ずっと、自分が戦場に立つ理由を考えてきました。
もともと私は、自分は現場ではなく後方にいる人間だと思っていました。それなのに、今では後ろはお任せして自ら先頭に立つようになってしまっています。
適材適所だと言って指揮をミタカちゃんに任せていますが、それを言うなら私の居場所も本来ならばそちらのはずなのです。
加えて、プエラ分派は悪い言い方をすれば私を部屋から出られなくした元凶の一つです。そんな人たちのために私が命を懸ける理由など、基本的にはないはずです。
『プエラ分派の首長ですから』
いつか私の身柄を確保しようとする大人から「なぜ見捨てないのか」という質問を受けたとき、私はそう返しました。
当時その質問に言葉を返した時はブラックマーケットの一件の後だったこともあって、組織の中の一個人であることを強く意識していた時期だったのは理由の一つにあるかもしれません。自身の行動が集団に影響を与えてしまうことを少なからず怖がっていた時期ですからね。
ただ、実際は心の中で芽生え始めていた感情を覆い隠すためにそれらしく理由を並べ、
ただ情が湧いただけ。それは当時の自分の心境を考えれば偽りだとは言いきれませんが、根本に目を向けた答えではありませんでした。
『見て見ぬふりは、できませんから』
それはセリナさんから戦場に身を置くには脆いこの身体を見透かされた後に問われた、どうして自ら戦いに飛び込むのかという問いに対する答えでした。
この回答にはそこまで今も違和感を感じません。皆さんが戦っているのに自分だけ後ろで構えているというのはどうにもやっぱり気が進まないというのは、やはり今も感じるところです。ミタカちゃんみたいな天才的な指揮ができれば後方待機も一つの貢献方法なのかしれませんが、私は書類仕事はできても戦闘指揮はいいとこ中の下ぐらいです。であれば、まだ前で戦っていた方が少しは役に立ちそうな気がします。
しかし、それはあくまでも平時の話。
私は生死を彷徨う重傷を負っていましたし、加えて私がいなくともミタカちゃんとミライさんの指揮で分派はどうにか対応できていました。素直に休んでいればいいものを、わざわざ傷を治してまで参戦する理由には少し弱い気がします。
その理由はあの時も考えたようにきっと、自己満足なのでしょう。私が面白くないから、ここに戻ってきたのです。
では、私は何が面白くなかったのでしょうか。
『休憩中の皆さん、すみません! すぐに出られる方はいますか? 第三部隊の皆さんがもう限界で、交代させてあげたいんです!』
夢で嫌な景色を見ていたことも、一つの要因かもしれません。
あれが実現してしまうのが嫌だから戻ってきたというのは、なるほど筋が通る理屈のような気がします。
しかし最大の懸念点だったリツカさんの銃に付着した血も私のものでしたし、分派の寮が大きな損傷を受けてはいたもののセイアさんの夢のように最後に全てがなくなるなんてことはありませんでした。
つまり、私は目を覚ました時点であの夢の中に私が戦う理由は残っていなかったのです。
それなのに、夢で自分の異常性に気が付いた私が起こした行動は傷を回復させることでした。
折角戦わなくていい理由を手に入れたのに、私はすぐにそれを放棄することを選択してしまったのです。
『ごめんミタカさん! 第二部隊ももう厳しい! 私ともう一人は残るから誰か穴を埋めて欲しい!』
いえ、もう長々と言い訳を垂れ流すのはやめましょう。
触れてしまえば、知ってしまえば、彼女たちを恨むことなんてできなかったんです。
私の醜い胸の内が理解を阻んでいたとしても、それ以上の感情に塗り潰されてしまえば抵抗の余地はありません。被害者ぶっていたのが精々だった私には、やっぱりそういうのは向かないのだと思います。
ずっと真正面から見て来なかっただけで、口にしなかっただけで、もう誰にとっても私の気持ちなんて丸見えなんでしょうね。
『こちら
向き合わなかったのは、認めたくなかったからだと思います。
だって、流されているみたいじゃないですか。自分を追い詰めてズタズタにした人たちのことをあっさりと許してしまうなんて、自分がそんな
許してしまう方が楽なのは判っていても、受け入れることが難しかったんです。
でも、元凶のはずのトコさんにすら、私の中の悪意は機能してくれませんでした。自分の過去何かどうでもよくて、ただ彼女に傷ついてほしくないという気持ちが勝りました。思えばアリウスと戦ったときには既に、私の意識はそちらに大きく傾いていたのでしょう。
やり返したいだなんて、復讐だなんて、どうでもいい。
そんなのはミカさんにやったように、目の前で大好物を美味しそうに食べるぐらいのことでいいんです。
『ミタカちゃん、今ここで二部隊入れ替えちゃうともうローテーションできないよ』
『あ……』
ずっと、プエラ分派の皆さんのことを見てきました。
皆さんが私のことを色眼鏡を掛けて見ていようと、私から見た彼女たちの姿が別物になるわけではありません。
彼女たちが良い子で、一生懸命で、それでいて少し正道からは外れてしまう子たちであるということは、私が彼女たちと過ごした日々の中で明らかなこと。
私はそんな皆さんのことが、とっくに大好きになっていたんです。
そんな当たり前で簡単なことが、ずっと受け入れられずにこんなところまで来てしまいました。
夢を見て準備をしたのは、皆さんが心配だったから。リツカさんの心配だけであれば護衛を準備して備えさせればいいだけですし、戦争の準備だと警戒されるほど備蓄と補給を行う必要はありませんから。
傷を無理やり回復させたのだって、私がこの場に立ちたかったからにほかなりません。
私がここにいるのは、『見捨てない理由』があるからじゃないんです。
立場なんて関係なく『守りたいもの』を抱えているから。皆さんを悲惨な未来に向かわせないために戦いに臨んでいるんです。
「ようやく、一体」
息を切らしながら、後ろ向きに倒れた目標が消滅していくのを見届けます。
トコさんは一晩で倒したのに、私は倍以上の時間を掛けてしまいました。ミタカちゃんが気を使って一対一の盤面を作ってくれたというのにこのザマ。安全策を取ったからというのもありますが、単純に私自身の火力の低さが問題でしょう。
それでも、倒せたという事実には満足しています。
バルバラはあのミカさんが苦戦する相手。聞いた話によればバルバラ以外の
しかし私は半年前まではツルギさんに手も足も出なかったような人間です。
いくつかの経験を経て、紛い物であるとはいえあの伝説の聖女を相手取れたのですから、少しぐらいは喜ばせて欲しいものですね。
確実に、私は強くなれている。その実感が得られたことが嬉しかったです。
「撤退を。殿は私が引き受けます」
「カタネさん! ありがとうございます。実は、そろそろ残弾も心許なかったところなんです」
感傷に浸るのはそこそこに、崩壊を始めている戦線のフォローに回ります。
いつも戦闘部隊を取りまとめてくれている第二部隊の隊長さんの率いる皆さんの撤退の支援をしつつ、周囲を見回しながらショットガンとスナイパーライフルを切り替えつつ応戦します。
寮の門まで行ってしまえば、まだ入り込んだ敵はいないのでどうにかなります。理由はわかりませんが寮の敷地内にはユスティナ聖徒会が出現することはないようなので、我々はずっと分派寮の門を守っている状態です。
最初は柵を越えてくる個体も居たのですが、ここのところは動きが単純になったのか門からしか入ろうとしないんですよね。先生が事態に気が付いたためにそちらを相手取るリソースを割かれているとかだととてもありがたいですね。
『こちら補給班ですが、もう全然残りがありません! あれだけ激しい戦闘でしたし仕方ありませんが、もう一回か二回か補給したらそれで終わりだと思っていてください!』
「では、そちらは取っておいてください」
ミタカちゃんの呼びかけに応じて集まった面々と第三部隊の皆さんを門の内側に退避させまして、私は寮の門の前に立って眼前のユスティナ聖徒会を睨みます。
突撃して抜けようとしてくる愚者には当然のように両のショットガンの連射をお見舞いして、こちらの隙を狙う
ゲヘナの武器屋さんで用意してもらった道具のおかげで、ショットガンとライフルの切り替えもなんのそのです。リツカさんからお借りしていた銃ほどの火力は出ませんが、それでも対応できる幅がかなり広がりました。
『カタネ先輩だけでは無理です! そんなの、あまりにも無謀すぎます!』
「ですがもう残り物資も少なく、皆さんの体力も限界です。それならば弾丸を気にする必要のない私が戦うのが合理的な判断です」
『体力の限界の話をするなら、カタネ先輩だってもう本来ならドクターストップが出てます! トコさんが熱を出してしまったから無理をしてもらっただけで、バルバラがいないならあなたももう下がらないといけない状態なんです!』
「見ての通り、今の私は無傷です。回復能力を手にした私であれば、あと何日でも耐えられます」
一人で戦おうとする私を撤退させようとするミタカちゃんに、現状を並べて反論します。
物資については余裕がないのは本当の事ですし、私があと何日間か粘った後に残りの時間を皆さんで徹底抗戦をして守り切るというのが一番可能性の高そうなルートに思えます。
今のプエラ分派は少ない人数で過酷なローテーションでの出撃を繰り返してきた結果疲弊している状況で、一度息を入れたいところです。比較的猶予がある私がその時間を稼げるなら、それに越したことはありません。
――悪寒。
本能に従うままに私が思いっきり飛び退いたところに、ガトリング銃の攻撃が叩きこまれて痕を残します。
下手人を見れば頑として認めないミタカちゃんの心を挫くように、やはりと言うべきかまた聖女バルバラが復活しておりました。
「バルバラが出てきました。私が戦うことに、異論はありませんね?」
『く――ッ。……私もっ! 指示を出しますからッ!』
「それは心強い。よろしくお願いします、ミタカちゃん」
そんなわけで、頑張らなければいけなくなってしまいました。
スナイパーの部隊の皆さんは一応動けているみたいですが、そちらも残弾の問題があって羽振り良くお見舞いしてやることはできません。話し合った結果、皆さんが立て直すまでは私が危険な場合のサポートに徹することになったみたいです。
ミタカちゃんの指示があると確かに効率的に敵を叩けますが、彼女も目が二つあるわけではないのである程度のアドリブは必要になります。
わざと攻撃を食らって重い攻撃を回避したり、翼で体を包んで致命傷にならないように軽減したり、攻めるべきところで多少の被弾を覚悟で倒しきることを優先したり。
倒したところで一時しのぎにしかならないので、時間稼ぎが最優先です。
通信画面を横目でちらりと見ます。臨界までは残り230時間。先はまだ長そうですね。
『ミタカちゃん、そろそろ食べないとミタカちゃんも死んじゃうからとりあえず口に入れて! ちょっとぐらいなら指示が無くてもカタネちゃんは大丈夫だから!』
暫く集中して戦っていたところに、通信でリツカさんの声が聞こえてきました。
私の心配はあまりしていないようですが、ミタカちゃんがいなくなると普通にキツいのでできれば早く戻ってきてくれると助かります。
相手も軍隊みたいなものですからね。面倒な連携を挫くにはミタカちゃんの目が必要なんです。
それにしても食事ですか。あれ、最後に食べたのは琴宮さんのところで食べた昼食でしょうか。
ちらりと通信画面を見れば、のこり200時間と表示されているのが見えました。
『カタネ先輩、今のは!?』
私の二丁のショットガンは弾丸不要の優れものですが、スナイパーライフルの方は普通のお高めの弾丸を使用しています。なので温存しつつ使っていたのですが、残弾が底を突いてしまったのが数時間前。
そのためここ数時間は二丁のショットガンだけの戦いを強いられておりまして、スナイパーの皆さんに援護射撃をいただく機会が格段に増えている状況でした。
そんな中で寝不足気味のミタカちゃんがうっかり私にスナイパーライフルの使用を指示してきましたので、私も癖で指示通りに使ってしまいました。
するとなんと、出たんです。
リツカさんから強奪して使っていたスナイパーライフルが、いつの間にか私の愛銃と同じようなエネルギー弾を撃ち出せるようになっていたんです。別に対して使い込んでいるわけではないのにどうして、と思いましたが、日数は少ないですが密度で言えば濃いのかもしれません。
いや、別にだからといって何でこんなことが起こったのかはわからないのですが。私の特異性が関わっているとするなら、もしかするとショットガンの方もリロード不要という機能ではなく、弾丸が疑似的に再現されているだけだったり?
まあ原因なんて後で考えれば良いことです。今わかっているのは、これならもう残弾を気にせずに使えるということ。これでちょっとは楽になればいいのですが。
「押上トコ、復活ですわ!」
粘っていたミタカちゃんがついに寝落ちしてしまいました。
その代わりと言うと語弊がありますが、熱から快復したトコさんが参戦してくれました。残弾の問題については、ロケットランチャーの残弾はまだまだあると判断されたみたいです。私より強靭で被弾をものともしない身体を持つトコさんですから、ご一緒いただけるのは頼もしいです。
これでバルバラを
それまでは倒したらその後に復活という流れだったのに変化が起きたということは、壁の外で何かが起こった可能性もありそうですね。
私が戦い始めてから五日目の夜、深夜の出来事でした。
「押上トコ、撤退ですわ……」
私もトコさんもバルバラを倒してはいますが、あくまで一対一の状況を作っての事。バルバラ二体の相手とその他のユスティナ聖徒会も捌かなければならないという状況はなかなか厳しく、わずか半日ほどでトコさんが脱落してしまいました。
トコさんが最後っ屁に放った一発でギリギリで一体は落としたので、状況は元に戻ったと言っていいでしょう。
当初の目論見通りロケットランチャーを持ったスタイリッシュお嬢様の姿を見れた私は満足です。
彼女が回復にかかった時間を考えると今回は戻って来れるか微妙なところですね。しかし彼女には不要な心労と必要以上の負担を強いてしまったので、このまま戻ってこなくてもいいのかもしれません。
私にロケランぶち込んだぐらいで、あんなに頑張る必要はないんですけどね。
「いで」
危ない危ない、一瞬意識が落ちかけてました。
撃たれていたのが翼だったから良かったものの、頭だったら確実に終わってましたね。
流石の私もここまで徹夜したことはなかったので少し体に異常をきたし始めていますし、限界が近いのかもしれません。
しかしそんな状況でも私のテンションは高いままキープされています。
でもさっき気付いてしまったんですよね。私がずっと満たされている理由って、実はプエラ分派の皆さんのためとかではなく、徹夜してハイになっているだけなんじゃないかということに。
それでも傷は回復できるのだから、使えるものは使えの精神で見て見ぬふりを続けます。
第一、ここで私が負ければそこで
あれ、私が美化して覚えているあの最高の三日間って、もしかして徹夜でテンションがハイになってできていた可能性が……?
残り120時間。折り返し地点はもう過ぎました。まだ、という言葉は、禁句にしましょう。
残り100時間。
残り75時間。
残り50時間。
残り35時間。
頭がくらくらします。足元も
ちょっと前に増援がストップしてくれていて助かりました。
先生が、やってくれたのでしょうか。
残り28時間。
「……………………」
もはや喋る体力もなく、回復で騙しても隠しきれない疲労を感じるようになりました。
うんまあ、騙せるのは体の方だけっていうのは既知の情報でしたので、タイムリミットがあるのはわかっていたのですが。
おや、ミタカちゃんからの指示が聞こえません。
先程までそろそろ最後の防衛の準備が整うとかで通信の後ろで話している声も聞こえていたのですが、それもぱったりと止まってしまったみたいです。
ついに耳がおかしくなってしまったんでしょうか。
とりあえず残っているバルバラに攻撃をしないとと顔を上げて、その姿がないことに気が付きました。
おかしい。先程まで気配はそこにあったはず。
そう思って辺りを見渡して、何か違和感を覚えました。
その正体に気付いたのは、遠くに見えるのがトリニティの校舎と認識した時。
「空が、青い」
つい最近までは当たり前だったはずのその事実は、赤い世界を見続けていた私たちをひどく懐かしい気持ちにさせました。
バルバラの気配はありません。赤い壁もどこにも見えません。
振り向けば寮の廊下のカーテンを開けて空を見る子たちの姿が見えまして、戦いの終わりを実感します。
この戦場に足を運んだ理由は、もう一つありました。
それは本当に個人的な感情でしかないのですが、ずっと心残りがあったんです。
ヘルメット団及び温泉開発部との戦闘。その結末はツルギさんの言葉による決着でした。
ブラックマーケットの件は言わずもがな、私は最後までついていくことすらできませんでした。
アリウスとの戦闘は、私の指揮では足りなくてミタカちゃんを頼りましたし、最後に私は暴走してしまいました。
エデン条約の時なんかはもう、その決着に私は関わっていないと言ってもいいでしょう。あれは先生の物語で、私は舞台装置の端役に過ぎませんでした。
思えば私は、結果を求めていたのだと思います。
リツカさんの代役に仕立てられて、自分がこの場にいていいのか
それなのにずっと私は中途半端で、自分の存在意義を疑っていました。
だからどうしても、どうしても、何か一つだけでも欲しかったんです。
でも、今回だけは。
確かに皆さんの力は借りました。けれどこれは私にしかできないことでした。私だからできたことでした。
それに夢の中では一部が倒壊しているような状況だった寮についても、弾痕で酷い有様ではありますが住める状態で留まらせることができています。
傲慢かもしれませんが、これは私の成果だと言っていいのではないでしょうか。
ああ、とても気分がいい。
皆さんの未来を、守ることができた。
空腹も疲労も吹き飛ぶぐらい、かつてないほどの晴れ晴れとした気分です。
トリニティに来なければ、
気付けば、皆さんが私の方を向いていました。まるで言葉を待っているかのように、ただじっとこちらを見つめています。
折角ですし、何か言った方が良いかもしれませんね。
気分もいいですし、ここは出血大サービスと行きましょう。
ふと、いつかリツカさんとミタカちゃんが首長室で話していた会話を思い出します。
ああいうのを求められているのかもしれませんし、この機会にやってみましょうか。
一人称は『我』だとか『余』だとかで、確か尊大に歴史がある感じでとか言ってましたかね?
勘違いさせてやらないとか言ったのにこんなことをやるのはあれですが、皆さんもきっとそういうパフォーマンスだと理解してくれるでしょう。
エデン条約の時に一回やってますし、それっぽい雰囲気を出すのはお手の物です。
私は右手のショットガンを天に向けて掲げ、高らかに声を上げました。
「見たか! 余はカッコいいであろう!」
大きな声を出したからか、呼吸が浅くなるのを感じます。
徹夜しすぎたからか、頭の後ろがガンガンと痛みます。
ああ、空が青いなあなんてことを思いながら、何かが弾けるような音を聞き流して。
そうして空を仰いだまま、私は目を閉じました。
やりきった。