お父様、私をミサに連れて行くのは、決まってお父様でしたね。
我々はそこまで熱心な信者ではなかったので毎週教会に行っていたわけではありませんでしたが、そこで教わった作法は間違いなく私の中に生きています。ですが一つだけ。
もう少し大きな教会の歩き方を、教えておいていただけると助かったのですが。
はい、私は迷子になりました。
シスターフッドの教会に意気揚々とやってきたのはいいのですが、シスターフッドの秘密主義を考えると書庫は一般公開されていないでしょうし、そもそも広すぎてどこに何があるのかわかりませんでした。
ミタカちゃんに引っ張られてきたミサのついでなので私の出不精が機能しなかったのは良いことだったのですが、シスターフッドという組織が一介の教会とは一線を画す組織であることを失念していました。
ミサが行われた聖堂だけでも私の故郷の教会がすっぽりと収まってしまいそうな広さでしたし、シスターフッドという大きな派閥の拠点が必要であることを考えると建物も一つや二つでは済みません。寮一つと執務用の学校の一室を借りてどうにかなる
「あの、何かお困りですか?」
声を掛けられたので振り向けば、私より少しだけ背の高い
いえ、獣耳自体はベールで覆われているのでその存在自体はシュレディンガーさんのご高説通りなのですが、その形状で獣耳はありませんはありえないでしょう。きっと猫耳です。
シスターさんの獣耳についてはともかく、困っていたのは事実ですので素直に資料室の場所を聞いてみることにしました。
するとシスターさんの顔がみるみる曇っていかれまして、理由を聞けばどうやら機密文書も多いので許可を取らなければならないそうです。持ち出し禁止の書物もそれなりにあるようで、誓約書やら何やらを書いた上でシスターフッドの幹部同行、書物に触るのも同行している幹部の人に取ってもらって専用の読書台の上でとのことです。
予想していたことではありますが決まりが厳しいですね。
「対応できる人がいるか確認してきますので、少々お待ちいただけますか」
手続きをお願いしたいと言ったらシスターさんにそう言われたので、おとなしく近くのものを見ながら待っておくことにします。
こういう歴史的な建物は廊下であろうと細かい装飾があったり変な隠しの仕掛けがあったりするので面白いですよね。あの装飾は確か魔除けのようなものだった気がしますし、こちらは悪しき物を隔てる境界を意味するものだと教わった気がします。おや、分かりにくいですがその意匠は床にも施されていますね。なかなか意味深です。
物語の中とかだとこういうのが目印になっていて、ここの壁みたいなレンガ調のところのどこかを押すと隠し扉が開いたりするものです。実際の建物ではほとんどないのですが、想像すると面白いですよね。えい。
――ガコン。
…………ガコン?
「何をされているのですか?」
いきなり後ろから声がかかって、飛び上がりそうになるのを抑えます。
そりゃ声を掛けられますよね。普段使っている場所の廊下に突然人ひとりが通れるサイズの通り道ができて、しかもその道を開けたのはシスターフッドの生徒でも何でもない他派閥の生徒なのですから。
ここはちゃんとうっかりだということを、悪戯のつもりだったと
驚愕の表情か、はたまた困惑か。難しいところですが、困惑の表情を作るのって難しい気もするので驚いている
鏡がなくて確認できませんが、目をぐわっと開いて口も中途半端に開けて、驚いている感じを演出します。もうちょっと口はストンと落としてもよかったかもしれません。頬の筋肉がプルプルして苦笑している感じになってしまっている気がしないでもないので。
しかし何も反応を起こさないのはあれなのでその状態で振り向けば、向き合った威厳のある方の表情が引き締まったように見えました。これは警戒度が上がってしまったのでは。
「出来心だったんです」
真剣にこちらを見てくる視線に気圧されて、目を閉じて顔を伏せます。
「足元に境界を示す意匠が見えたので、何かあるかと思ってしまいまして」
まさか本当に仕掛けがあるとは思わないじゃないですか。
自身の行動の理由を素直に話して、その場から動かず処断を待ちます。
これって器物破損とかになるんでしょうか。仕掛けを起動させただけですし情状酌量をもらえたりしませんかね。それでも機密漏洩にあたるので
シスターフッドだと磔刑の後に火刑か、あるいは地下室で拷問の末に秘密裏に処理して表では行方不明として扱われるみたいな感じでしょうか。
お母様、お父様、申し訳ありません。先立つ不孝をお許しください。
「確かに、よく見ると意匠が入っていますね」
近付いてきた足音に震えて待っていると、すぐ側からそんな言葉が飛んできました。
目を開ければ、しゃがみこんで足元の意匠を確認していたようです。見やすいように脇に一歩だけ下がって、その様子を見守ることにします。
これは許されたのか、はたまた束の間の安心を与える高度なテクニックなのか。
そんなことを考えているうちにシスターフッドのトップたる彼女は先ほどのシスターさんに何か指示を出してこちらを向きました。
いや、私も流石にサクラコさんのことは知っていますよ。入学前にお母様に言われて次期トップ候補の方々のことは一通り調べさせられましたから。黒い噂が絶えないシスターフッドの中でも、外部に影響力を持とうと画策する野心家だったと記憶しています。
「わざとではないようですし、こちらは新発見の功績と打ち消しという形に致しましょう」
「感謝いたします」
「それはそれとして、資料室の利用の件なのですが、別室でお話を伺ってもよろしいでしょうか」
許されたと思ったのも束の間、人気のない個室に連行されることが決定しました。
これはもしかすると往来では許した風に見せて別室で始末するための方便というやつではないでしょうか。しかし私が資料室の利用を申請したことも事実ですし、判断が難しいところですね。
先ほどの
そんな私の思考時間を無に帰すように、調査部隊の到着と共に応接室のような場所に通されて普通に資料室利用の説明を受けました。すごく丁寧でわかりやすい説明でした。
さりとてここはシスターフッド。何をしてくるかはわかりません。変な一文がないか誓約書の文面を睨みますが、特段おかしなところはなく。
「そういえば、何の文書をお探しなのですか?」
誓約書の記入を終えて日程調整用にモモトークを交換した後に、サクラコさんからそんなことを聞かれました。
私は先日ウイさんにした説明をもう一度行います。
シスターフッド的にタブーが含まれていたらこの部屋から出れないんだろうなと考えていたのですが、サクラコさんは普通に「探しておきますね」と返してくれました。聞いていたよりも随分と穏やかな方なのかもしれません。
私を安心させて後々裏からこっそり始末するつもりである可能性は否定できませんが、ひとまずこの場を脱出すること自体は叶いそうです。
「では、また今度」
応接室を出てからそう言葉を交わし、サクラコさんと別れます。
何だか廊下にいた皆さんがこちらを見て何か話されていたのですが、こちらに聞こえないように話していたようで内容はわかりません。耳には自信があったのですが、教会のどこかで聖歌の練習をされているようで混ざってしまいました。
サクラコさんと別れて用事も完了したため分派に戻ろうとしたのですが、そもそも私が迷ったのはこのシスターフッドの建物が広いからであったことを失念しておりまして。
気が付けばいくつかの小部屋が並んでいる場所に到着していました。
とても静かな場所で、そこに響くのは私の足音だけ。防音加工がされているのか、部屋の中から音が漏れてくることもありません。
ここはきっと、告解室が並んでいるのでしょう。ここまで厳重なのはたしか、サクラコさんがより安心して告白ができるようにと改装したと聞いた覚えがあります。
折角の機会ですし、入ってみることにしましょうか。
いくつかの部屋の中から、小窓にカーテン*1のかかっていない部屋の中から、人が入っていない部屋を探します。
念のためノックをしたのち入室して、司祭さんのいる部屋と繋がる小窓が開くのを待ちました。
こちらがあまり手順に詳しくないことを配慮してなのでしょう。告解室の中に告解の手順や定型文が書かれた紙が置いてありました。
少ししてから小窓が開き、司祭さんと共に最初の祈りの捧げます。
何だかどこかで聞いたような声だった気もしますが、次は私が話す番になりました。罪の告白と言っても相談みたいな軽いものや聞いてほしい悩みを話すでも構わないとのことでしたので、そのお言葉に甘えることにします。
「リツカさんと名前を入れ替えている現状は、プエラ分派の皆さまを騙しているようなものです。初めにリツカさんと間違われた段階で言い出せればよかったのですが、人と話すのが怖かった私は何も言えないままその場をやり過ごしてしまいました。ヘルメット団との一件で『花羽リツカ』の分派内での評価は上がりましたが、それは本来私ではなく彼女が受け取るべきだった
話し出してみれば、するすると出てくる言葉たち。
図太くなったつもりでいたのであまり意識していなかったことではあるのですが、思っていたよりも私の弱い部分にいろいろ蓄積されていたものはあったようで。
「もともと私は、入学して一か月で心が折れた弱い生徒にすぎません。初動を間違えて、爪弾きにされて、プエラ分派であることを貶されて、たったそれだけで引きこもってしまった普通以下の人間でしかありません。入学する半年前は自分がトリニティに行くことすら知らなかった私です。お母様から受けた三カ月の詰め込み教育程度では足りなかったし、今も本当の私が見えてしまわないかずっと、ずっと不安に思っているんです。今度破綻して同じような目に遭ったら、その時私は正気を保てる自信がありません。自覚できるところでは内心ボロ雑巾だとか布切れになるだとか茶化していますが、もっと奥の方ではずっとそれを恐れていて、でももうそれを受け入れて半ば諦めてしまっている自分がいることもまた事実です」
小窓の向こうの司祭さんは、何も言わずに私の言葉を聞いてくれます。それがこんなにもありがたいことだとは思いませんでした。
今の私は少しおかしくて、本当に、本当にちょっとだけ、ネガティブになってしまっただけなのです。
だからもう少しだけ、この瞬間だけ。醜い心の内を、吐き出させてください。
「不満も怒りも、本当はいっぱいあるんです。何で、何で私だけでヘルメット団と戦わなければならなかったんですか。皆さんと同じ部隊の一員として作戦に参加するのではダメだったんですか。そこまで強くないのに頑張らなきゃいけなかったじゃないですか。私が捕まったら迷惑がかかるから、痛いのも我慢するしかないじゃないですか。手段なんて選べないじゃないですか。それなのにそれが怖いなんて、ひどい。ツルギさんには目を付けられるし、ティーパーティーの皆さんは何言ってるかわかんないし! 私が、私が何をしたっていうんですか! ただ口下手で、
ああでも、結局何が言いたいかというと。
「逃げたい。誰にも会いたくない。引き篭もって布団にくるまって、眠っていたい」
でも、それじゃだめだから。
今の私は紛いなりにも、皆を導く立場にいるから。
「もうちょっとだけ、頑張るので」
トリニティの人たちは怖いけど。寮母さん以外の人はまだ全然信じれる気なんてしないけど。
ぎゅっと手を握って、神様へお祈りします。
「こんな弱い私を、お許しください……」
誰かが、息を呑んだ音が聞こえました。こんな話を聞かせてしまって申し訳ないです。
しばらく祈りを捧げてから、手を
一応形式的に手順の紙に書いてあった祈りの文句を言って、そこからは手順通りに進んで、私の告解は終わりました。部屋から出る際に司祭さんから「きっと神は許してくださいますよ」とお決まりのセリフを貰いましたが、きっとリップサービスでしょう。
さて、告解室から出た私ですが、帰り道が分からないのは相変わらずです。
どうしようかと思案していると、後ろから声を掛けられました。
「あの、カタネさん」
「サクラコさん、どうかされましたか?」
「いえ、えっと……、出口までご一緒しても?」
それは迷子の私からしてみれば願ってもない提案でした。
そこから出口まで、サクラコさんと少し話をしました。例えば彼女はもっといろんな人と仲良くしたいと思っているらしいのですが、どうも誤解をされてしまうらしい、とか。
笑顔で接することを頑張っていると聞いたので試しに見せてもらったのですが、いつもの微笑みの方がいくらかマシな気がするぐらいには怖かったです。話を聞いていたので誤解こそしませんでしたが、狙われていると感じられても仕方がないとは思ったことは秘密です。
でも一体、どうして私にそんなことを教えてくれたのでしょうか。
まあ、それを問うのは無粋というものでしょう。きっと彼女なりに考えて、その秘密を明かしてくれたのだと思いますから。
サクラコさんの案内で建物の外に出ることが叶った私は、彼女にお礼を告げて寮に戻りました。
さて、神様にも宣言してしまいましたし、明日からも頑張りましょうか。
公式4コマでシスターマリーのお悩み相談室が出ていたんですが、今回カタネが行ったのは奥の方にあるガチの告解室の方で、マリーのお悩み相談室は新人が経験を積むためのものみたいな解釈でお願いします。
当初の予定ではもっとわっぴーな感じの告解室にするつもりだったんですが、思ったよりもカタネが感情を爆発させてしまいました。
ちょうどいい機会なので、ここで主人公の名前のネタばらしを。
辰カタネ→たつかたね→ねたかつた→寝たかった
深い意味もなく、ただの言葉遊びです。
ちょっとしたアンケート。終わり方についていくつか候補があるのですがお好みはどれでしょう?しばらく置いておきます。
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主人公(カタネ)の物語だけでスパッと完結
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蛇足を付け足して大団円
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うるせー、一生続きを書け