視界にベッドで眠る自分の姿が見えたので、ああこれは夢だな、とすぐに理解が及びました。
見覚えのある場所で、どうやら私は救護騎士団の病院に運ばれたみたいです。いえ、夢なので本当かどうかはわかりませんが、可能性としては高いですしすごくリアルな世界なのでそこまで現実でも外れていない気はします。
「カタネちゃん、大丈夫だよね?」
気が付くと、ベッドの近くにリツカさんの姿が在りました。
彼女が話しかけた相手はミネさんのようで、リツカさんは縋るような目で彼女のことを見つめています。
それに対してミネさんは私の方をちらっとだけ目を向けて、そしてリツカさんに向き直って目を瞑りました。
「できることはした、としか言えません。運び込まれたときの重度の脱水症状と栄養失調は、点滴で多少改善したと言えるでしょう。しかし、脈こそ正常ではありますが、もう既に彼女のヘイローは壊れてしまっているのであればいつ何が起こってもおかしくありません。もしかすると一生このまま目覚めないかもしれません」
「そんな、そんなことって……!」
ふむ、やはり最後に聞こえた音はヘイローが壊れてしまった音でしたか。
トコさんの攻撃で天国への階段を上りかけたときに聞いた音の進化版のような印象を受けていたのですが、間違っていなかったみたいですね。
しかし、ヘイローが壊れているのに脈が安定しているというのはなかなか不思議な状態ですね。
植物状態みたいなものなのだと思うのですが、セイアさんなどはヘイロー自体は残っている状態で目が覚めなかったみたいですし、やっぱり私の状態は本来なら起こり得ない挙動をしているように見えてしまいますね。
「私が、私が気付いていれば……」
リツカさんがすごく責任を感じてしまっているようですが、判断したのは私ですし、こうなるだろうことをわかっていて隠していたのも私です。彼女が罪の意識を感じる必要はありません。
私の回復能力は肉体を直すことにしか使えないと知っていました。三日間走り通りだったあの日に脱水症状と栄養失調に陥っていたのがその証拠です。修復自体は元データがあるので何とかなると思いますが、外部から取り込むもの――すなわち体の中に存在しないものを作り出すのは流石に厳しいですからね。それ故に肉体的にはとても綺麗なはずなのに、臓器は深刻なダメージを受け、血液には毒素が廻ります。私のヘイローが砕けたのは、きっとそれが理由なのでしょう。
正直に言えば、先生ならもっと早く解決してくれると高を括っていた分はあるんです。
ちょこっと信じすぎたと言いますか、相手が思ったより厄介だったと言うべきか。
「皆、冷静ではなかったのでしょう。彼女は約十日間の間、休みも補給もなく戦い続けていたと聞きました。ありえないことです。水も食料もない状態では五日間程度、戦闘の運動量であればどんなに長くても一週間は生きられるはずがない。それなのに彼女が戦えたということは、分派の先人と同じように奇跡を起こしたということなのでしょう」
「奇跡? 何が? あれが!? こんなことになるなら、奇跡なんて起こさなくて良かった!」
リツカさんが言葉を荒らげ、あ、救護されてしまいました。
まあ元から少し精神不安定なところがありますからね、リツカさんは。彼女もいろいろと奔走してくれましたし、休む時間は必要でしょう。
リツカさんがミネさんに担がれて運ばれていくのを見送ると、私の視界は切り替わりました。
夢特有の突然の場面転換を挟んで、分派の首長室の景色が映ります。
部屋のソファにはミタカちゃん、そして向かいのソファには確かワイルドハント芸術学院の制服を着た生徒が腰掛けており、何やら真剣な表情で話をしているみたいです。
「あのカタネ先輩のこう、何て言えばいいんですかね、神秘的な感じというか儚さというか、あの独特の雰囲気をどうにか表現してほしいんです!」
「いいですねいいですね! 私も腕を振るいますよ! これはいい彫像ができるに違いない!」
こっちはあまりにもいつも通り過ぎやしませんかね。
というか私の入れ替わりのことに気付いていたからてっきりああいった態度も嘘だったのかと思っていたのですが、それはもしかして素だったんでしょうか。
あと、絵はかろうじて許可しましたが彫像はちょっと許可を出せないかもしれません。リアルに作られたらすごく恥ずかしいので。
というか、冷静になって考えると私はまた黒歴史を生成してしまったのでは。
思い返してみると誰だそいつってなるぐらい変な発言をした記憶がありますね。徹夜続きで変な気分になっていましたし、いろいろ片付いたという達成感と開放感のせいで気が緩んでいた自覚もあります。
まあ戦いが終わったことにも気づかないほど疲弊していましたから、仕方ないのかもしれませんね。
……いやそれでも流石にやりすぎなのでは?
徹夜はやっぱり判断能力を下げるので良くありませんね。睡眠は大事です。ああ恥ずかしい。
「そういえば、ご友人に依頼していた前回の件はどうなっていますか?」
「エデン条約のやつですね! あれは絵自体は完成して、ミレニアムと協力して劣化も損傷もしないような機能のある額縁を鋭意作成中です!」
ああ、あの前回の黒歴史の。いや黒歴史が複数あるってどういう状態ですか? 一つにしておきましょうよ、せめて。
それはさておき前回は頑張ってくれた褒美としてお母様の知り合いで画家のパトロンをやっている人を紹介して適当に顔繋ぎだけしたのですが、いつの間にやらワイルドハント芸術学院の人に繋がっていたみたいですね。その人が絵を書いて、現在はミレニアムと共同で額縁を制作中、と。
ん? ミレニアム?
ちょっと待ってください。既にトリニティだけでなくゲヘナでも私の痴態がバレているというのに、これ以上拡散するのはやめてくれませんかね。クロノススクールの報道があった時点で手遅れな気がしないでもないですが、ニュースの中の出来事と自分が関わった出来事だと実感に差があるではありませんか。
そんなことを思って抗議しようとしたら、また視界が切り替わってしまいました。
それはそうと、夢に文句言うのもあれですけど、今の情報、必要でした?
またまた景色が変わって、こちらは寮の地下、分派の隠し部屋が見えました。
ここにいるのはミライさんとトコさんですね。二人で資料を読み込んでおり、時折意見を交換しているみたいです。
「見つけましたわ! 分派の設立当初の記録ですの!」
「これは、会報誌でしょうか。トリニティの? いえ、見る限り違いそうですね。ということはプエラ分派の?」
どうやら、昔のプエラ分派の会報誌を見つけたみたいです。
読み物としては面白いのかもしれませんが、記録としてはどうなんでしょうか。少しでも参考になる情報が書かれているといいのですが、いかんせんプエラ分派の会報誌と聞くと何だか不安になってしまいますね。
しかし、パラパラとページをめくるミライさんの表情は真剣そのもの。私の視点からだと何が書いてあるのか見えないのが惜しいですね。
「これは、インタビュー記事ですね」
「あ、そこ、なんで派閥名を
トコさんが読み上げてくれたことで、私もその内容を知ることができました。
私の考察では分派に入るための条件は二つあると考えていましたが、どうやらそのどちらもハズレだったみたいです。
一つは今居る場所に居場所がないこと。もう一つは奇跡を起こすことができること。
それは様々な要因を加味して絞り出した答えだったのですが、実際はもっと単純でした。少し情報に踊らされすぎたかもしれませんね。
プエラ分派は、分派に入ることで物語の主人公になり得る人を迎え入れる。それだけの話だったみたいです。
思えばトコさんや私のような親の派閥を理由にここに入る人たちも多いので、私が考えた一個目の条件はなかなか解釈が難しい部分がありました。ですが物語の主人公足り得るという条件であれば、そこに対する疑問も解決します。トコさんは実際色彩の支配を打ち破ってみせましたし、ミタカちゃんもその才能を開花させて分派を勝利に導きました。奇跡を起こすなんてのは物語の主人公が中心にいることが多いですし、そういう意味で私たちは『奇跡の担い手』なのでしょう。
「確かに、カタネさんもトコさんも、主人公と言われれば納得の活躍ですね」
「私からしてみれば、ミライさんだってそうでしてよ?」
「私が?」
「ええ。だって危ないところを
その考えはなかった、というようにミライさんが目を瞬きます。
私もトコさんの言い分を聞いて思わず唸ってしまうぐらいには的を射た意見のように思えます。
捕まっていたところに颯爽と現れたヒーローに救出され、その人のいる派閥に入ってなんやかんや。なるほどそう聞くと確かにミライさんも主人公なのかもしれませんね。私が救出する役割というのは、些か役者不足感が否めませんが。
固まっていたミライさんの顔が少しずつ赤くなり、その表情も羞恥に染まりそうなタイミングで私の意識はまた別のところに飛ばされてしまいました。待って。その表情一体何ですか。
次に気が付いたとき、私の目の前には聖堂が見えました。
聖堂と言えばシスターフッド、シスターフッドと言えばサクラコさんです。
夢は私と関わりの深い人物の元を訪れるのか、目の前にはシスターフッドの生徒に囲まれるサクラコさんの姿が見えました。
「サクラコ様! これ以上抑えるのは厳しいです!」
「しかし、彼女の性格を考えればこんなことを望むはずがないのです」
「彼女とサクラコ様が親しいのはわかっています! ですが、それだけを理由に判断を下せば、我々の判断基準に疑問を抱かれてしまいます!」
何やら揉めているご様子。しかも普段なら見ることがない、サクラコさんの方が詰められている状況のようです。
何やらサクラコさんの判断が物議を醸しているかのようですが、一体何があったのでしょうか。
「彼女は水すらも飲まない状態で、十日間の絶食を行いました。その時点で彼女の存在は奇跡を体現しています」
「加えて彼女はヘイローが壊れてもなお、生命活動を未だ維持したままと聞きます。条件である二つの奇跡を実現しているのですから、できれば『福者』、少なくとも『尊者』に認定しないわけには行きません!」
「加えて彼女の言動や思想が異端とは呼べないこと、そして分派のためにその身を使い尽くしたその精神性が過去の対象者と比べても遜色ないもののはずです!」
「サクラコ様、どうかご決断を!」
何やらどこかで聞いた話が聞こえます。
しかし『福者』や『尊者』という言葉が聞こえてきましたし、何か嫌な予感がするのですが。
「ですが、彼女の意思を尊重するのであれば……」
「サクラコ様!」
「あなたも分かっているはずです! 今の時間は、彼女との別れを惜しむための時間なのだと」
「その絶対の摂理が覆ることはないと、あなたも理解しているはずです!」
その周囲のシスターフッドの生徒たちの勢いに、サクラコ様が苦々しい表情で目を瞑ります。
ぎゅっと口を引き結んで、それからゆっくり大きくを吸い、吐きました。
そうして開いた眼からは小さな覚悟が見えたような気がしました。何かの決断を下したのではないでしょうか。
息を呑んで言葉を待つシスターフッドの生徒と同様、私も意識を集中させます。
そんな中サクラコさんから放たれた言葉は、案の定と言うべきか私にとっては不都合なもので。
「わかりました。では、辰カタネの列聖の準備を」
ちょっと待ったー!
ダメです。ダメダメです。何で勝手にそんなことしようとしてるんですか。
マズいマズいマズいマズい! 私が居ない間にとんでもないことが行われようとしています。
「これで良かったんですよね、カタネさん」
周りにいたシスターフッドの生徒が号令を受けて散り散りになった聖堂で一人、サクラコさんはそんなことを呟きました。
何にもよくありませんよ、サクラコさん。立場があるのはわかりますが、さっきまでは私のことを理解して拒んでくれていたじゃないですか。最後まで貫き通してくださいよ。
こうなったら何としてでも列聖を止めなければいけません。
プエラ分派の過去二人の奇跡を起こした方々は列聖を辞退していますし、私だって辞退する権利は有しているはずです。
こうして夢の世界に迷い込んだ理由は理解していました。
ええ、頑張ったからちょっとゆっくり寝たいなとか考えたのがいけなかったんですよね。
だいたい眠っているときはヘイローが消えるんだから、意識が落ちた後はヘイローが壊れてるかどうかなんてわからないじゃないですか。起きたときにヘイローがあるならば見間違いだったで済ませることができるはず。調査開始要件の二件の奇跡は満たさなくなるはずです。
目に映る景色は変わって再び私のいる病室へ。
最初から戻り方は理解していたんです。ただ折角なので
まだまだやり残していることはありますし、さっさと皆さんのところに戻るとしましょうか。
そうして、私は自分の身体に飛び込みました。
目を開ければ、知っている天井が見えました。
定期的にお邪魔しているからか、もう既に見慣れてしまっているみたいです。
と、こうしている場合ではありません。早々にシスターフッドのところに行き、彼女たちの企みを阻止しなければいけません。
そう思ってがばっと上半身を起こせば、ベッドの脇に人がいるのが見えました。
いきなり体を起こした私に目を丸くした彼女に、私は声を掛けます。
「
一瞬泣きそうな顔になった彼女はそれをぎゅっと堪えて、一つ息を吐いてから呆れたような笑みを返してくれました。
「おかえり、カタネちゃん」
そうして私は、
ミタカちゃんがいつも通り戦いの記録を映像として残していたことでヘイローが壊れた瞬間がばっちり記録されており、復活だ何だと一大事になったのは別の話。前例を引き合いに出して列聖も回避したので、とりあえず目標は達成したと言っていいでしょう。
最終章終了。あとは蛇足を書いてエピローグです。
ちなみにカタネはたぶん卒業後にミタカちゃんとかのせいで勝手に列聖されてると思います。