A:コロナ+深夜残業
失踪はしません。
お父様、お母様、状況を把握できないときは人に聞けと仰っていたことを覚えておりますか。
こちらは確かトリニティに入ってからも同じだと口酸っぱく言われた記憶があります。信用できずとも、弱みを見せてしまったとしても、だからこそ信頼されることもあるから、と。
モモフレンズシリーズに身を包んだ女の子が高らかに自らの理想を叫ぶ様を横目に、私は長らくオフにしていた通信機能をオンにします。
その瞬間、私がオンラインになるのを待っていたかのような速度で通信が入りました。
「首長補佐!? ご無事だったんですね!」
「ご心配おかけしました、ミライさん。状況は?」
視線だけ運動会の選手宣誓のようなことをしているステージへ送って青春イベントが引き起こされている状況を確認しつつ、ミライさんから通信で状況を共有してもらいます。
私が地下へ落下してしばらくしてから先生が目を覚まし、それを旗印に一触即発の状況だったトリニティの事態を収拾したようです。どうやら牢屋のミカさんをパテル派の方々が担ぎ上げて宣戦布告を行う寸前だったとか。私の討伐報告なんかも出していたみたいですし、パテル派の過激派が暴走して取り返しのつかない事態になりかねない状況だったみたいです。
そこから私が地下で迷子になっている間に先生があらかたの問題を解決して戦力を集結させて、今まさに綺麗事をあくまでも自分の主張だと割り切って語る女の子の友人であるアズサさんを救いに来たところなんだとか。
どうやら私が考えた最終局面というのもあながち間違いではないようで、ここは既に先生の指示待ちの状況で皆が控えている状況のようです。
「分派の皆さんは全員無事でしょうか?」
「はい。誰一人欠けることなく任務をこなしてくれましたので、正義実現委員会が復活した段階で休息を取らせています」
「ありがとうございます。ミライさんもよくやってくれました」
「それを言うなら後でミタカちゃんの方を褒めてあげてください。本当に危ない戦闘指揮なんかは彼女が引き受けてくれていましたから」
「ええ、もちろん。あとでちゃんと甘やかしてあげないとですね」
彼女は甘いもの好きなので、ミラクル5000とか買ってあげてもいいかもしれませんね。サクラコさんも食べたことがないと言っていたので、ついでに買っておいてあげましょうか。
ミライさんも私のオンラインにすぐ気づいたということは、間違いなくずっと気を張ってくれていたはず。彼女の性格を考えるのであれば、何か作業しながら寝ずに注視し続けていたのかもしれません。
彼女はやんわりと拒んでいましたが、やはり彼女にも感謝をしなくてはいけません。
「ミライさん、ありがとうございます。あなたも間違いなく、頑張ってくれましたから」
「いえ、私が気を抜かなければ、そもそも首長補佐を危険に晒すことには」
「敵に囲まれたのは私の不注意です。地下への落下は私の選択の結果ですし、貴女が気にすることではありません。あなたは十二分によくやってくれています」
あなたもちゃんと休んでくださいね、と声を掛けて、涙ぐんだ声音になったミライさんとの通信を終わらせます。オンラインのままなので何か通信が入ればすぐに答えることはできますが、全体通信からの垂れ流しモードも切って目の前の状況に集中することにしました。
それとゲヘナの旗をお渡ししなければいけませんので、遠くに見える風紀委員会の方に少しずつ近付いていくことにしました。本来は
ゲヘナの旗を渡し終わったらトリニティの旗も正義実現委員会の方にお渡しして、さっさとこの場を離れたいところです。サクラコさんも目が覚めているかもしれませんし、以前彼女が私のお見舞いに来てくれたように、今度は私が彼女のお見舞いをする番ですから。
そう思いながら二つの旗を抱えて歩いていた私ですが、目の前で起こったあまりの出来事に目を瞬き、足を止めて空を見上げてしまいます。
「"ここに宣言する。私たちが、新しい
奇跡が起きました。
眩しい眩しい自称『普通の女の子』からの宣言によって、曇天が晴れてキヴォトスの空が晴れ渡ったのです。
そこにここぞとばかりに先生が戒律に介入し、私が石板を弄って作った綻びにより二つ目のETOが成立しました。
本来であれば乗っとればよかったのですが、このような形になったのは恐らく先生が文言を見ずに更新を行ったからでしょうね。ひとまず介入する目的は果たされたので一旦これでいいのかもしれません。後で時間があるときに場所をお伝えすれば勝手に処理していただけるでしょう。
それはさておき、いやはや素晴らしい宣言でしたね。
どこまでも甘くて子供じみた考えであるにも関わらず、思わず感動してしまいました。補習授業部として戦ってきた中だけでもトリニティの嫌な部分に多く晒されたでしょうに、それでもまだその精神を残しているというのは見上げたものです。
彼女の言葉を借りれば、素晴らしい『物語』を見ているようです。奇跡の目撃者になったことを今もまだ信じられない気分でふわふわした気分ですね。
「あれは……」
「プエラ分派の?」
徹夜明けで少し感度の悪い聴覚が誰かの小言を捉えました。
その言葉に呆けていた意識を現実に引き戻しますと、いつの間にか何やら注目を集めてしまっていることに気が付きます。
見れば少しばかり歩いた影響で補習授業部の皆さんと正義実現委員会の皆さん、そしてゲヘナの風紀委員会の皆さんのちょうど中心地点ぐらいに私が居るみたいな構図になってしまっていたみたいです。
そこに両手に両陣営の旗を持っているという私というこの状況、気が付けば先生やアリウススクワッドの皆さんでさえも私の方を見つめています。
ちょっと待ってください。これ私なんか言わないと進まないやつですか。
全然心の準備とかできてないんですが。引き篭もりマインドの人間に人前で話させるとか馬鹿なんじゃないですか。
こうなれば深夜テンションに身を任せるしかありません。何とかなってくださいお願いします。
「――道は示されました」
それっぽく両手を広げて、二本の旗を広げるように持ちながらそんなことを口にしました。
先程の先生の言葉もそうですが、あんまり声を張っていないのに皆に届いているのか、声を上げたことで先程まで気付いていなかったであろう方の視線までもがこちらに向いてしまいます。
内心では目を回しながらも、精一杯それっぽく振る舞うことに心血を注ぎます。
頭は真っ白なので、口から何が零れるかは半分運任せみたいな感じです。
「
今は内部で争っている場合ではありませんからね。
この場だけはぐっと堪えて先生という指導者の下で同じ方向を向くべきです、みたいな感じで捉えてもらえれば幸いです。
こうして集まっているからもうそんなことわかりきっている気もしますが、正直雰囲気で話しているので正論はやめてください。
「
ゲヘナに対しては自分のとこの自治区じゃないのであんまり過干渉にならないように語気は弱めでお送りしております。
一応ちゃんと顔を上げて誰が敵で誰が敵じゃないのかちゃんと判断しようねみたいな意味で言っていますが、もう先生の指示を待っているという現状こんなことを言っても意味がないんじゃないでしょうか。
皆がその考えに辿り着く可能性を考慮しまして、さっさと次の言葉を紡ぐことにしました。
「思うところはあるでしょう。恨みも怒りも、憎しみも少なからず存在するでしょう。それを忘れろとは言いません。今すぐに手を取り合えとも言いません」
何だかそれっぽいことを言えているのでは。
中身は、気にしたら負けです。適当なので。錯乱した深夜テンションで言っている言葉なんて後で黒歴史になること請け合いなんですから、考えるな感じろの精神で流してください。
「私の言葉を信じる必要もありません。ですが今この
こんな感じでどうでしょう。
さあ先生、ここで先生に号令を掛けて貰えればなんかいい感じで戦闘開始になるんじゃないでしょうか。キラーパスと言われても仕方ありませんが、どうにか受け取っていただけませんか。
正直これ以上は厳しいので、どうかお願いします。
そんな私の願いが通じたのか、先生が皆に号令をかけてくださいました。
「"それじゃあ、反撃と行こうか"」
その一言を境に、皆が一斉に動き出しました。
戦闘が始まってしまえば、皆さん目の前のことに集中するために私から視線が外れます。
そこでようやく一息つくことができた私は、もうなんだか旗を返すような話ではなくなってしまった気がするので適当に足元に旗を二本とも突き刺しておきました。エデン条約の象徴的な感じで放置しておけばそれっぽくなるんじゃないでしょうか。
そうしてようやく両手がフリーになった私は、スナイパーライフルを持って戦場を見渡します。
すると補習授業部と先生を行く先に青い大きな怪物が出現したのを見つけまして、距離はありましたがそちらに銃口を向けます。
スコープを覗き込んでしっかりと照準を合わせ、大技を放とうとしているように見える青い巨体を撃ち抜きます。私がスコープを覗いたまま着弾確認をすると、相変わらず馬鹿みたいなクリティカルの入り方をしたのか思いっきり巨体が仰け反っているのが見えました。
先生たちは突然の認識外の援護に驚いた様子はあったもののその隙を逃さずに総攻撃を仕掛け、あっさりと巨体が消滅に追い込まれていきました。
「潮時ですね」
私の援護に気付いたのか先生が一瞬こっちを見た気がしたので、絡まれる前にさっさと現場を離れることにします。
もう十分に役割は果たしたでしょうし、普通にもう眠たくて仕方がありません。
旗を置いていくかどうかは少し迷いましたが、見えるように突き刺しておきましたし、回収するのであれば自分たちで回収するでしょうと判断してそのままにしておきます。
ミライさんに通信を繋ぎ、サクラコさんが運ばれたというシスターフッドの施設へと着の身着のまま向かいました。到着したときにはサクラコさんは眠っていましたが、もう既に一度目を覚ました後だったようで、私が消息を絶ったことを聞いてこの身をかなり案じてくれていたみたいです。
彼女の眠るベッドに転がっていた彼女のスマートフォンが、私に心配のモモトークを連投している画面を映していたことは見なかったことにしておきました。私がスマートフォンを持っていなかったことを知って恥ずかしかったのか、私が自分の端末で確認した時には全て送信取り消しになっていたので。
そんなこんなでようやくサクラコさんの無事を確認できた私は、張りつめていた糸が切れたように安心してしまいまして、彼女のベッドの横の椅子であっさりと眠ってしまいました。
そんな形で、私のエデン条約調印式の長い一日は幕を下ろしたのでした。
長らく書きたかったお話しその1でした。
エデン条約編としては別視点でおまけがあるのでもう一話続きます。