見たか! 余はカッコいいであろう!   作:息抜きのもなか

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前半トコちゃん、後半三人称。


54.そうして決断は聞き届けられる

 学校見学の時、私は目標を見つけた。

 

 一人だった。あの人はずっと一人で戦っていた。

 

 眩しかった。すごいと思った。自分もそうなってみたいと、憧れた。

 

 彼女を真似て始めた似非お嬢様口調は、自然と私に沁み込んでいった。

 けれど、彼女の精神性を私の中に取り込むことは、終ぞ叶わなかったらしい。

 

 彼女はあの部屋の中で、一人だけで分派を回していた。自分が楽をしたいからという理由より、目の前の人と自分の後を継ぐ人のために仕事を改善していた。

 私もそうなりたいと思った。全部自分でできなきゃだめだと思った。

 

 入学して、母から言われていたように補佐の子が挨拶に来た。

 母からはいい子だから一緒に頑張るのよと言われていたけれど、私が一人で頑張りたかったから彼女を遠ざけた。

 でも、やり方がまずかったのだろう。いつの間にか彼女は分派の人全員から遠ざけられていた。

 私にできることは、保身のためにあの人の耳に入れないよう工作をするぐらいだった。そうやって保身をしているうちに、私はあの子のことに関する記憶をすっかり蓋をしてしまっていた。

 

 一年間、彼女と過ごす時間を得た。

 彼女の元で仕事を学び、ときには彼女の幼馴染に連れられていろいろな場所に回り、いろいろなものを見た。いつの間にか後者の比率が高まっていって、自分が他の人と同じ賑やかしになっているのに気付いたけれど、そのぬるま湯から抜け出すことができなかった。

 

 自分の頭が足りないことは、うすうす自覚があった。

 執務を担うには、自分の能力が足りないであろうことも。

 だから学年が一つ上がったことを機に、これから勉強に力を入れて彼女の一助になれるようにしようと強く決意した。

 心機一転、これからというときだった。

 

 知らない二人組が首長室を訪れて、あっという間に首長室にいた全員がクビになった。

 あの人は自分より上手くやれるからその座を渡すのだと言っていたけれど、私からすればあの人の方が適任だと思っていた。

 もっと一緒にやっていたかった。

 

 目標を失った私は、何をするでもなくいつも一緒にいる友人たちとダラダラと遊びながら過ごしていた。

 分派は変な方向に向かっている気がしたけれど、戦闘部隊の子は新しいリーダーに心酔しているようだった。言うことを聞かなかった子たちが素直に従っているのは、少しばかり新鮮だった。

 

 二人組の片方が私のところにやってきた。

 友人に聞けばそれが今のプエラ分派のリーダーらしかった。

 彼女は戦ったことのない私を正義実現委員会の射撃訓練場に連れて行って、私すら知らなかった私の才能を開花させてみせた。

 彼女の下で戦うのは、思いのほか楽しかった。

 どこかで感じ続けている違和感は、ずっと無視を決め込んでいた。

 

 あの赤い壁に触れた瞬間、全てを壊したいという衝動に駆られた。

 抑え込もうとしても溢れ出しそうになる感情に、彼女ならどうするだろうとその顔を思い浮かべてしまったのがいけなかった。

 あの人にとって全てとはこのプエラ分派の事を指している言葉だった。私もそんな風に考えたいと思っていたから、私は最悪の暴走をしてしまったのだと思う。

 プエラ分派を壊すという衝動に身を任せて、私は自分の記憶の蓋を外した。

 

 二発。二発だ。

 自分でも無事で済むか分からない攻撃を、彼女に浴びせてしまった。

 あの赤い壁に触れた影響か銃に込められる力も上がっているようで、私の攻撃は容易に彼女を再起不能に追い込んだ。

 誰が見ても分かる。ヘイローが壊れていなくとも、時間の問題だろう。

 その目がこちらを見ているのに気が付いて、それが全く私に対する嫌悪を含んでいなくて、私は彼女の下にいるのが心地好い理由を知った。

 彼女は私の憧れるあの人と同じような動機で動いていた。

 

 役目を終えたからか、あるいは私の彼女に対する感情がマイナスよりプラスの方が大幅に上回ったからか、私は自分の身体の制御を取り戻し、縛られて自室に転がされていた。

 戦闘部隊の誰かを寄越せばいいものを、監視の任を私の友人たちに任せるのはそれだけ人手が足りていないからか。

 

 心にもないことを言ってしまったと自省する。

 いや、それがあの衝動に操られてのことだったとして、あの言葉が私から出てきたということは少しは私の中にあった感情なのだろう。それが目的のために都合が良いからとピックアップされて、増幅されて、私はその衝動に身を任せてしまった。

 最低な私は、どうすれば。

 

「何かあったんですの?」

 

 部屋の外が慌ただしい。友人たちの一人も通信をもらったのか慌てて飛び出していった。

 通信機を没収された私にできるのは、友人たちに問いかけることだけ。

 チラリとこっちを向いた二人の友人は互いに目を合わせ、少し悩む素振りをしてから頷き合って、最終的に私の方を見た。

 まるで仕方ないとでもいうようなその仕草は、この一年で幾度となく見てきた彼女たちのいつも通り。それでもその口から語られるのは、紛れもない異常事態であった。

 

「敵が現れたみたいっす。エデン条約の調印式のときの、えっと、何でしたっけ?」

「ユスティナ聖徒会でしょ? あの倒しても復活する厄介な奴らよ」

 

 敵襲。あの子が倒れているこのタイミングで。

 そこに作為的な意図を感じて、私はようやくあの赤い壁を造り出した者が明確に自分たちを攻撃しようとしているのだと理解した。

 逃げられないように囲い、外部との連絡手段を断って、光に魅入られた者で頭を潰す。それから混乱してるところに本命の戦力を叩き込んで、全てを終わらせる算段なのだろう。

 

「一応いつも通りミタカさんやミライさんの指揮で部隊を動かすみたいっすね」

「まあ私らを引っ張り出すほど切羽詰まってはいないみたいね」

 

 それなら大丈夫なのだろう。

 私なんかの判断より、あの人たちの方が間違っていないだろうから。

 でも何だろう、この胸騒ぎは。

 あの壁に触れたからなのか、自分の中に別に意識が巣くっているのが判る。その意識と繋がっている影響か、自分たちに向けて更なる悪意が向けられている気がしてならないのだ。

 

 一旦それを脇に置いて、自分の内側へと目を向ける。

 あの子に吐いてしまった言葉のように、自分の中に私が知らない感情がないか確かめたかった。

 

 思い出した今、改めて辰カタネという人間について考える。

 初めて彼女を見たときの感想は、臆病そうな子というものだった。利発さも少し印象に残ったことではあったけれど、それ以上に内気でおどおどした印象を受けたことを覚えている。

 だからこそ言いくるめて、遠ざけるという選択をしたのだけど。

 

 先日彼女に声を掛けられたときはどうだっただろうか。

 あの子は連絡事項を伝えるように普通に私に話しかけてきたと思っていたけれど、本当にそうだったのだろうか。

 さっき私が彼女と向き合ったとき、彼女は私が武器を構えていないのにすごく怯えた表情を見せていたはずだ。だとするならば、彼女は私の事を覚えていて、トラウマになるぐらいには傷を負っていて、その上で私に会いに来たということにならないだろうか。

 私に声を掛けたあの日、彼女は何を思っていたんだろう。どれだけの勇気をもって、その行動を選んだんだろう。

 私が同じ立場だったとしたら、そんなことはできる気がしなかった。

 

 考えを整理する。

 まず、記憶を取り戻した今でも、私は辰カタネのことを嫌ってはいない。

 才能を(ひら)いてくれたことに感謝しているし、結果的に彼女が閉じこもる原因を作ってしまった私に対してあそこまで平等に接してくれる彼女のことを私が嫌がる理由などなかった。

 暴走した感情は少しばかりは私の中にあるものの、どう考えても私より彼女の方が相応(ふさわ)しい。

 その判断ができないほど幼稚なつもりはない。

 

 あの時口にした彼女に対する幾つかの質問。

 冷静に普段の彼女を思い出して考えてみれば、そんなことをする人間ではないと否定ができる。

 ではなぜあんなことを口にしてしまったのかと考えて、答えはすぐに見つけられた。

 

 私もあんな風になりたかった。あの場に立って、皆を導く立場に憧れていた。

 

 羨望、(すなわ)ち嫉妬。

 私は大罪を犯して、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 原因は(わか)りきっている。

 届かないと理解しているのに、手を伸ばそうと足搔いたからだ。素直に諦めればいいものを、ずっと理由を付けて引き伸ばしにしていたからだ。

 だから私は――憧れを捨てるべきだ。

 

「私はもう、あなたに憧れるのをやめますわ、サナ先輩」

 

 口に出した言葉がすっと腹落ちして、少しばかり心が軽くなったのを感じる。

 適材適所。私が望んだその場所は彼女が居るべき(ところ)で、私が居るべき(ところ)は、彼女に見出された戦いの場だと(わか)っている。

 

 

 

 憧れと過ごした輝かしい日々をゆっくりと噛みしめながら砕き、思い出として嚥下する。

 それを存分に時間を掛けて終えた押上トコはもう、迷わない。

 

 プツリ。

 実際は音はなかった。ただ明確なのは彼女の中に燻っていた昏い光はもう、彼女に触れることは叶わないということ。

 それはキヴォトスに生きる生徒としてのルールから逸脱する、理を外れた事象だった。

 

 

 

 ユスティナ聖徒会の出現から二日が過ぎ、夜が明ける。

 プエラ分派寮を覆うように赤い壁が出現して四日目の朝、夜通しの攻勢を何とか凌いだ彼女たちの本部に、最悪の報が届けられる。

 

「バルバラです! 聖女バルバラが現れました!」

 

 リツカがその報を受けて頭を巡らせ、今の戦力で対応ができないという結論に至るのに時間はかからなかった。

 そもそもが戦力で見れば自分にとって天上人である聖園ミカですら敵わなかった相手。

 分派の全てをかき集めたとしても、彼女を抑え込む姿すら想像ができなかった。

 

「無理です……、流石に今あの聖女の相手は……!」

「ミタカちゃん、リツカさん、冷静に。ミタカちゃん、地下の道具で使えそうなものはありませんでしたか?」

「それを使っても厳しいです。一度の無力化はギリギリ可能かもしれませんが、皆さんの回復速度的な問題で二度目があった時点で戦線が崩壊します。その選択は、できません」

「だけど、あれをどうにかできなかったらこのまま押し込まれるだけだよ!?」

 

 このまま押し込まれた先にあるのは、容赦のないヘイローの破壊だろう。

 カタネの惨状から容易に辿り着くその結論が語るでもなく共有された首長室は、別の知らせを持ってきた少女がその役目を断念するほどに重たい空気が漂っていた。

 何か、何か手はないのか。

 必死で起死回生の一手を考えるリツカのところに、一件の通信が届いた。

 

『私に、やらせてくださいまし』

 

 知っている声だ。

 だがそれは、部屋に閉じ込めて出歩けないはずの者の声で。

 

「押上トコ……! どの口で……ッ!」

「私が要請を投げました。彼女の各種数値を計測したのは私です。彼女であれば、バルバラをどうにか抑え込むことは可能かと思います」

 

 激高しかけたリツカを抑えるように、ミライが淡々とそのデータを伝えた。

 その独断を咎めようにも、送られてきたデータが現状の唯一の希望であることを証明していて、リツカは反対する手立てを失う。

 戦闘指揮を執る一年生の後輩に目を向けてみても、もう既に作戦を考えているのか既存のデータと照らし合わせながら真剣な表情で手を動かしていた。

 

『花羽リツカ様、で合っていますわよね? 私も自分が何をしたのか、理解しているつもりですわ。ですから、私が怪しい動きをした場合はその時点で敵とみなして排除してくださいませ』

 

 合理的に考えれば、押上トコの参戦を拒む理由はない。

 無論、色彩によって再び暴走する懸念もあるのだが、前提として彼女を投入しなかったら自分たちは全滅するのである。そんな状況下では彼女の参戦を拒むことの方が非合理的な選択とすら言えるのかもしれない。

 だが、頭で理解していても、感情がどうしても許さなかった。

 

「何で、何で二人は受け入れてるのさ!? そいつは、押上トコはカタネちゃんをあんな状態にして殺しかけたんだよ!? あんなことをしたのに、どうして使おうと思えるのさ!?」

 

 この部屋の中で、自分だけが彼女を否定している。

 自分が間違っているということは明らかだ。受け入れるべきだ。今は自分のわがままを通す場面ではないのだから。そんなことをしている余裕はないのだから。

 それでもリツカは、自分の大切を奪われかけた恐怖が拭えない。ましてやその元凶を受け入れることなどありえないことだった。

 

『確かに私はあの子を撃ってしまいましたわ。でも、だからこそ、私が戦わなければいけないのですわ』

 

 リツカの質問に応えない二人の代わりに、押上トコが言葉を返す。

 その意味をリツカが考えている間に、彼女は次の言葉を彼女へと投げる。

 

『私のせいで、あの子は自分の手で大事なものを守れなくなってしまったんですの』

 

 それは、彼女の決意表明。

 

『あの子が戻ってきたときに、あの子が守りたかったものが全部失われてた、だなんてそんなお話は、許されていいはずがありませんわ』

 

 彼女が戦う、譲れない理由。

 

『だってあの子は誰より分派のために動いてきたんですもの。皆のふざけた投書にも向き合って、私たちのために体を張って、そうやってちゃんと、彼女は結果を出してきたんですわ。そうやって頑張ってきた彼女が報われないなんて、そんなことはダメなんですの!』

 

 憧れを捨てた彼女の中に残った、今自分がやるべきこと。

 

『だから、台無しにしてしまった私が責任を取るんですわ』

 

 力強く、少女は誓う。

 

『あの子が守ろうとしたものを、私が守るんですの! それが私の命一つでどうにかなるのなら、私はこの戦いで命を落としても構いませんわ』

 

 ダメだ、崩せない。

 自分よりも遥かに覚悟を持ってこの場に現れた少女(トコ)のことをどうにかできる手段はない。自分が許可をしなくても、もし彼女が必要な事態になれば勝手に戦場に飛び出すだろうことは想像に難くなかった。

 それを悟ったリツカは歯を食いしばって悔しさを露わにし、しかしそれでも現状の最高責任者として決断を下した。

 

「わかったよッ! ミタカちゃん、作戦は任せるからッ! 絶対、最悪カタネちゃんが起きるまでは食い止めて!」

『当然ですわ! 私もあの子が戻る前に誰かを欠けさせてしまったら、合わせる顔がありませんもの!』

「今すぐ作戦を立てて組み直します。昨夜みたいに一晩中攻勢があることを考えると、ミライさん、ローテーションの方はお願いできますか?」

「わかりました。正面に2部隊と遊撃を1部隊で上手く休みを入れられるようにします。交代の際の動きについてはミタカちゃんにお任せします」

 

 押上トコの投入によって、崩れかけた盤面が持ちこたえる。

 回り始めた首長室の頭脳たちが、プエラ分派を繋ぎ止めるために奔走していた。

 

 

 

「そこまで感情を向けていただけると知れると、なんだか嬉しくなってしまいますね」

 

 通信を聞いていた少女は、自室のベッドの上で満足そうに笑う。

 こちらから何かを投げることはせず、聞くことだけに徹していた彼女は、準備をしてくれた生徒の方に視線を向けてお礼を述べた。

 

「ミノワさん、通信を繋げてくださりありがとうございます。満足しました」

 

 それを言い終えると少女は目を閉じて、垂れ流されている首長室の音声をイヤホンから聞きつつ、状況の把握に努める。

 誰に見咎められることなく臨時の首長室に盗聴器を設置してきた少女を部屋に招いてしまっている現状を憂う気持ちには蓋をして、少女はひとまず分派の人間がまだ誰も欠けていないという事実を喜んだ。

 

「ミノワさん、寮母さんに伝言をお願いできますか?」

 

 一時的とはいえ彼女の側を離れることを案じていた少女のことを、目も覚めたし一人でも大丈夫だからと送り出す。

 部屋の扉が閉まったのを確認して、少女はすぐさま包帯だらけの体を引き摺りながら落ちるようにベッドを出る。

 全身の痛みで歪むことはあるものの、その顔は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「皆さんも頑張っているんです。私が頑張らないわけにはいきませんよね」




サナ「私は自分が過労死しないように仕事を減らしたかっただけですわ!」

次回、主人公視点に戻ります。
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