見たか! 余はカッコいいであろう!   作:息抜きのもなか

60 / 61
60.そうして少女は向き合った

 ティーパーティーに入ったのは、親にそうしろと言われたからだ。

 別にそこに私の意思はなくて、ただ言われるがままに入っただけだった。

 私個人としては救護騎士団が良いなと思っていた。親に特に何も言われなかったのなら、こっそりとそちらの門を叩こうと思っていたぐらいには。

 昔からよく怪我をすることが多かったから。転んだり物が飛んできてぶつかったり、階段で足を踏み外したり。

 不注意なんだと友人によく言われたけれど、どうすればいいのかわからなかった。

 

 ティーパーティーの戸を叩く。

 先触れは出していなかったけど、籍を置いたままだからかすんなりと受け入れられた。

 こちらに向けられる視線は半々で、『花羽リツカ』かとすぐに作業に戻る人とプエラ分派に迎合した裏切り者の一挙手一投足を見逃さんと注視する人に大別される。向けられたままの視線は後者のものがほとんどなので、私は居心地が悪くて仕方がない。

 でも、そんな日々も今日で終わり。

 

「これ、ハンコをもらえる?」

 

 私は目当ての担当者の席の前に着いて、そこに持ってきた書類を差し出した。

 以前私の部下だったその子は集中していたのか声をかけられたことに驚き、こちらに目を向けて声をかけたのが私だったことに驚き、そして私が渡した書類に目を落として驚いた。

 彼女は私より優秀だ。祭り上げられて不相応な席に就いた私と違って、彼女は実力でそこに上がってきた人。だから、何の心配もない。預けていた立場を正式に譲るだけ。

 願わくば、彼女が政治に巻き込まれて不当な扱いを受けないことを。

 ハンコの欄が一つ埋まった。

 

 ティーパーティーという集団は、やっぱりあんまり好きではなかった。

 政治家だというだけで若干嫌な感じがあるのに、トリニティの校風故の意地汚さと思春期の女子の複雑さが交われば酷いものだった。

 親からは実力でのし上がれなんて言われたが、やることはゴマ()りと長いものに巻かれること。そんなのつまらないし不快でしかない。でも、やらないと生きていけそうになかったからやった。

 ちょっとだけ仮面を被るのが上手くなった。どうやら向いていたようだ。

 自分のことが少しだけ嫌いになった。

 

 同級生の桐藤ナギサさまに目を付けられた。彼女は私が所属しているフィリウス派のうち、同級生の中では一、二を争うような権力者だ。逆らえば彼女の意思がどうであれ、潰される。

 私は唯々諾々と彼女の下についた。そのことを親に報告すればかつてなく褒められた。最悪の気分になった。

 彼女の下についてから、彼女が同級生の中では比較的マシなほうだと気が付いた。その置かれている立場故か、彼女はあまり他の子たちのように簡単に口を開かない。自分の発言がどうやっても分派に影響を与えてしまうことを自覚しているのだろう。

 彼女の近くに居れば、自然と聖園ミカとも出会う。パテル派の時期首長は彼女らしいので、私は自分がフィリウス派で良かったと思った。

 平気で人を見下した自分に気が付いて、私はまた自分のことが嫌いになった。

 

 部屋を進む私の足は一つの扉の前で止まり、私は一つ深呼吸をする。

 実は、彼女には決断を保留してほしいとお願いしたあの時以降、会っていない。モモトークにも何かが来ていたと思うけれど、怖くて見ることができなかった。彼女から他の子みたいな悪意をぶつけられたら、立ち直れる気がしなかったから。

 だって私はまだ彼女に拒絶されたあの日がこびりついて、受け止めることができていない。謝罪も貰ったはずなのに、脳裏に焼き付いて離れない。

 だから私は、それを振り払わなければいけない。そうしなければ、先に進めない。

 意を決して戸を叩く。扉に控えていた生徒に自分の名を伝えて、少し時間が経ってから部屋の扉が空いた。

 

 ある日、ナギサさまから銃を渡された。

 青いスナイパーライフルで、桐藤家の神器というやつらしい。こんなものは受け取れないと固辞しようとしたのだが、どうやら私の怪我が多いことを見かねて少しでも不幸を軽減できるようにということらしい。

 その瞳が本当に心配の色をしているように見えたので、私は渋々とその銃を受け取った。

 押し切られてるじゃん、と友人に笑われた。

 

 歯車が狂い始めたのは、いつからだっただろうか。

 元からスナイパーライフルを使っていたけれど、あのスナイパーライフルを受け取ってから成績が自分でも異常だと思えるほどに上昇した。よく当たるし、威力も高い。普通に当てただけなのにまるで会心の一撃かのような威力に変わってしまうのだ。

 それだけでも気持ちが悪いのに、周囲の人間が語る私の人物像が私とは似ても似つかない才女になっていて、いつの間にかその評判が広まってしまっていた。

 この時までは、大変だねと友人も笑ってくれていた。

 

 本格的に不味いと気が付いたのは、一部の生徒たちが私の取り巻き紛いの事を始めたとき。

 噂では私はいつの間にかナギサさまお抱えの優秀なスナイパーということになっていて、彼女の左腕として活躍しているらしかった。

 私はすぐにナギサさまに相談した。彼女は私を不憫に思って銃をくれただけなのに、こんなことに巻き込んでしまって申し訳なかった。

 平謝りする私に、彼女はそれが噂なら本当にしてしまえばいいと私に提案した。

 ナギサさまに流されるまま、私は彼女の補佐として抱えられることになった。

 

 分不相応な立場は、身を滅ぼす。

 いや、私の場合はただ、私が勝手に潰れただけか。

 

「リツカさんは、あまり喋らない方が良いかもしれませんね」

 

 それはナギサさまにとっては気遣いの言葉だったのだろう。

 成績は中の下、射撃訓練のスコアも良くて中の上に手が届くぐらい。そんなどこにでもいる凡人が、花羽リツカという人間の本当の姿。

 膨らみすぎた虚像が弾けてしまえば、そんな虚像を信じていた自分を恥じて怒りを私にぶつけてくるのは想像に難くない。ナギサさまがもうその勢いが止まることがないことを察してアドバイスを下さったのは理解しているけれど、私からしてみればそれは虚像に私が追い付くことは無理だからボロが出ないように黙っていろと言われているように感じてならなかった。

 彼女の善意を素直に受け取れない自分が、嫌いだ。

 

 友人たちから絶縁を言い渡されたとき、私は何も言い返すことができなかった。引き止めることができなかった。

 自分が彼女たちに甘えすぎていたのだと気が付いても、もう、遅かった。

 

 私の居場所はティーパーティーだけになった。それ即ち、ナギサさまの近く。

 もしかしたらナギサさまは私を孤立させるためにあの銃を渡したのかもしれないと思ったけれど、能無しの私を囲う必要なんてないはずだ。自分たちにしか素を見せれないようにして、立場と世間という毒で縛るなんて必要があるほど私は価値のある人間ではない。

 でも、居場所がない分ティーパーティーの仕事には精を出した。

 その分少しは書類仕事はマシになった。休日は友人がいなくなったことで勉強しかやることがなかったので、少しばかり成績も上がった。

 それでも私には、何もなかった。

 

「お久しぶりですね、リツカさん」

「や、ナギサさま。元気にしてた?」

 

 私が気軽にナギサさまに声を掛ければ、同じ部屋にいた何人かがギョッとしたような目でこちらを見た。

 そういえば、気安く接していたのはいつも彼女と二人きりの時だけだったか。彼女にそうして欲しいと言われて始めたこの関係だけれど、いつの間にか彼女は私の中で大切な友人になっていた。

 他に気楽に接せる人間がいなかったというのもあるけれど、私が彼女の幼馴染(聖園ミカ)と似た立ち回りと取ることができたことで彼女に受け入れられやすかったというのもあるのだろう。

 

「私の方は変わりなく。リツカさんの方はいかがでしたか?」

「まあぼちぼちかな。でもそうだね。よく、眠れるようになったよ」

 

 ふと、ここで彼女に向けて引き金を引いたら、なんて考える。

 全部壊したい。全部台無しにしてしまいたい。そんな気持ちが無いわけではない。

 それでも、あの子が頑張ったのだから、私も頑張らないわけには行かない。あの子がちゃんとしたんだから、私もちゃんとするべきだ。

 

「はい、これ。決めたよ、私」

「…………はい。確かに」

 

 ハンコが埋まる。

 ポン、と小気味いい音が響いて、私の渡した書類が受理される。

 まるで想定していたかのような受け入れの速さに目を瞬くが、戻ることを迷った時点でその選択肢は十分に想定していたことなのだろう。

 この瞬間から、私は部外者に成り下がった。

 これで私とナギサさまの間にあるのは、友人という希薄で薄氷の上にある関係性のみ。

 だから、私は銃に手を掛けた。

 

「リツカ様、何をする気ですか!?」

「だ、誰か! リツカ様がご乱心です!」

「――返すね、これ」

 

 私はナギサさまから受け取った銃を、彼女の執務机の上に置いた。

 約一年半ほど連れ添った相棒だけれども、愛着はほとんどない。むしろカタネちゃんに嫌がらせが通じなかったことを悔しがってくれていたらいいなとすら思う具合である。

 こんなものに頼ったから、私は失ってしまった。

 でも、こんなものに頼らなかったら、私はカタネちゃんに会えなかった。

 

「大丈夫なのですか? リツカさん、あなたは……」

「この半年以上、正確にはプエラ分派に入ってから今まで、私は特にケガしてないよ」

 

 私の言葉に、ナギサさまは目を丸くする。

 彼女の許に居たときは銃を持ってでさえ一週間に一度は危機に瀕していたのに、プエラ分派に移ってからは一度もないのだ。

 カタネちゃんに銃を渡してから、転入一週間で入院みたいなことになるんだろうなと思っていたのに、事故に遭ったり怪我をすることもなくて拍子抜けしたものだ。

 体質だとすら思っていた事象が自身に起きないことに初めは困惑したけれど、それが常態化してからは何も思うことはなくなった。普通に考えて、何も起きないに越したことはないのだから。

 

「そういうわけで、これはもう私には要らない」

「わかりました。そういうことでしたら、おとなしく家に戻すとします」

 

 そう言って、ナギサさまは私が机の上に置いた銃を回収し、机の下のスペースに放り込む。

 それを見届けて踵を返そうとした私に、後ろからナギサさまの事が投げられた。

 

「すみませんでした、リツカさん。この銃の事といい、エデン条約の件といい、私の不手際にあなたを巻き込んでしまって」

「謝るなら私もだよ。信じさせてあげられなくて、ごめんね。私じゃいろいろ足りなかった」

「そんなことありません。十分、助けていただいていましたよ」

「そっか」

 

 それならよかった。

 こんな私でも、何かの役には立っていたらしい。

 

「じゃあね、ナギサさま」

「ええ。さようなら、リツカさん」

 

 そうして、私はティーパーティー去った。

 

 

 手ぶらで寮に戻っているところで、プエラ分派の子を見かけた。

 何かを探しているのかきょろきょろと辺りを見回していて、何かあったのだろうかと彼女たちに手を振れば、彼女たちは血相を変えてこちらに近付いてきた。

 

「リツカさん! 学校辞めないでください!」

「まだまだ私たちにはリツカさんが必要なんです!」

「え、何なに!? 一体どうしたの!?」

 

 泣きついて縋ってくるプエラ分派の子たちに囲まれて、私は目を白黒させる。

 退学って何? なんか私の知らない話が広がってる? まさかまだあの銃の影響が残って?

 

「リツカさんが書類を持って歩いてたっていう人がいて……」

「あの日から何だか落ち込んでたしもしかしたら辞めちゃうんじゃないかって……」

 

 私を聞けば、こういうことらしい。

 私が何かの書類を持って歩いていたところを、分派の誰かが目撃する。それを他の人に共有したところ、最近私が落ち込んでいたように見えたから退学用の書類なのではないかと話が上がる。

 それに「やだやだそんなの絶対ダメ」とみんなが声を上げて、一斉捜索が始まったとのこと。

 

「あー、タイミングが悪かったね」

「え……そんな……」

「間に合わなかったってことですか……?」

「いや、ティーパーティーに行ってきたんだよ。辞めてきたのはそっち。書類もその申請書だよ」

 

 ふと、気が付く。

 この子たちは、あの銃を持っていない私を『花羽リツカ』だと認識した。

 無論それは分派に来てから私があの銃を持っていなかったから当然の話なのかもしれないけれど、それでも彼女たちが『私』のことを見ているのは間違いない。

 それはつまり、私が常々抱えていた願いは、既に叶っているのでは。

 

「ほら、やっぱり大丈夫だったでしょう」

 

 呆れたような声がした。

 聞き馴染みのある声。この数カ月、一番近くで聞いていた声。

 自分を囲むみんなから目線を上げれば、人並みの向こうからカタネちゃんが近づいてくるのが見えた。

 彼女が近付けば、どこかの海を割った伝説のように人並みがサッと割れ、私と彼女を阻むものは何もいなくなる。カタネちゃんは何これみたいな顔をしたけれど、すぐに一つ息を吐いて私に向き直った。

 

「清算は済ませましたか」

「あんまり上手くはできなかったけどね」

「それでも、できたのなら良かったです」

 

 そう話すカタネちゃんの腕に、見慣れない銃が握られているのに気が付く。

 ショットガンでもスナイパーライフルでもない、真っ黒いサブマシンガンだ。スイーツ部の盾持ちの子が持っているもののような、拳銃とそう変わらない大きさの小型のもの。

 私の視線に気が付いたのか、カタネちゃんはそれをよく見えるように胸の前に持ち上げた。

 

「リツカさんには、銃を選んであげていなかったなと思いまして」

「あ……」

 

 それは、私が感じていた疎外感の原因。

 自分だけ選んで貰えなかったという微かな不満は、しかしあっさりと吹き飛ばされてしまった。

 渡された銃を握って、目を瞬く。サブマシンガン自体も初めて触るはずなのに良く手に馴染むのだ。感覚でどうすればいいのかわかる。

 彼女のゲヘナでの話を与太話だとばかり思っていた私は、ここまでの変わりように目を瞬くことしかできない。

 

「大丈夫。リツカさんも、プエラ分派の一員ですから」

 

 いつかも聞いたその言葉が、私の中に浸透していく。

 頭の中だけの理解から、実感に変わっていく。ここにいてもいいのだと、安堵する。

 

「おや? リツカさん、もしや、奇跡でも起こしました?」

「え、何それ?」

「いえ、リツカさんから以前とは違う縁のようなものを感じましたので」

 

 カタネちゃんはあの一件以降、こういうことをみんなの前でも言うようになった。

 近付きづらいと思われていたイメージを払拭するつもりのようで、実際効果はあるみたいだ。

 まあ、ちょっとよくわからないことを言うことも多いけど。

 

「それで何で、奇跡って話になるの?」

「プエラ分派は、奇跡を起こす資格を持った人の集まりなので。色彩から逃れたトコさんからも同じものを感じるようになりましたし、リツカさんもそうではないかなと思っただけです」

 

 奇跡。もしかしたら、そうなのかもしれない。

 私がここにいることも。こうして五体満足に過ごせていることも。

 それを差し置いても私の不幸体質じみたものが失われているのは、奇跡と呼んでもいいのかも。

 

 空を見上げる。こちらを見下ろしている光に手を伸ばす。

 お前はいらない。私には必要ない。

 その光を掴むかのように手を握って、そしてぎゅっと手を握って、力を込める。パキリと手のひらの中にあるものを握り潰すイメージで。

 手を開く。腕を下ろす。

 頭上には太陽と青い空だけが広がっていた。




当初(最終章を書く前ぐらいまで)はリツカをテラー化させて総力戦っぽくするつもりでした。
でも一番近くでカタネという光に()かれた人間が、そんな選択をするはずがない。
そんなわけで彼女が自分で決着をつけるという形に収まりました。個人的にも結構満足してます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。