47.そうして成長は見届けられる
「お母様、お父様、まずは長らく連絡を欠いたこと、そして受けた連絡を返さなかったこと、お詫び申し上げます」
プエラ分派生徒の通う校舎の一室、その首長室で、私は両親と対面しております。
流石に心配を掛けすぎてしまったので、一日だけ部屋をお借りして両親を招待し直接お話ししようと思ったのです。
いつも首長室に入り浸っている面々には頭を下げて一日だけ退出をお願いいたしまして、野次馬も入れないようにお願いしました。そうして首長としての特権を存分に活用しまして、皆が授業を受けている静かな時間に私は両親と感動の再会を実現させたのです。
「カタちゃん! せめて手紙ぐらい寄越しなさい! いくら昼間に外に出れなくなっていたからって、深夜に出歩けるようになった段階でポスト投函ぐらいはできたでしょう!」
「え、あ……」
「しかもスマホのことだって! 最近はオンラインで手続きもできますし、寮母さんと話せるなら手伝ってもらって修理に出せばよかったでしょう! どうしてそういうことをしないのですか!」
「う、あの……」
「カタちゃんのことは私もよくわかっていますからね! 当ててあげましょう! どうせ途中から連絡を取らない方が面倒が減って楽だからとか考えて先延ばしにしていたんでしょう! カタちゃんのそういうところが良くないと入学前の教育でもお伝えしていたはずです!」
「ぐ、ぎぎ……」
感動、ええ、感動の再会です。少なくとも私は久々に両親の顔が見れてとても嬉しいです。
諸々の事情を説明するという建前の言い訳の後、かれこれ十分ぐらいはお母様の説教が飛んできている現状ですが、理由が私の怠慢が原因ですので甘んじて受け入れるしかありません。久々に聞く自分の愛称に懐かしいと思ってしまったことで、やはり時間が空きすぎてしまったのだなと痛感しました。
耳が痛いお母様のお話が彼女の息切れによって中断されたタイミングで、今まで沈黙を貫いていたお父様が口を開きます。
「お母さん、そのぐらいで。でもねカタネ、本当に心配したんだよ。年末も帰ってこないし、久々に手紙が届いたと思ったら別の人からの怪しい契約のお話が書かれた手紙が入っているし」
どうやら長らく不明だった私の間違って送った手紙は、悪い大人からの勧誘の文章を間違えて封入していたみたいです。読む人が読めば不当な契約だと気付けるでしょうし、お二人からの連絡が絶えなかったのは私がおかしなことに巻き込まれたのではないかという心配から来ていたみたいです。
お父様の声音からも、不安と安堵の色が感じられました。
親の心子知らずと言いますが、お二人は私が思う以上に私の事を案じてくれていたみたいです。
「でも、元気にしていて良かった。あの時のカタネ、かっこよかったよ」
「あの時? え、待ってください。どの話ですか? あの私の演説、放送されていたんですか?」
「結局エデン条約は破談になっちゃったみたいだけど、あの時は間違いなくカタネの言葉でみんなが団結したんだ」
あの、私の質問に答えていただきたいのですが。
両親があの深夜テンション適当演説を見ていたということは、どこかにクロノススクールの報道陣がいたということでしょうか。私みたいな警戒リスト入りしている危険人物なんかより友達のために声を上げた普通の女の子の方を撮るべきでは。いや、あの奇跡があったからこそカメラを回し始めたのかもしれませんが。
黒歴史。黒歴史、確定です。名前こそ誰も言わなかったのでそこは大丈夫かもしれませんが、映像データとして残ってしまったのなら一大事です。しかも、あの場で言っていなかっただけでクロノススクールの放送では語られているかもしれませんし、第一容姿自体はばっちりと映ってしまっているはず。
私、あの深夜テンションの行いを十字架として生きていかなければいけないのですか。
もしかして傲慢にもあの調印式での影のMVPとか勝手に思っていた罰が当たったんでしょうか。
「でも、良かったの? 襲撃後の分派の働きを考えたら、ティーパーティーへの参加権すら手に入れられたはずでしょう?」
「はい、お母様の仰る通りです。そういった声が上がっていたのは確かですし、実際、打診もありました。しかし、我々はプエラ分派です。シスターフッド以上に、政治とは切り離されていなければならない組織です。そこについては、丁重にお断りいたしました」
「そう、あなたはそう判断したのね」
その口ぶりから察するに、お母様はプエラ分派の本来の役割を知っていたみたいです。
お母様の武勇伝なんかから考えると、もしかするとお母様は分派が力を持つことを望んでいたのかもしれません。私に伝えなかったのもきっとプエラ分派を役割に囚われず大きくさせるためだったのでしょう。
これは想像になってしまいますが、プエラ分派の伝統や役割を失伝させたのもお母様たちの世代なのかもしれません。
ですが私の代まで分派の扱いが変わらなかったことを考えれば、失伝については無意味だったと言わざるを得ないでしょう。
そもそもの話になりますが、以前少し考えていた分派に入る条件が何が起こるわけでもなくずっと維持されていると考えるならば、どうやっても派閥を大きくしていくことは難しいですし。
「先日のアリウス掃討戦においても情報提供は行っていますし、協力は惜しみなくする方向で進んでいくつもりです」
先日発生したミカさんの脱走及びアリウスへの突撃に際しまして、地下を歩き回ったことがある私もカタコンベ攻略に召喚されました。
と言っても私はただ古聖堂近くから落下した後の覚えているルートを話しただけで、そこをパズルにして組み合わせたりそれを参考に組み変わるブロックの算出と解明を行ったのはハナコさんやウイさんたち天才の方々になりますが。
私ができたのは精々がミカさんを落下させた穴が皆さんが突入しようとしているルートの途中にあるようだったので、そこから行けばいいんじゃないかと口を挟むことぐらいでした。
実際の突入もプエラ分派はしませんでしたからね。ポーズとして入り口に部隊を待機させて、飛び出してきたアリウス生を何人か捕まえましたが、それだけです。
ナギサ様とか偉い方々が危険を冒して敵地に飛び込む中、安全圏で悠々と待っていたので要らぬ反感を買ってなければいいのですが。
「分派の方針についてはカタちゃんたち現役の生徒が決めることだから、私にとやかく言う権利はありません。カタちゃんがそう決めたのなら、それでいいのだと思います」
「ご理解感謝します、お母様」
それからもしばらく両親とお話をした後、お母様は久々の、お父様は初めてのトリニティを楽しんで帰っていきました。
私は自分が案内すると提案したのですが、自分たちで回るからと断られてしまいまして、手持ち無沙汰になってしまいます。ウイさんはアリウスの潜伏場所から多数の古書が見つかったとかでハイテンションで修復と解読に明け暮れていますし、サクラコさんもユスティナ聖徒会絡みの案件で忙しそうにしています。ミタカちゃんへの労いは絵を頼みたいとか言っていたので伝手を紹介するだけで終わってしまいましたし、
さてどうしたものかと大聖堂の方に繰り出しますと、魔女を追い出せやら断罪せよやら叫んでいる集団に遭遇しました。先日二回目の聴聞会を終えて恩赦の方向に向かっているのが気に食わない方と、なんか面白そうだからというトリニティ精神の体現者が集まったデモ隊です。
噴水のへりに腰掛けて面倒なのでこちらに近付いてきませんようにと願いながらぼーっとそれを見ていますと、突然後ろから声を掛けられました。
「ふふ、やはり気になるのですか、カタネちゃん?」
「"カタネもミカの事を気にかけてくれているみたいで、嬉しいよ"」
人の話を聞かないコンビに絡まれてしまいました。
彼らには真実だけ話すと決めておりますので、いつも通り取り繕わずに言葉を返します。
「突然予定が空いてしまって手持無沙汰になってしまったので、休憩がてらここに腰を下ろしただけですよ」
ミカさんが完全な落伍者になるようならプエラ分派として拾いに行くつもりでしたが、彼女には良き友人がおり、その足元が崩れても身を寄せる先が存在します。であれば我々の出番はありませんので、身から出た錆は自分で何とかしてもらわないといけません。
なので私がこの場でデモ隊を見て考えていたのは、全く別の感慨に浸っていただけなのです。
この場所は、私にとってある意味思い出の場所。苦く目を背けたくなるような記憶が残る場所。
今彼女たちの悪意の矢印は自分に向いていませんが、あの時はそれが自分に向いていました。
「かつて悪意を浴びた自分が、今ではあまりそれを恐れていないことに驚いていました」
当時の自分と今の私は違います。
単純に図太くなっただけかもしれません。慣れてしまっただけかもしれません。
それでももう、彼女たちの悪意に屈して部屋に閉じこもる私はどこにもいないのです。もしその矢印が自分に向いたとしても、トリニティ仕草で追い払う自分の姿が容易に想像できます。
それはきっと、『花羽リツカ』として多くの経験を積んだから。
一人で敵地に飛び込みました。誤解されて疑いの目を数多く向けられました。武器を持って分派の皆さんと共に戦いました。
その全てを完璧にこなせたとは思っていません。選択を間違えたことも多かったはずです。もっとうまくやれた道もあったはずです。
ですがそれらを経たことで、私は今の私になりました。
まだまだ分派の皆さんを守るのには足りないと思いますが、少しは強くなれたと思っています。
「カタネちゃんが、悪意を?」
「桐藤家の神器について、ハナコさんは何かご存じですか?」
昔のことを深堀されたくなかったので、無理やりに話題を変えられるように質問を投げます。
ついでにこの勘違いコンビの誤解も解いておこうという算段です。理解力はかなり高いお二人ですから、神器の効果について話せばきっと自分たちの間違いに気が付いてくれることでしょう。
「桐藤家の神器、幸運を呼ぶという逸話のあるスナイパーライフルですね。桐藤家では運の悪い使用人や友人に貸し与えることもあると聞いたことがあります」
「では、そのデメリットは?」
「詳しくは知りません。ですが、あまり長時間は保有しないようにと言われているようですね。何でも、その人の評価に影響を及ぼしかねないからだとか」
そこまで知っているのならば、私の状態にも見当がついていいような気がするのですが。
神器には総じて少なからずデメリットがあります。威力が上がる代わりに宝石を消費する、だんだんと精神を蝕んでいく、一回使うと一週間使えないなんてものもありまして、私が所有する二丁のショットガンは使用者の制限という仕様になっております。
桐藤家の神器――リツカさんの青いスナイパーライフルについては使用者の評価を本人の本意ではないものに変化させるというものです。私は慣れたのであまり気にしていないのですが、本来はあまり気持ちのいいものではないようで、先のハナコさんの話みたく長時間持たないようにして踏み倒すのが鉄板だったみたいです。
リツカさんがどれだけの時間持っていたのかはわかりませんが、リツカさんがプエラ分派に来たのには、もしかするとこのデメリットが関わっている可能性があるかもしれません。
少なくとも彼女がナギサ様の左腕と呼ばれていた時間こそ、彼女がこの神器を保有していた時間に他ならないのですから。
「こちらが、その実物です。といっても、私はナギサ様から直接渡されたわけではなく、リツカさんから押し付けられた形になりますが」
「"押し付けられた?"」
そこに反応はしなくていいのですが。
まあ折角なのでその辺りの説明もしておきましょうか。先生なんかは私と彼女の入れ替わりについて私に事情があると勘違いしているご様子でしたし。
「私とリツカさんの入れ替わりは、あくまでもリツカさんの希望によるものです。名を上げたことでその肩にのしかかった責務から解放されたかったのか、彼女は自身の
「"カタネはどうしてそれを受け入れたの?"」
「タイミング悪く分派の方がこの銃を持っている私を見てリツカさんだと誤解したため、仕方なくといった形です。前任者から元ティーパーティーの『花羽リツカ』にプエラ分派を指揮してほしいと依頼されたこともあって、リツカさんだと誤解された私が前に立つ必要がありました」
当時は反論する言葉すら出ず、流されるままにその地位に収まってしまったんですよね。
そう考えると随分と話せるようになったものです。というか最近、言葉が出ないなんて事態に陥った記憶がありませんね。これはもうコミュ障の称号は返上してもいいのかもしれません。
まあその辺りは先生たちに伝える必要もありませんし、黙っておいていいでしょう。重要な情報でもありませんしね。
「"そっか。カタネは優しいんだね"」
いえ、反論できるほど声が出てくれなかっただけです。
「なるほど、ティーパーティーとして活動する中で疲れ切っていたリツカさんのために、カタネちゃんは部屋から出ることを決めたのですね」
あの、いや、もうその解釈で誤解していただいた方が話が早いかもしれません。
ハナコさんは深夜徘徊時に会ったときから私が引き篭もった理由をトリニティに見切りをつけたとか考えていそうですし、彼女はそれで納得してくれるかもしれません。
ああ、でも。
ついさっきお母様から指摘された私の悪癖を思い出して、向き合わずに逃げてばかりではダメだと思い直します。
誤解を解こうというのなら、面倒でも言葉を尽くさなければ。
「そんな大層なものではありません。私は流されるまま、ここまで歩いてきただけなのです」
「――え?」
「皆が言う遠謀深慮など私にはありません。すべては行き当たりばったりで、この前の調印式だって私はサクラコさんという友人を探すためだけに動いていただけですし、あの演説だって、なんかそういう雰囲気だから流されて変なことを口走っただけなのです」
「"えっと、じゃあもしかして、いままでのも全部……?"」
「無論、すべて奇跡的な噛み合いによる皆様の考えすぎによるものです。そういった誤解をされることこそが、この神器のデメリットなのですが」
思えば、サクラコさんと友達になれたのも告解室で当時の私の中にあった全てを曝け出したからでしたね。友達一人作るのにそこまでの労力を必要とすると考えると、やはりそれなりに大きなデメリットと言えるのかもしれません。
私がこのデメリットの内容を知ったのはウイさんと交流して調べてもらった後でしたし、そう考えるとリツカさんはとんでもない物を押し付けてくれたことになりますね。
別にそれ自体に特に思うところはありません。だって当時友人ゼロだった私が被った被害は少し仕事が増えた程度ぐらいでしたし。多少ツルギさんやティーパーティーの方々に目を付けられることはありましたが、それはこの銃を押し付けられる以前の私の行動と口下手が主な原因ですし。
「私はあの日リツカさんに出会わなければ、きっと今でも自室で寝転がっていたことでしょう」
それを口にして、ふとどうしてあの出会いがあったのか思い返します。
確か私は、学生証の再発行のために昼間に外に出るという当時の私からしたら一大決心をしたのではなかったでしょうか。あっさりと外に出れてしまった故に忘れていましたが、一時は玄関の扉の前でへたり込んで動けなくなってしまうぐらいだったことを考えれば、その挑戦をしようとした私はなかなか勇気を振り絞っていたのでは。
例えそれが寮を追い出されるかもしれないという保身からの後ろ向きな決意であったとしても、それは間違いなく変化を望んだ私が前に進もうとした結果なのです。
ずっと、私が外に出たのはリツカさんに流されただけだと思っていました。
でも、あの日リツカさんと会えたのは。
今もこうして皆さんと交流できるようになるきっかけを作ったのは。
あの日あの時間に、自らの意思で部屋の外に飛び出した私自身なのでは。
――そうか、私はあの日、自分で道を切り開いたのか。
その事実に気が付いて、私はずっと胸に
「カタネちゃん!? いきなり泣き出して一体どうしたんですか!?」
その言葉にハナコさんと先生を見れば、ぎょっとしたような表情で私の事を見ていました。
ああでも確かに、なんだか頬も濡れているし鼻水も止まりません。視界も滲むしさっさと止まってほしいのですが決壊した涙腺が言うことを聞いてくれません。
でも、一つだけ言えることがあります。
私はようやく、自分のことを辰カタネだと認められるかもしれません。
もしリツカと出会うことなく主人公がプエラ分派の首長にならなかったとしても、遅かれ早かれ外に出れるようにはなっていましたよという話。部屋からは出ませんが社会復帰はたぶんします。
主人公が頑張ったため、ハナコと先生の誤解もついに解消。もう勘違いしてる方が少数派かも。
書いてて思いましたがこれもう実質本編なのでは。