お母様、お父様、この引き籠り日和、いかがお過ごしでしょうか。
私はギリギリで生き永らえて、動きそうもない体で強制的に引きこもりをさせられそうになっております。
しかし私が求めている引きこもり生活は安眠ができて自由気ままな生活を送れるという前提条件がなければ成り立たないものでして、こうして激痛と医療用具で固定されて動けないというような不自由極まりない強制引きこもり三昧は私の望むところは少し違う場所に位置しているのです。
プエラ分派は、はっきり言って半端者の集まりです。
ミタカちゃんの指示によって精鋭部隊のような動きを実現できていますが、それは全体を見た話であって個々の動きで突出していると言えるのはトコさんぐらいです。そのトコさんだって時間と経験が足りなくてまだまだ粗削りな動きではありますし、ミタカちゃんも指揮自体は神がかっていますがこちらも経験不足で危ない場面は少なくありません。
何が言いたいのかと言えば、私の手当てをした人間も救護騎士団のようなプロフェッショナルではなかったということです。動かしちゃいけなさそうな場所は動かせてしまいますし、もう少し押さえつけてなければいけない場所も緩い状態です。
ですが、では彼女たちが手を抜いているのかと聞かれれば、それには首を横に振る必要があるでしょう。彼女たちは突然発生したこの未曽有の事態下にあっても、自らの持てる力の全てを発揮しようとしてくれています。
であれば、死ぬほど痛い思いをして頑張れば動けるというような有様ではありますが、私だけ寝ているわけには行きません。動けるのなら、頑張らないわけにはいかないでしょう。
「ぐぇっ」
ミノワさんに適当すぎる伝言をお願いすることで一人になることが叶った私は、起き上がろうとしましたが激痛により断念。
それでも体を捩りながらベッドの端まで向かいまして、床に向かって手を付きますと、その瞬間に叫ぶ気力も力を入れる根性も吹き飛ばすかのような肉体の悲鳴が腕を駆け巡りました。結果、私は体勢を崩してきれいにベッドから放り出されます。
練習の時に幾度となく経験した落下の仕方で、しっかりと身体に余計なダメージが入りました。
変な声が出たのも仕方がないでしょう。
「いだだだだだだ」
芋虫みたいに体を捩りまして、玄関へと向かえる壁の方向に向かいます。
体が地面と接する度にその場に留まりたくなりますが、それはちょっと選べない選択肢です。
ようやく壁に辿り着きますと、そこからは芋虫からナナフシになる時間です*1。壁に体を預けることで増してしまっている気がする体への負荷に目を瞑りながら無理やり体を持ち上げまして、そこそこ時間を掛けて立ち上がることに成功しました。
壁に手を付きながら右足へ重心を移し、思いっきり歯を食いしばってから左足を出しまして、ゆっくりではありますが歩を進めます。食いしばったことで頬の火傷が突っ張って、肉がぐじゅぐじゅと痛みましたが、左足の接地による衝撃で全身が悲鳴を上げたことで全てが上書きされたことでなかったことになりました。
「まあ、こんなところだと思いました」
見知った声が聞こえて、息を整えるために下を向いていた顔を持ち上げます。
ミノワさんが鍵を掛けずに出て行ったために開いていた私の部屋――倒れた私が部屋に運び込まれているので私が起きるまで出入り自由だっただけ――の玄関を開けて、そこに立つ影が一つ。
「ミノワちゃんを遠ざけたので何か考えているんだろうと来てみれば、やっぱり脱走する気でしたか」
「どうしてここに?」
「この状況がそれなりに続くことを見越して、ミライさんと交代で指揮をすることにしたんです。先に私が休むことになったのは、私が既に二徹している状態だったのが考慮された結果ですね。ここに来たのは、談話室を出て自室に戻っていたときに階段を下りていくミノワちゃんを見つけてしまったからです」
事も無げに語るミタカちゃんは疲れているのか、いつものようなテンションの高さは成りを潜めてしまっています。
ミノワちゃんから聞いたところ二日前に現れたユスティナ聖徒会の攻撃は夜だろうとお構いなしに続いているようで、恐らくその対応を一手に彼女が受けてくれていたのが原因なのでしょう。これからは交代でやるみたいですが、危機的状況になればどうしても彼女の頭は必要になってきますし、存分に疲労を回復していただきたいところです。
リツカさんが後方指揮チームに入っていないのは現場指揮の担当だからですかね。その割り振りを詳しくは知りませんが、同じように交代制でもう一人割り当てられているとしたら戦闘部隊のまとめ役の子がなっていそうですね。
「リツカ先輩、いえ、辰カタネ先輩。先輩がリツカさんと何を考えてその立場を入れ替えていたのか、私には想像がつきません。だから私にできたのはお二人の意思を尊重することだけでした。お二人が望むように入れ替わった状態の名前で呼んでくださいと皆さんに周知するのが精々です」
先程の通信で気付きましたが、どうやらトコさんの一件が原因なのか、私とリツカさんの入れ替わりは分派のほぼ全員にバレてしまっているみたいです。
恐らくリツカさんにとっては本意でない形での契約終了になってしまいましたし、今回の件は事前にトコさんとしっかりと話しておけば避けれた事態なので私の不手際と言えるかもしれません。リツカさんに後でちゃんと謝っておかないといけませんね。
驚いたのはミタカちゃんやミライさん、ついでにミノワさんまでもがそれに気が付いていたという事実です。戦闘部隊側の通信でもリツカさんを私と呼び間違える方はそこまで多くなく、先程ミタカちゃんが自らの口で告げたように根回しをしてくれていた結果なのでしょう。
もしかしたら去年の私の事を覚えていた人もいるのかもしれませんね。
「だから先輩、教えてください」
私はミタカちゃんのことを侮っていたのでしょう。いえ、ミタカちゃんだけでなく、この分派に所属する皆さんのことを私は幾らか低く見積もりすぎていたのだと思います。
半端者の集まりではありますが、別に勉強ができないというわけではありません。だって、補習授業部に入った人はいないのですから。最初に私に向けられた陰口に踊らされすぎたのかもしれません。
少しばかり私の事になると盲目的ではあると思いますが、それはどちらかと言えばリツカさんの銃を持っていたことが原因でしょう。去年の村八分を経験していた
なんと失礼なことでしょう。
「私が先輩にしてあげられることは、何ですか?」
こんな自己完結の多い私に付き従っている皆が可哀そうになってきますね。
信頼を向けてもらっているのなら、ちゃんとその信頼に応えなければいけません。彼女が私の事をちゃんと見ているなら、やはり私も彼女にちゃんと向き合わなければ。
「ミタカちゃん、私を琴宮サナ前首長補佐のところに連れて行ってもらえますか?」
前回の帰りに玄関で声を掛けろと言われてしまいましたので、ちゃんと今度は声を掛けなくてはいけませんね。
アポは、やめておきましょう。
彼女はあの雰囲気ながらウイさん同様に同族センサーが発動しています。ウイさんや私と近しいのなら、アポなんて入れたら断られるに決まっていますから。
「……はい!!」
ミタカちゃんは私の返答に心底嬉しそうに笑いました。
でも、お姫様抱っこで運ぶのは恥ずかしいのでやめてください。嘘です痛みで羞恥心は吹き飛びました。
ミタカちゃんタクシーに届けられて現在位置は琴宮さんの自室。
私を出迎えた彼女は私の惨状に目を瞬きながらも、私を部屋に招き入れてくれました。動いたことでいくらか開いた傷が、転がされたカーペットに血を垂らして汚してしまいますが、彼女は洗えばいいと一蹴します。
「そんな状態で、一体どうしたんですの?」
ゲーム画面を見た状態で、こちらを見ずに彼女は私に質問を投げました。
客人に対してこの態度。やはりこの分派で首長補佐をやっていただけあって精神力は凄まじいものをお持ちのようです。
そういえば気になっていたことがありますので、アイスブレイクついでにちょっとした意地悪でもしてみましょうか。
「そうですね。私が誰か気付いていたのに首長補佐を押し付けた人に対して報復をと思いまして」
「ど、どうして気付きましたの!? わたくしはただのポンコツを晒しただけでしてよ!?」
「カマをかけただけです。やはり気付いていたんですね。まあ、それは別に気にしていませんよ」
琴宮さんは先日部屋を訪れた際に私の事を見てすぐに「カタネ」の名で私を呼んでいたので、もしかしたらと思っていたのです。
首長補佐を務めていた彼女であれば私の成績も見ていたでしょうし、それ故に私でも問題ないと判断してその場を流すことを優先したのだと思います。もしかすると私の経歴も覚えていて、逆に私を引っ張り出すいい口実ができたと考えた可能性もありますね。
可能性としては他にも考えられるものはありますが、とりあえずその件についてとやかく言うつもりはありません。むしろ彼女がいなければ今の立場にはいなかったので感謝するべきなのかもしれませんし。
ひとまず慌てふためく彼女を見れて満足したので、痛みを我慢しながら体を起こして彼女の隣に移動します。
「動けなくて退屈なので、ゲームがしたかったんです」
「私とですの?」
「ええ、二人で出来て、協力するゲームとかがたぶん一番いいです」
琴宮さんは私の言葉に首を傾げつつも、私の希望した内容に近いゲームに心当たりがあったのか積まれているゲームソフトの中を漁り、そこから一つ持って戻ってきました。
新品だったのかラベルをその場で剥がして、彼女はゴミ箱へそれを放り込んでから私とテレビの正面を分け合うように少しずれた位置に座りました。私の容体を慮ってくれたのか座布団を使っていいと言われたので遠慮なく使わせていただき、渡されたコントローラーを受け取ります。
「こういったゲームは、よく来ているあの恋人さんとは一緒にプレイしないんですか?」
「なっ、何を言ってますの!? あの子は別にそんなんじゃありませんわ! ただの腐れ縁の幼馴染でしてよ!? あと、この手の謎解き系はあの子が勘で突破してしまうから考えられる時間がないんですの。この機会ですの、クリアまで付き合ってもらいますわ!」
叩けば音が出る楽器のように反応してくれる彼女はなかなか面白いですね。満足満足。
コントローラーを操作するための力を入れるだけで悲鳴を上げる身体に悪戦苦闘しつつ、痛みで変な操作をして大ポカをやらかしたり、やり直しになったりしながらもゲームを進めます。
やっぱり協力して謎を解いてクリアするっていいですね。難しければ難しいほど、時間を掛ければ掛けるほど、クリアした時の満足度は跳ね上がりますから。
ミタカちゃんには私が自室に鍵を掛けて引きこもってしまったと皆に言ってもらうようにしましたし、誰も私がここにいるとは思わないでしょう。思う存分ゲームを楽しめるというものです。
琴宮さんの幼馴染が持ってきてくれた食事を謎解きの解法を考える時間で食べたり、彼女がストックしているスナック菓子をつまんだりしながら私と彼女はゲームに没頭します。お菓子を触った後はちゃんと手を拭いてからコントローラーを触ってと怒られるようなこともあり、友達とゲームをするというのはこんな感じなんだろうなと感慨深い気持ちになりました。
夜は琴宮さんに「一度その魔力を味わって貰いたいですわ」と言われて彼女の幼馴染の膝枕に転がされ、そのあまりの心地好さに一瞬でうとうとし始めたというのが私に残る昨日の最後の記憶。
人力目覚まし時計に意識を覚醒されられた私は、彼女たちの日課だという散歩に行ったお二人を待つ間に一人で先に朝食をいただきます。
そのおかずが一品缶詰めで代用されているのを見るに、寮の食料の貯蓄にもそれなりに気を配らなければいけないところに来ているのかもしれません。そちらは寮母さんに任せてしまっていますので、申し訳ありませんが上手くやっていただきたいところ。
トリニティには似つかわしくない鯖缶を開けながら、そんなことを思いました。
しかし自分でも半信半疑でしたが、琴宮さんの部屋に来た甲斐はあったようです。
うん、私の立てた仮説は間違っていなさそうですね。
作者は鯖缶なら水煮より味噌煮派です。