花羽リツカ。プエラ分派の元首長補佐にして、実質的なトップ。
元ティーパーティー所属でフィリウス分派のトップ、桐藤ナギサの左腕と呼ばれていた人物が突然プエラ分派への鞍替えを実行し、一瞬で分派を制圧した。
その真意はいまだ明かされておらず、憶測がネットの海で大量に飛び交っている。
ヘルメット団拠点を単騎で壊滅させ、境界を越えて侵入していた温泉開発部の殲滅を計画するも正義実現委員会によって阻止された。シスターフッドの首魁歌住サクラコとの会談が目撃されていたり、古書館へ何かを調べに行ったり、激情で動く暴走列車と思いきや何かを画策している様子もあり、眉唾物の噂だがティーパーティーとの会合で方向性の違いで
そんな彼女が自分たちに協力を頼みに来た。正直何かの策の一部なのではないかと疑わなかったかと言えば、嘘になる。
「あなたたちと、協力がしたいです」
『花羽リツカ』のトレードマークである青いスナイパーライフルを持たずに私たちにそう頼み込んできた彼女を前にサキとミヤコが顔を見合わせてしまったのは、仕方のないことだと言えるかもしれない。
ずっと、その噂だけは聞いていた。
『トリニティのティーパーティーには、古い型の青いスナイパーライフルを操る花羽リツカという人物がいる』。
ミヤコたちが昼間に店に突入した時にすぐに彼女が花羽リツカであると気が付けたのも、プエラ分派の制服と青いスナイパーライフルを彼女が所持していたことが大きい。その前にミユから同じ特徴をしている人物に気付かれたという話も入っていたが、その時も同じ判断をしていた。
ミユから昼間の人に追いかけられていると通信が入ったときは潰している組織の部隊かと思って警戒したのだが、その姿を目視できるようになってスナイパーライフルから二本のショットガンに持ち替えた彼女だと気付いた時には驚いたものである。
「私があなたがたに話すことは、何もありません」
昼にそう言っていた彼女が自分たちを探していた理由がわからなかった。
あれは足元が揺らいでいるSRTの立場を正しく理解している者の言葉だ。今の自分たちの行動に何の正当性もないということをわかった上で、彼女はそこに手を貸すわけにはいかないとこちらを跳ねのけた。
そんな言葉を
どうやら、あの組織のブラックマーケットに置いている罠に誘導するためのダミー店舗に、彼女の部下が単身で訪れたところを襲われたようだ。すなわち、これは彼女が本来は実行するつもりがなかったはずの弔い合戦。これ以上の分派への攻撃をされないための先制攻撃を仕掛けたいということだろう。
しかしそれなら彼女は正義実現委員会に頼ればよかったはずだ。そう思っていて聞いた問いに、信じられない回答が返ってきた。
「あそこは、動かせませんから」
その言葉にミヤコたちはトリニティの状態を察してしまう。
エデン条約前のこの時期に面倒事は起こせないと、ティーパーティーが正義実現委員会を止めているのだろうか。
最近のトリニティはきな臭い。本来のホストであった百合園セイアが入院したこともそうだし、それ以降のエデン条約への狂気的な執着はいささか度が過ぎているように思える。百合園セイアが本当は死んでいるのでは、なんてバカみたいな噂が出始めたのも、新たに代理ホストになった桐藤ナギサが反対勢力の一掃に力を入れ始めてからの話である。
やはり治安維持組織はしがらみが大きいな、とミヤコはヴァルキューレへの編入の打診を断り続けている自分の判断が間違っていないと再確認する。動きたいときに、動かなければいけないときに動けなくて、どうやって正義を為すというのだろう。
「こっちのメリットは何だ? オマエの評判を考えれば、協力したことでこちらが被るデメリットの方が大きいと思うが」
サキのその言葉に、ミヤコは考える。
メリットデメリットを考えれば、花羽リツカは自分からは動かずに分派の人間が関わらないように警戒していれば済んだ話。
実際彼女の部下が攻撃されるまではその方針だったのだと思う。自分たちに昼の時点で何も語らなかったということは、あの場はあそこに転がっていたトリニティ生――ヘリの中で自分の分派の子にしたと話していたので恐らく前から目をつけていた子だったのでしょう――の救出さえできればいいと思っていたはずなのだから。
その事情が変わって、自分たちの手を借りに来た。それすなわち、SRTという中途半端な立ち位置の部隊と手を組んででも迅速な排除が必要だと彼女が考えたということに他ならない。
そして彼女が『花羽リツカ』としてのトレードマークを置いてきたことの意味を考えれば、
「……いえ、そういうことですね。あなたからの依頼があって協力している、というポーズを取ることで、私たちの行動が独断ではないという大義名分を得られる、と」
大義名分の提供。それが彼女がこちらに出せる最大にして最強のカード。
元々自分たちが今回の事件に手を出したのも、ブラックマーケットというある種ヴァルキューレや他自治区の治安維持部隊の手が届かない場所で犯行が行われていたことが一つの理由である。そこに介入するのがSRTとしての使命だとミヤコは信じているし、例え頭である連邦生徒会長が失踪した状態だとしても自分たちの行動は正義だと疑っていない。
しかしその責任を取るものがいないというもの、また変わりようのない事実。
ミヤコ自身がSRTに来る動機となった半ば強行とも言えるような潜入作戦などは、連邦生徒会長という絶対的な後ろ盾があってこそ実現していたものだ。だからこそ『連邦生徒会長の私兵』なんて呼ばれ方もしていたわけで。
目の前の少女が提案した自分たちの行動動機を「友達を攻撃されたトリニティの友人からの嘆願があったので彼女に力を貸した」という理由にすり替えてしまうというものは、対外的な印象を考えるのであればかなり魅力的な提案のように思えてしまう。
「ですが、SRTはそういったものでは動きません」
「おいミヤコ、ここは乗っておいた方が」
「私たちはSRTの存在意義を証明するためにこの作戦を行っています。頭が欠けてしまった状態でも自分たちで思考し、正義を実行できることを示すために」
それなのに他の誰かから依頼されてやったとなってしまっては、本末転倒だ。
実績は積めるかもしれないが、それではヴァルキューレや傭兵とやっていることは変わらない。
誰に頼まれずとも動かなければ、あくまでも自分たちが自主的に正しい行いをできることを示さなければ実質的な閉鎖に向かっているSRTの終わりは避けられない。
故に、彼女が提示したメリットは受け取れない。
「なので、私たちは『動いてくれない治安維持部隊よりも同じ現場に居合わせたSRTを信頼して行動を共にした』という事実を受け取ることにしましょう」
下手に大義名分を受け入れたとして、彼女に依頼される前から動いていたことが見つかれば追及されるのは目に見えている。
であれば、起こった事実をそのまま喧伝する方がずっと安全で、誠実だ。
実際、彼女は正義実現委員会ではなく、自分たちを頼ったのだから。
「確かに、SRTのことを考えるならそれが最善か」
『私は協力するのは元から賛成だよ。彼女もショットガンってことは前に立つんだろうし、あの身体能力には目を見張るものがあるしね』
『私も、あの警戒能力があるなら……たぶん……良いと思います……』
通信でモエとミユの合意も取れたので、花羽リツカの方へと向き直る。
彼女は彼女を彼女たらしめると言っても過言ではないあのスナイパーライフルを持っていない。
それはつまり、彼女は今日ここに元ティーパーティーで現プエラ分派の『花羽リツカ』ではなく、あくまでもトリニティの一人の生徒としてここにいるということ。
「私たちはSRT。時も場所も選ばず、どんな権力にも立場にも縛られず、正義を実行する者。あなたが私たちと目的を同じくする
ミヤコはそう言いながら花羽リツカに向けて手を差し出す。
自分たちの言葉を黙って聞いていた彼女がどう反応するかは未知数だったが、彼女は出された手に一瞬だけ目を向けて、迷うことなくその手を取った。
「プエラ分派――いえ、今はただの
そこからは早かった。
ヘリで次の拠点へ移動し、移動中に作戦説明、そして実行。
リツカという戦力が増えたからか、いつもより迅速な制圧ができた。しかし二拠点、三拠点と実行するうちに、ミヤコは違和感を感じる。
あまりにもスムーズすぎるのだ。彼女が加わってから、明らかに拠点を制圧するまでの時間が早くなっている。漏れ聞こえてくる話から強いとは思っていたが、ここまで違うものなのか。
そう考えているうちにまたサキが勝手な行動を始め、ミヤコの意図していたプランとは違う行動を余儀なくされる。この小隊ではそれすらもいつも通り。こうなっては毎回どこからか穴を突かれたり、注意力が疎かになってしまって罠に引っかかってしまったりして攻略が遅くなる。
そう思ってまずは自分の役割を片付けてフォローに回ろうとしたのだが、今の戦況を見る限りその必要はなさそうだ。この肩透かしを感じるのもこれでもう何回目か。少しは連携がマシになってきているのかもと思いかけたところで、気が付いた。
「彼女が入ってから?」
そう、ミヤコがフォローに入らなくてよくなったのは、リツカがチームに加わってから。
自分の役割を実行することに集中していて彼女のことを観察していなかったことに気付いたミヤコは、そこでようやく花羽リツカという人間の強さが、自身が考えていた種類のものとは違うのではないかと思い当たる。
そうして観察を始めてみれば、彼女の戦い方は聞いていた話とは全く違った。
てっきショットガン二本を持っているのであの剣先ツルギと同様に前線へ突っ込んでいくタイプだと踏んでいたのだが、彼女は普通に遮蔽物に身を隠し、手榴弾や煙幕などを使用しながら堅実に進むタイプだ。
煙幕の中に突っ込んで乱戦を狙うのは確かに手段を選ばないという噂に違いはないと思ってしまうのだが、それは彼女の気配察知能力を生かすための冷静な策のようにも思える。
加えてよく周りを見ているようで、サキが勝手に動いたりモエのドローンがいきなり爆発したりした時に真っ先に動いていたのはやはり彼女だった。誰かが動いて穴になりそうな場所を彼女自身が塞いだり、他の隊員がかかりそうな罠を見つけて機能しないよう破壊したり、つい飛び込んでしまいそうな待ち伏せを最初に報告するのも、意識してみれば彼女が一番多かった。
その上で観察した結果ミヤコが出した結論は。
「あんまり強くないですね、彼女」
「戦闘センスはあると思うが、火力が足りていないとは私も思ったな」
別ポイントに行っていたリツカが戻ってくるまでの間に、サキと意見を交換する。
あれだけ戦闘狂のような言われ方をしていたのでてっきりゲヘナの風紀委員長のような無法の強さを持っているのかと思えば、その実力はお世辞にもSRTには入れないだろうというレベルでしかない。
倒し漏らしこそないものの、それは見る限りでは手数で補ってのもの。彼女が二本ではなく一本で、あるいはあの青いスナイパーライフルを抱えてこの作戦に参加していたら足手纏いになっていたかもしれないと二人は認識を同じくする。
しかしそんな彼女が入ったことで制圧が上手く行っているのも事実。
実際、昼に会ってから夕方に彼女と出会うまでの数時間で二拠点しか制圧できなかったというのに、彼女が合流してからは同じ時間で七拠点である。少し無理をすれば、いや、無理をしなくともこのままいけば夜明け前に作戦は完了できるペースである。
「やはり状況判断と臨機応変な対応が可能な柔軟さは、見習うべきところだな」
サキがそう言うということは、サキも気付いているのだろう。自分勝手な行動ばかりするこのメンバーが突然スムーズに作戦を進められるようになったその原因に。
サキはリツカが臨機応変な対応をしていると考えているようだったが、ミヤコの捉え方は少し違う。リツカの行動は結果的に良い行動になっているが、その内容を一つ一つ見ていけば正気を疑うような行動もある。それこそ一つボタンを掛け違えれば危機的状況を招くかもしれないような。
しかし、それは起こらない。一度も起きていない。
だからこそ、ミヤコはあれは柔軟さなどではないと考える。最適な判断を行うことではなく、目の前の事象への対応速度――躊躇の無さが、彼女の強みであると。
彼女は躊躇なく思いついた手段を実行に移し、そして状況が変わればその時に思いついたことを躊躇なく実施する。故に彼女の管理する戦況は崩壊しない。後手後手だとしても、すぐに手を打てば被害の拡大は抑えられる。
その結果は、手段と実力に劣る彼女が安定して成果を出せている現状を見れば明らかであろう。
「私はどちらかと言えば、あのスタミナが羨ましいですね」
ミヤコは作戦終了時の彼女の様子を思い出し、自分たちと比べても圧倒的な体力を思い返す。
厳しい訓練を受けてきた自分たちですら激しく動いて息を乱しているというのに、彼女は最初にこちらに近付いてきたときが一番息を乱していただけで、それ以降はほぼ平常運転だ。
別に作戦中も動いていないわけではないし、知らないうちにフォローに回っていたりするので運動量としては少ないどころか多いはずなのだが、彼女はひたすらにケロッとした表情でヘリのところへ戻ってくる。
あの運動量で貢献し続けることが可能なのは、その無法な体力に依るところが大きいだろう。
『それを言うなら私はメンタルかな? あの子、ドローンで見てても結構被弾しているのに、全然動きが鈍らないんだもん。火力が出てないってことは一発の被弾で私たちとは非じゃないダメージもらってると思うんだけどね』
ドローンを使って二人の話を聞いていたのか、モエが通信で参加してくる。
確かに、彼女はそこまで回避が得意なわけではないし、そこそこ被弾しているのを見かける。
痛みがないのかと思えば多少動きにぎこちなさが出ている部分はあるので、痛覚の遮断などはしていないように見える。だとすれば彼女は、ただ痛みを我慢しているだけということ。
被弾の痛みを気にせずに戦闘を続行する強靭なメンタルがあるのは良いことであるとは思うが、元来痛みとは肉体の危険信号。彼女は私たちと同じ舞台で戦うため、諸刃の剣を手に戦っているということなのだろう。
『えと、じゃあ私は危機回避能力、でしょうか。頭とか、鳩尾とか、致命傷になりかねない部分だけは絶対に回避するのは、すごいと思います』
強制的に回線を繋がれて、何か言わなければいけない雰囲気を察したミユが言う。
言われて思い返してみれば、確かに頭を守るような動作を取ることが多かったなとミヤコは思う。頭を狙われるのは危険だ。昏倒の危険があるし、出血もしやすい。
リツカは自分たちほど硬くはないので、そこだけは避けるようにしているのだろう。ミヤコはその様子を見ていないが鳩尾も守っているということは、気絶についてもケアをしているかもしれない。
その行動は恐らく、前述のスタミナを最大限生かすための手段なのだろう。致命傷を避け、気絶を避けることによって継戦し続け、部隊にどこまでも貢献する。
「こう思うと、思ったより彼女から学べる点はありますね」
花羽リツカは決して強いとは言えない。その認識が変わることはない。
だが彼女が自分の理想を現実にするために編み出した弱者故の戦い方と努力は、その精神性も含めて十分に評価に値するものだ。
それを評価すると同時に、ミヤコの胸には一抹の不安もあった。
今は戦えているから問題ないかもしれないが、もし彼女の手に負えない相手が現れたとき、彼女は一体どうするのだろう。
きっと逃げるはずだ。最初の何撃かを回避して距離さえとってしまえば、昼に見た彼女の脚を考えれば大抵の相手なら問題なく逃げ切れるだろう。
だが、退けない場合は?
彼女が今日ここにいる動機を考えれば、そういう状況も十分に考えられるはずだ。
そのとき、彼女はちゃんと諦めるだろうか。自分の命を守るためにその責任を放棄することができるだろうか。
最悪の想像は、容易にできてしまう。
彼女は多くを語らない。
だが行動を共にしてみれば、彼女が話に聞くような野心家ではないことだけは理解できた。
だからこそ思う。彼女はどうして、今の立場にいるのだろうかと。
何を理想にそこに立つのかと。
ティーパーティーから離れた理由は。プエラ分派という小さな城の主になった理由は。
彼女なりの正義がどこかにあって、それを実現するために二年の準備を終えて古巣を去り、最後の一年で行動に出た。それはきっと
ミヤコはそれが自分の願望であることを理解しつつも、そうであればいいなと、そう思った。
ミヤコの思考をトレースしてみたらどうあがいても彼女が大義名分を受け入れる理由が思いつきませんでした。その結果、前話の自分が曖昧な表現をしていた部分に甘えることに。これが自転車操業の恐ろしいところですね。
もうちょっと焼けるかなと思ったけど全然焼けなかった。無念。
次回から視点戻ります。
そろそろ先生が出てくるんですが、先生(プレイヤー)の掲示板形式って見たいですか?
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本編の息抜き的な感じで欲しい
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本編完結後にまとめて投稿の方が良い
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いらない