お父様、心配なのはわかりますが、三桁に及ぶ着信は流石に恐ろしいです。
きっと以前お送りした書き損じが届いたのかと思いますが、そこまでするような内容でしたでしょうか。お母様にどんな文面だったか確認しようとメッセージを送ろうとしたら、通知が止まらぬ間にこちらも二桁に到達しました。
下手に既読を付けると面倒事の気配がしますので、調印式までは放置でいいでしょうか。
はい、そうなのです。
実は私とリツカさんがエデン条約の調印式に出席することになりました。それがプエラ分派の代表としてではなく臨時ティーパーティーメンバーとしてだというのですから、驚きも
「きっとカタネさんの行動が読めず、手元に置いておいた方が制御しやすいと考えたのでしょう」
サクラコさんに解説してもらって、なるほど確かにそうかもしれないと納得します。
ナギサ様がご自身の口から疑心暗鬼に陥っていたことと、それが解消された今もまだプエラ分派のことを完全に信用はできないということをお伝えいただいていたので、そういう意図があると知れればこちらも戸惑わずに式に臨めるというもの。
しかし出席と言ってもただ参列するのではなく旗手として参加しろ、しかも手榴弾含めて武器の持ち込みは禁止という条件まで出されてしまいました。
一応隣にリツカさんを配置してはくれるみたいなのですが、彼女も式典ということでティーパーティーの式典用の銃を使うようにとのこと。理屈は分かりますが、仮にも睨み合っている学校との一番近い場所に並ばせるのに身を守る手段を奪うというのは、なかなか恐ろしいことを言っていると思います。
「私も自身の言動で勘違いを生んでしまったことを反省して、今度はちゃんとナギサ様に『プエラ分派はエデン条約についてティーパーティーの指示に従います』とお伝えしたんですがね」
「それをお伝えしているのに武装解除ですか。何もおかしいところはないと思いますが、どうしてそんなに警戒されているんでしょうね」
サクラコさんと二人、ナギサ様に調印式での武装解除命令が出された原因について考えます。
私が思い当るのはやはり苛烈で過激な性格だと思われていて、きっかけがあればゲヘナと乱闘騒ぎを起こすかもしれないと思われているのかもしれません。そんなことはしないよという意思表示のための言葉をお伝えしているので、それを受けてもまだ言われてしまう理由が解りませんね。
あとは私が黒幕みたいな形で何か企んでいると考えられていて、もし何かがあったときにすぐに制圧ができるようにという目的があってのことなのかもしれません。プエラ分派があるいは私の存在しない協力勢力が計画を練っているとしたらそこに対していつでも私を人質にできるという牽制にはなりそうです。
ですがそんなことをやるぐらいなら先日のアリウスの騒動に乗っかってナギサ様をとっちめちまう方が楽ではないですか? それすらも信用させるための策とか言い出したらキリがないですし。
そんな感じであーでもないこーでもないとサクラコさんと議論をしたのですが、結局結論は出ませんでした。
「そういえば、先日カタネさんが見つけた部屋の先から、プエラ分派の資料が見つかったんです」
議論が一段落してお店の新商品のオレンジタルトを堪能していると、思い出したようにサクラコさんが言いました。
私がそれを聞いて顔を上げると、彼女はどうやらお茶が濃く出すぎたのか、渋い顔をしながら角砂糖を放り込んでいました。確認しただけでも三個は入れていたと思うのですが、あまり追求せずに彼女の言葉を待ちます。
初めてシスターフッドにお邪魔してサクラコさんと顔を合わせた日に私が出来心から発見してしまった部屋。あの場所の調査をしていたのは知っていましたが、分派の資料が見つかるということはそれなりに重要な部屋なのかもしれません。
「あの場所はどうやらティーパーティーの方々が秘密裏に作った情報収集用の部屋のようでして、我々の前身であるユスティナ聖徒会に潜り込んだ方々が自分たちに都合の悪い書類などを資料室から間引いて処分していたようです」
「なるほど。その都合の悪い話の中に、プエラ分派の話もあったと」
「はい。そういうことになりますね」
そうなると、以前サクラコさんからお教えいただいた『奇跡』の情報などがあったのかもしれません。その辺りは『認めざるを得なかったようです』と表現していたことからも分かりますが、ティーパーティー側にとって面白くない情報でしょうから。
しかしユスティナ聖徒会にスパイとか、よくそんなことをしようと思いましたね。
あ、いえ、サクラコさん率いる現在のシスターフッドでは行われていないと信じておりますが、昔は結構拷問とか異端審問とか過激だったと聞きますから。
……もしかしてそこでシンパシー持たれてプエラ分派がユスティナ聖徒会に身内扱いされてたなんてことはありませんよね。いや、過激な思想とか言われているのは当代の私だけのはずですし、いやでも何かお母様のトンデモ武勇伝とか聞いたような気も。やめておきましょう。
「その資料にはプエラ分派の『奇跡』には二度目があった、と記述されていました」
「二度目? ということは同じ方が二度奇跡を?」
「いえ、分派成立の年から少し経った後の年の資料ですので、シスターフッド内ではこれを創設者とは別人と考えています」
同じ分派から二人も奇跡を起こす人間が出た。
確かにそれは派閥争いに大きな影響が出そうな案件です。当時の生徒会も黙っていられず、歴史からその情報を消したくなる理由も理解できるというものです。
また、この情報で一つ氷解した疑問があります。
あの黒スーツ不審者さんたちが私の事を『奇跡の担い手』と呼んでいた理由です。彼らはどんな手段を使ってかは知らないものの別ルートでこの情報を入手していたのでしょう。それ故にプエラ分派にまた奇跡を起こす人間が現れることを期待しているのだと思います。
双頭の木人形さんの方はプエラ分派の皆さんのことを指して『奇跡の担い手たち』と呼称していましたし、プエラ分派にいる人は誰しも奇跡を起こす可能性を秘めているのかもしれません。なぜ私が一番手なのかは、理解ができかねますが。
そういえば難しい言い回しばかりされたので記憶が曖昧ですが、もっといろいろ考察できそうな情報はあったような。
「この頃にはどうやら以前カタネさんが感じていたようなことを理由にプエラ分派を排除しようという動きがあったようなのです」
「なるほど。二度目の奇跡を起こしたことによってまたその分派の危機は去ったんですね?」
「ええ。それ故か資料には奇跡の『再現』と書かれておりました。奇跡の詳細は完全に処理されてしまったようで出てこなかったのですが、このように記述されていることを考えれば二番目の方が起こしたのは創始者の方と同じ奇跡だったのだと受け取っていいと思います」
先程の自分の考えがほぼ確信に変わります。
あの悪い大人たちは、その情報を持っているから私たちに期待しているのです。二度あることは三度あると言いますし、同じような状況と条件を用意すればいいと思って何かを計画しているかもしれません。
意図的に分派にとって危機的状況を作り出すと聞くと、彼らなら本当にやりそうで少しばかり恐ろしさを覚えます。こちらから関わるつもりは毛頭ないのですが、ブラックマーケットと同様に関わったり目をつけられたりしないことが最善の選択肢であるような気がしてなりません。
「そういえば、あまり関係ない話なのかもしれませんが、この時どうやらプエラ分派にはスパイを入れられなかったようなのです」
「それは不思議な話ですね。ユスティナ聖徒会にすら潜り込んでいたんですよね?」
「ええ。当時の首長補佐がただただ優秀だっただけなのかもしれませんが、どうやら事故に遭ったり偽造書類のはずが本名が書いてあってすぐに発覚してしまったりと、怪奇現象のような書かれ方をしてありまして」
おや、そんな話を最近どこかで聞いたような。
確かリツカさんがプエラ分派に移動してくるときのティーパーティーが、そんな風な混乱をしていたのではなかったでしたっけ。
先日私とリツカさんの調印式参列が決まったお茶会のことを思い返します。
ティーパーティーが首長補佐の娘である『辰カタネ』が入学してからすぐに部屋から出てこなくなって動向が読めなくなったことを不審に思い、確かめるために数々の罠を仕掛けたことに対する謝罪から始まり、リツカさんがスパイとして分派に侵入していたこと、そのリツカさんの事も疑ってしまって酷いことを言ってしまったことなど、いろいろ私の知らないことが暴露されました。
その中でリツカさんがナギサ様から疑われることになった原因として挙げられていたのが、先の分派移動時のゴタゴタです。結局不幸な事故と人災が重なっただけということを信じようという話でまとまったのですが、今の話を聞くに少しばかり疑念が浮かんでしまいます。
落伍者たちの集まりだから変人が集まるのだと思っていた分派ですが、実際はそんな単純な話ではないのかもしれません。
『そなたは黒服が目を付けていた奇跡の担い手の一番手であろう。そしてそなたたちは元より選ばれている者たちである。その在り方を見届けるのは当然と言えよう』
人形の人の言葉を思い出して、少しばかり考え込んでしまいます。
あれが彼らの願望を映した妄言ではないとしたら。単純な事実に基づいた言葉なのだとしたら。
――プエラ分派には、奇跡を起こす素質がないと入れないのでは?
そんな突拍子の無いことを考えてしまって、落ち着くために口を付けた紅茶の冷たさに少し驚いて思考は小休止。
けれど一度思いついてしまったら止まらないのは仕方がないことで、一息ついたことで余裕ができた私の脳は妄想を膨らませ続けます。
ふと、先日分派に入りたいと言ってきた子がいたのを思い出します。ミタカちゃんのような、私の虚像のカリスマに見せられたアホの子でした。私は断る理由もなかったので受け入れようとしたのですが、結局その子が分派に来ることはありませんでした。
書類を送ったけど届かない、間違えてシュレッダー行きのフォルダに入ってしまっていて書き直しになった、こっちに届いたけどミスがあったので差し戻したら向こうの分派の担当者がコーヒーを零して台無しにした、確かそんなことが続いて縁が無いのだと泣いていたのを覚えています。
思えばその子は分派での立場も環境も特に問題は無く、憧れだけがプエラに来たい理由でした。彼女は特に今の場所で抱えている問題などなく、彼女の居場所として正しく機能しているように思えました。
素質を分けるのがもし、そこが条件だとするのなら。
『フィリウスに戻るのは、もうちょっと考えさせてほしいんだよね』
昨日ナギサ様がリツカさんをティーパーティーに戻したいと話されたときに、リツカさんは少しぎこちない笑みを浮かべて私たちにそう言いました。
馬鹿な思考をしていると分かってはいますが、リツカさんが頑なに入れ替わりの解消を拒む理由もそこにあるのではないかと勘繰ってしまいます。わざわざ彼女のトレードマークとまで呼ばれていたあの銃を私に押し付けたことに、何か理由があるのではないかと。
何か抱えるものがないと、プエラ分派には入れない。
だって
「カタネさん? どうかされました?」
すっかり考え込んでしまっていた私は、サクラコさんの声で現実に引き戻されました。
別に隠すようなことでもなかったのでティーパーティーで起こったゴタゴタについてお話しをして、不思議なこともあるものですねと笑い合います。
余計な考えを払って、サクラコさんとの時間に向き合います。
だって、私やトコさんみたいに親に入れって言われたからプエラ分派に所属している人もいるのです。というより、今のプエラ分派はほぼそういう人ばかりだったような気がします。
だからきっと、先程の話は私が考えすぎているだけ。
それとは関係のない話ですが、先日おやつが冷蔵庫から消えてしまったリツカさんのために、いくつかビターなお菓子を買って帰りました。ちょっと罪悪感があったとか、そういうのでもありません。本当に。
本編で多分直接書かないので答え合わせ
リツカ「なんでカタネちゃんに武装解除命令出したの?」
ナギサ「彼女はどうやらサクラコさんと仲が良いですから。プエラ分派としてはティーパーティーに恭順な姿勢を見せてくれましたが、カタネさん本人がシスターフッドと共謀して何かを企んでる可能性は捨てきれません。調印式の日に彼女たちが結託して何かをした場合に備えて、カタネさんを人質にする準備があるという姿勢をシスターフッドに見せつける必要があります」
リツカ「あの二人ただの友達だと思うよ? カタネちゃんからの惚気マジうざいし」
ナギサ「え」