点で書くつもりなので、主人公がどんな勘違いを受けているか想像しつつ、お楽しみください。ちなみにタイトル回収は最終話付近なので相当先です。