わたくし、琴宮サナの華麗なる一日は清々しい時間通りの起床から始まりますわ。
毎日決められた時間に目を覚まし、カーテンを開けて朝日を浴びる。それが健康的で有意義な日をスタートするための秘訣なのですわ。
「だらっしゃー! 朝だ! 朝だぞサナ! ほら早く起きろって!」
決して勝手に部屋に入ってきた幼馴染による暴挙で起きているわけではありませんわ。
目覚まし。そう、目覚ましで起きているのですわ。ですから多少音量を間違えてしまっていたからと言って、わたくしの優雅な一日の始まりには何の狂いもないんですの。
こうしてゆったりとした、それでいた洗練された動きで窓に近付いて、カーテンを開けますの。
「今冬だからまだ日差し入って来なくない?」
「うっさいですわね! 黙ってくださる?!」
彼女が部屋に入ってくることを阻止すればもっとこの朝の時間が素晴らしいものになることは皆様も容易に想像がつくかと思いますが、そちらはとある理由で実現不可能となっておりますの。
これは抵抗を諦める前の話になるのですが、何度彼女が有している合鍵を奪っても翌日の朝には彼女の手元に戻っていたんですの。鍵付きの引き出しに入れようが、外に放り投げようが、どうやっても彼女はわたくしの部屋に侵入し、騒々しいモーニングコールを行いやがるのです。
ええ、絡繰りはすぐに分かりましたわ。彼女は合鍵を二本持っていて、毎日わたくしに奪われたもう一本を取り戻していたんですの。それに気が付いたときは二本とも破壊して再起不能な状態にしてやったのですが、そうしたら寮母さんへ土下座までして合鍵を貰っていましたわ。
何が彼女をそうさせるのかわかりませんが、それを見てわたくしも観念することにしましたの。だって彼女、合鍵を受け取るや否や鍵屋に駆け込んで合鍵を増やしたんですのよ? わたくしが彼女の合鍵を破壊したときに毎回そうしていたのかと察せられる躊躇の無さ。尾けて行って見た店主の満面の笑みを見れば、彼女がどれだけその鍵屋に貢献していたのかが容易に想像できましてよ。
ええ、ですからわたくし、そこで割り込んでいって止めてやりましたの。部屋に入ってきていいから、と合鍵を増やすことを禁止させていただいたのですわ。
決して顔を知っている彼女の両親にお金の投機させていることを申し訳なく思ったわけではありませんの。わたくしが寛容な心で彼女の暴挙を許して差し上げた、それだけの話なのですわ。
「日課の散歩に行くぞー!」
「あなたのせいで分派のイメージが日に日に落ちていくのを自覚してくださる?」
「お前もその似非お嬢様口調でみんな接すればもっとみんなと仲良くなれると思うんだけどなー」
一緒にされたくないから猫を被っているんですわ。
大体この分派に入ってしまったのだって、このお馬鹿に引っ張られて無理やりという形だったわけですもの。最初からこの分派の実態を知っていたら何があろうと入らなかったはずなのですわ。
遡ること約2年前。正確に言うならば一年と九ケ月ほど前のお話でございますわ。
わたしくたっての希望で念願のトリニティ総合学園の門を
初めて門を叩いた際には門前払いでして、基本はティーパーティーメンバーからの推薦、そうでなくとも何か結果を残すか相当優秀である必要があるようでしたわ。
今でこそパテル、フィリウス、サンクトゥスあたりの分派に所属してその働きぶりで評価してもらうのが一番の既定路線だと理解しておりますが、当時のわたくしはその三分派に入ること
そうやってどこかの分派に入れないか情報収集していたある日のこと。
「サナ! 私にプエラ分派? ってとこからお誘いが来たぞ! お前も一緒にどうだ!?」
幼馴染からそんなことを言われてしまいまして、こんな変わり者に声を掛けるのはどんな奴なのかと思ってその顔を一度見てやろうと思ったんですの。決して騙されやすい幼馴染のことを心配していたわけではありませんの。その点は誤解無きようお願いいたしますわ。
当時トリニティに入ると決めてから練習していた口調がお嬢様口調ではなく『似非』お嬢様口調であると生粋のお嬢様方からそれはそれは馬鹿にされておりまして、気分を変えてみたかったというのも理由の一つにございましたわ。
後で聞けば幼馴染もそれに気付いてわたくしに声を掛けたというのですから、やはり憎めないやつでございますわ。
「え、あー、あ、このまえのこだー。やっぱりすごくぴかーってしてるー」
幼馴染が呼ばれたという分派の首長室というところに顔を出せば、そこにはソファーに座って死んだ顔で書類と格闘する先輩らしき方の姿がありましたわ。目の下にある隈も濃く顔色もひどいもので、とてもではありませんが見ていられる状態ではありませんでしたわ。
ですからわたくしは速攻で書類を取り上げまして、幼馴染の膝の上にその方の頭をセット。
優しくゆっくりと頭を撫でていろと幼馴染に言いつけまして、わたくしは向かいのソファに座って書類に目を通し始めましたの。
するとそこにはとんでもない妄言の嵐がありましたのよ。
外部から届く手紙や書類は八割以上が詐欺のような投資話や賄賂を渡すからこれをやってくれというようなふざけた話ばかりで、内部からの訴状もとてもではありませんが受け入れられるような内容のものがほとんどありませんでしたの。
それでいてごく稀に緊急度の高い他部活動からのお知らせや寮設備の故障に関する報告などが混じっているものですから、そのせいでこの馬鹿みたいな量の書類すべてに目を通さなければいけない羽目になっていたのですわ。
「な、なんですのこれは!? こんなことをやっていたらそんな風になるのも当然でしてよ!?」
「あれー、そっちのこもすごいぺかーってしてる。おともだちー?」
「うん、そう! サナって言ってね! 私の親友なの!」
とまあそんなことがありまして、見るに見かねてお手伝いに度々顔を出しておりましてたら、首長を務めている方にも気に入られてしまいまして、ズルズルと分派に入れられてしまう形になってしまっていたのですわ。
どうせならここで結果を出してティーパーティーにと考えて仕事に励んでいたわたくしが、プエラ分派はその成り立ちからティーパーティーには入れないと聞かされて分派を辞めると一騒動起こしたのも今ではいい思い出ですわ。
まあ、わたくしも大人になりましたの。というよりは、現実を知ったという方が正しいのかもしれませんわ。
首長補佐の座を引き継いで憧れたティーパーティーやトリニティの上層部と関わり始めて、そんなに良いもんじゃないと気付きましたの。それどころか、除け者でバカにされているプエラ分派で良かったとさえ思いましたわ。こちらにはそこまで大きな悪意は振りかかりませんから。
「サナ! これやろう! 面白そう! あとこっちも!」
「ば、ふざけないでくださる! は? もう先方にハンコを押して書類を送った!? 何してくれやがりますのこのスカポンタン!」
首長室で膝枕提供係兼賑やかしとなっていた幼馴染が一年ながら首長の座に押し上げられ、勝手なことをするせいで補佐をするわたくしに被害が降りかかり続け、分派の予算は火の車。
彼女が気に入ったからと連れてくる賑やかしは仕事を手伝ってくれるわけでもなく、幼馴染一人で十分に溜まっていたわたくしのストレスゲージの増加に倍率を掛ける存在として見事にその存在感を発揮してくれましたわ。
クーデターを起こしてやろうかと何度も何度も思ったのですが、その限界ギリギリになるとその様子を察して彼女の膝枕&ナデナデ攻撃で浄化されること数知れず。前首長補佐を甘えさせていたことで磨きがかかっていやがりましたの。全く本当に憎らしい幼馴染でございますわ。
「ティーパーティーから花羽リツカさんが、プエラ分派へ編入希望を?」
「うん! そうみたい! 何か急に決まったみたいで、二週間後に入寮できないかって!」
そんなこんなで迎えた三年生の春。
突然のビッグニュースにわたくしの思考はフル回転しましたわ。
去年から分派に入ってきたいつかのプエラ分派の首長の娘だというトコさんに首長の座を渡そうと思っていたのですが、ちょっとウチの幼馴染と同レベルの頭の出来のようで今の時点ではまだまだ全然頼りない状態でしたの。
ですからティーパーティーから来た、あの優秀な人たちだらけのティーパーティーから来た人であれば、その点は何も考えずに引き渡すことができるのではないか、と考えたのですわ。
ましてや花羽リツカと言えば青いスナイパーライフルでお馴染みのフィリウス分派のトップ、ナギサ様の左腕。人材としてはこれ以上ないものでしたわ。
それに外部からの書類を正式な通知書類以外受け付けないように分派の規定を変更し、それに伴って
ですからここだけは譲らないとばかりに幼馴染に直談判しまして、花羽リツカさんの到着後に彼女に分派の首脳機能を全権移譲することを頷かせ、間違っても彼女の邪魔されないように幼馴染が務める首長含めその人員全てを彼女が手配できるように調整しましたわ。
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたわ、花羽リツカ様」
そうして到着したリツカさんにそう挨拶して顔を上げれば――そこにいたのは彼女と同じ銃を持った別人。
やっちまいましたわ! と思ったもののよく見れば去年分派に入ってきた昔の首長補佐の娘である辰カタネさんでしたの。夜間試験の受験組であることは気になるものの、試験の結果の報告は受け取っておりましたので彼女の成績なら別に問題ないかと判断して、そのまま嘘を吐き通すことに決めましたの。
そうしたら向こうも上手くリツカさんと調整していただいたようで、二人揃って首長と首長補佐に就いていただくことに成功しましたわ。
それに伴ってわたくしとお荷物の幼馴染もお役御免。賑やかしの方々は少々不貞腐れておりましたが、彼女たちの方がプエラ分派をいい方向に導けると
「やった、わたくし、やりましたわ! ついにあの苦行の日々から解放されましたの!」
そこからのわたくしはと言えば、幼馴染に勧められて取得していた卒業単位のおかげで通学せずとも良かったこともあり、部屋から出ずに引き篭もり三昧。
首長補佐としての活動の中でお嬢様への憧れが消え失せていたわたくしの手元に残っていたのは、息抜きとストレス解消のために始めた
積んであったゲームをクリアすれば首長補佐手当として貯まって使う機会のなかった貯金をジャブジャブと注ぎ込んで次から次へとゲームを買い漁っておりますわ。
「いやー、最近のサナは楽しそうで良いね! ちゃんとご飯は食べてるし朝の散歩にも付き合ってくれるから好きー」
「それはあなたが付き合わないとうるさいからでしょうに」
幸か不幸か、この幼馴染のおかげで人間としての最終ラインは守れておりますの。
朝は轟音に叩き起こされて散歩に連れてかれ、私が食事をスキップしようとすれば食堂から貰ってきてまで私に食べさせるのです。夜なんか零時を回ったらどんなに抵抗しても膝枕に乗せられて頭を撫でられながらゲームをすることになりますのよ? そんなことをされたら眠気に勝てるわけがないでしょうに。
文句を言おうにも幼馴染は二人プレイ専用のゲームや対戦ゲームにも付き合ってくださいますのでなかなか強くは言い出せませんの。
幼馴染には学校があるからと昼間は存分に送り出していたのですが、先日の試験でいつの間にか卒業単位を取ってきたと言い出しやがりましたの。確かにテスト勉強に付き合ったときに三年一学期のテストにしては範囲が広い気がするとは思いましたが、とんだペテン師でいやがりますわ。
「大丈夫! これがサナが一番幸せな未来だって知ってるから! 安心して!」
「何言ってますの!? 何も安心できませんわ!?」
「いーのいーの。サナより上手くやってくれる人がいるからねー。サナは奇跡なんて、起こさなくていいんだよー」
そんなことを語る幼馴染の表情はとても幸せに見えて、私はうぬぬと歯嚙みすることしかできませんでしたわ。
予想通りわたくしの部屋に入り浸るようになった彼女は、けれども予想に反して二人用のゲームを要求することはほとんどなく、私のプレイを横で見守っているばかりだったのですわ。それが不思議とパズルのピースがはまったように心地好くて、
そういえば、幼馴染がもうしばらくしたらカタネさんがわたくしのことを訪ねてくると言っていましたが、わたくしにはその目的が皆目見当もつきませんわ。
分派運営については問題ないでしょうし、他に特に問題になりそうなものも思いつきませんわ。
だって、わたくしのような似非お嬢様なんかよりティーパーティーの人間やこの分派の家系の方の方が政治やトリニティについて詳しいはずですもの。首長補佐を退いてからというもの全く情報を仕入れていないのですが、きっと彼女たちなら上手くやってくれていると信じておりますわ。
まあでも彼女の予想はそれなりに当たりますし、期待せずに待つことに致しますわ。
これで大丈夫。
サナは卒業まで何も知らずに、幸せに過ごしてればいいんだよ。
首長室を賑やかしが半分以上埋めるのはもはや伝統。
何でこう出番が少ないキャラに限ってキャラが濃いのか。
私にしては珍しく語り手の子の出番はまだあったりします。元首長の方はないです。
リツカ(本物)がティーパーティーの籍を持ったままプエラ分派に入ってこれたのはナギサ様のゴリ押しの結果ですね。別にそこに関しては主義主張の問題でプエラ分派ぱわーは働いてません。
次回から本編、エデン条約調印式に入ります。